第三章 ヒロインの過去が暗いと裏切りフラグは発生しやすい

 レイナの一件から一日が経過していた。

 その間、俺達は荷造りや防具等を揃える為に王国中を飛び回り、今やっとリーナのアジトへ着いた。

「ああーやっと着いたー。疲れた、疲れた!」

「もう、歩きたくない……です」

「用心とは言え、いくらなんでも十キロある距離を小休憩で、しかも徒歩って……」

「流石にやり過ぎだぜ? リーナさんよ」

「皆、体力無いなー。たった十キロの道のりだろう? 先の魔王戦が思いやられる……」

「十キロの距離を俺に背負われっぱなしのリーナがよく言うぜ……全く」

 俺以外の四人が玄関前で這いつくばり、後ろから悠々とリーナが一瞥する状況。

散々、もう歩けないだのフラグ回収屋リーダーの命令だ、と理由を付けては労働を押し付けてきたリーナ。

……この中で俺が一番の被害者で勤労者だ。

「そ、そうだ、この中で一番疲れているのは海人だよ。みんなも海人を見習う事だな!」

「一番身体を動かしていないリーナが言うセリフか? それに、俺の心を読むな」

 疲労感が溜まるせいで、リーナへ苛立ちをぶつけるように言葉を投げてしまう。流石にマズいと察したのか、リーナは足早に展開を変えてくる。

「そ、そうだ。名探偵はどこだい? それにメア! 二人ともアジトに居るなら返事してくれー」

「このアジトも随分と賑やかになったじゃないか、リーナ。話はツンデレから聞いているよ、ツンデレとの話し合いだろう? 言葉を交わすのは自由だが私は上の自室に籠っているゆえ、騒がしい言動は控えて欲しい」

「了解だ、アジト内ではなるべく静かに対処しておく。あと例の件だが進展は?」

「その件で一度、情報を整理する為に自室へ籠る予定さ。吉報を期待してくれ」

「期待しているよ、名探偵さん」

 手を挙げながら玄関を後にするホームズの背中を俺達は無言で見送った。

「さて……いい加減、私達もリビングで話し合いを始めようじゃないか」

「俺に背負われていたお前が言うな!」

 ホームズの後を追うように、清々しい表情でリーナが俺達をリビングへ案内した。

「みんな席に着いたようだね、では始めようか。議題名は……そうだな『メアと海人の恋人関係は、偽りか本物か』でどうかね?」

「どうかねって……少しは議題名を捻ってくれ」

「えー面倒くさいし、思いつかないので却下だ!」

「だったら尚更、議題名なんて付けようとするな」

「連れないヤツだなー海人は。少しは進行役らしい発言をさせてくれたって良いだろう?」

「なら……このお通夜状態の無言と、殺気に満ちた修羅場をどうにかしてくれ!」

 玄関のすぐ左に隣接された客室、シャンデリアとソファーや絵画で彩られた心落ち着く空間の先。

木製のダイニングテーブルに全員が定位置に腰かけ、修羅場は早くも数分が経過していた。

「うるさいわね、海人。静かにしなさいよ」

 左に座るメアが俺を注意すれば、正面に位置するレイナとアメリ、右端のテレシアは瞳を歪ませ怪訝な表情を見せた。左端のガウトも眉間にしわを寄せている状況。

 ……恋人関係らしからぬセリフだった。

 話し合いの場を取り持つ前、リーナはメアに『海人との恋人関係』を演じるよう事前に命じたはず。だが実際のところ蓋を開けて見ると、メアの言動は俺に接する時と何ら変わりはしない、敵意剥き出しの会話を展開していた。

「落ち着いてくれ、メア。海人を奪われたく無いゆえ殺気立つのは仕方ないが、当人に当たるのは間違いだよ。任務遂行の為だ、彼らとの適切な対応を今一度、見直すといい」

「ご、ごご、ごめんリーナ。それに……海人、さんも……!」

 右隣のリーナがメアに向かい、含蓄に富む言葉で我に返らせる。

 ……そう。リーナ曰く、今この瞬間がハーレムフラグを取り除く唯一の時間と言っていた。

 ミスは許されないし、フラグ回収師同士が連携すべき内容でもある。

「ねぇ、海人……この女が例の……恋人!」

 刹那、レイナの片足と日本刀がメアに迫り――

「紅茶のカップ……綺麗な白で、私のお気に入りなのよ」

「だから何です? 私はね、アナタが気に食わないの。仲間を……好きな人を奪った事に対して!」

 ――予想通りの暴挙に出たレイナ。

 涙を溜めこみ黒髪が揺れ動く。幸い、レイナに割られたカップの内容物は零れず、メアのメイド服を汚すことなくリーナの移動魔法でゴミ箱へ。

「嫉妬かしら? 別にアンタや他のメンバーが海人を好こうとも、結果論として海人が私を選んだ事に変わりはないの。諦めなさい」

「おい、メア! いくら何でもそんな言い方は……」

「ダイレクトに言い過ぎだと? バカを言うな、海人。そうまでしなければ、ハーレムフラグを回収する事なんて出来ない」

 離席しかける俺の身体をリーナの左手とセリフが静止させた。

 ……この方法だとレイナが報われない、それどころか俺を好いてくれたヒロイン全員が幸せにならない。それはイヤだ!

 握り拳が痛いけど今は関係ない、そんな感情にかまけていられない。

 たった一日で鈍感主人公フラグの消滅が確認されているとはいえ、ハーレムフラグも短期間で済むモノでは無い、時間をかけて徐々に克服すべき内容だと思う。

「だからって……」

「待て、海人。君は腐ってもフラグ回収屋の一員。リーダーである私の意思に従うと、私を信じてみると決めた以上は我々の意向に従ってもらう」

……みんなが幸せになる結末を望むなと言うのか? 

「未来を切り開く為に、現在を犠牲にしなければならない。悔しいけど、コレが我々人間の限界……さ……全ては忌々しい創造神のせいだ」

 テーブルへ置かれたリーナの両手は小刻みに震え、拳は今にもテーブルへ打ち付けられそうな雰囲気だ。その震えは創造神に対する怒りか、自身の無力さに対するものか、俺には到底理解できない。

「すまない……声を荒げてしまって」

 だから俺は一旦、冷静になって椅子へ腰かけてメアなりのやり方――フラグ回収方法を観察しようと思った。

「ここはメアに任せて、海人は静かに見守ってくれ」

「……ああ」

嫌々でも俺との恋人関係を演じてくれる優しさに――

「ふん、アンタは黙って見ていなさい」

 ――免じてな!

「やはりこの女は海人と付き合うべき人間じゃない。私には分かる、その女は海人と本気で結婚したいなんて思わない、思えていないの」

「別に……恋愛対象すら入る事も叶わなかったアンタの推測なんて、誰が信用できるのかしら? それに、私と海人は既に事を済ませているの。アンタの入る余地は一ミリも無いの、分かった?」

「海人さん……それって……」

「妹である私が言うのも恥ずかしいけど、ふっ二人はセッ……」

「せっかくだし、俺がメアと恋人関係にある証拠を見せるから!」

 顔を真っ赤にしたアメリが禁断の答えを言い切る前に、俺は言葉を遮った。

「俺とメアの二人で証明するから、不毛な争いはやめてくれ」

「じゃあ……キスしてよ。今、目の前でその女と」

 その場と俺の思考が凍り付くのが分かる。

温かい紅茶も意味をなさず、レイナのセリフが心の中で反芻されるのみ。真剣な面持ちのままレイナが尋ねるので手首は冷や汗の無法地帯と化し、両手の震えも止まらない。

 ……ここで失敗すれば、ハーレムフラグの回収は不可能。

リーナが以前に言っていた『ハーレムフラグを持ち続ける主人公は、事件や困難にぶつかる確率が二倍以上増える』との情報を思い出す。魔王討伐をスムーズに行う為、ここでハーレムフラグの回収は絶対的だ。

「大丈夫。展開的にエロ要素は無い! なんせ、この世界は全年齢対象だからな!」

 自慢げに両手を腰へ持っていけば魔王の如く「ガハハ」と右隣で豪快に笑い始めたリーナ。

「やっぱり魔王軍がお似合いだよ、お前……」

「それだと君の敵になるけれど、大丈夫かい?」

 失敗へのプレッシャーとキスの緊張で乾いた笑みしか出せないが、許してくれリーナ。

「拒否は……」

「できないよ?」

「テレシアとアメリ、お前ら二人はどう思う⁉ それにメアだって!」

 そもそもの話、メアと俺は正式な恋人関係じゃない。

 毛嫌いする相手とキスなんて、俺がメアの立場なら死んでも実行したくはない案件。

「出来ればしたくないわよ……でもアンタの仲間を納得させる理由付け、フラグを上書きする機会は今しかない。顔……もっと近づけなさいよ!」

 胸倉を掴まれ、左隣のメアからグイっと顔を寄せられて。

 気が付けば桃色の双眸とオレンジ系の香水が視覚と嗅覚を同時に刺激し、腰辺りまで伸びる青髪が俺の顔全体を包み、俺の視界はメアで埋まる。なんせ、俺の頬骨をメアの両手が触れる状況。

 ……胸が当たって! それにピンクの唇と赤らめた表情が!

 完全に心と身体、それどこか周囲の雰囲気と空気を掌握――メアにロックされ、逃げ場を失う俺。

 ……キスをしないとダメなのか?

 決断を待たずして、メアの唇と甘い吐息が少しずつ口元に接近していき――

「ダメ……ダメだって! こんなの不潔、不純! 中止!」

 ――その距離、僅か十センチのところでレイナからのゴングが鳴った。

「認める。私、レイナは二人が結婚を前提に付き合っている事を認めます。だから、不純異性交遊を私の前で見せ付けるな!」

「レイナ! あと少しで男の夢が叶ったのに……なぜ止めた、俺は凄く見たかったぞ!」

「うるさいガウト、このド変態!」

「ド変……って良いじゃないかよ、少しくらい! 俺には一生訪れないボーナスタイムだぞ、せめて至近距離で拝ませてもらっても良いだろーが」

「ガウトさんが付き合えない理由……分かった気がします」

「妹の私も身に染みて理解できたよ」

 ラブラブを見せつけていた空間は、いつの間にかガウトへのイジリ大会と化し。

「もうやめて! ガウトのライフはゼロよ! もう勝負はついたのよ!」

「海人まで俺をイジリ始めて……チクショウ、俺だってリア充になりてぇーよー!」

 身も心も左端に追いやられたガウトの嘆きが部屋中に響いた。


「突然だが一つ、私からありがたい注意喚起の時間だ」

 予告なしに偉そうな口ぶりで、緊張がほどけた周囲の視線を集める人物はリーナに他ならない。

 ……おいおい、待てよ。さっきまで自己紹介なり俺とメアのデートプランやら、優しい雰囲気かつ平和的な会話をしていたじゃないか。

「なぜ、急に……」

「突然……ですね、リーナさん」

「だから何度も言っているだろう? レイナ、君との呼び合いで敬語は終了だと、君の性格に合わないと言っただろう。それに君達は我々フラグ回収師の傘下に入ったのだ、リーダーである私の要求を呑まない理由、あるいは権限が存在するとでも?」

「でも……」

「初対面の人間に対しては敬語を使えと、王国で教わり身に染みているから直せない。これでは先が思いやられるね。フラグは回収できないし海人も助けられない」

 口籠るレイナをよそに紅茶を嗜みつつアメリを見据えたリーナ。まるで次に狩る獲物の言動を見るように、鋭く言葉が飛び交う。

「全世界の妹としてアナタに言いたい事がある! 心はあるの? このまま人を傷つける行動を主とするなら……仲間は居なくなるよ、いずれ」

「あいにくだけど私は一人でも生きていける身でね。アメリ、君の意見は現在という時間軸では正義となり得るが……未来という点に軸を置けば不正解そのもの」

「未来の為に大切な人を切り捨てるつもりのアナタこそ、間違い!」

 竜闘虎争。

 まさに一触即発の空気感で、互いに腰を下ろしたまま言葉だけが鋭利でトゲがある。

 ……リーナがアメリと揉め始めたけど、何か意味があるのだろうか。

 彼女の行動を見て来た俺にとって、リーナの言動一つ一つには必ず何かしらの意味があると思えてくるのだ。いや考えすぎか、揉め事に目的など存在しないだろう。

 そう心中で決断しかけた瞬間――

「故に裏切り者が出没する……創造神の干渉を受けるのさ」

 ――心臓が止まりかけた。

「リーナ、お前……」

 いきなり何を言い出す、この女。

 やっと仲良く同じ目的――魔王討伐へ足並を揃えられると思い始めた時だぞ。ふざけるな、いくら何でもタイミングが悪すぎるだろ。

 温かでお淑やかな雰囲気はリーナの一言で凝固し。

「これは私からの忠告で、君達が解決すべき内容。強いては我々の生死を左右するフラグだ」

 振り出しに回帰させられる。

「少しは言葉を選んで喋れないのか⁉ お前は俺の仲間と対立して何がしたい! せっかく皆がリーナを信じてみよう、リーナに付いてこようと努力しているのに!」

 自分でも分からないほど熱が入っていた。

 俺は許せないのだ、リーナのやり方――どちらか必ず損をするフラグの回収方法が。冷静沈着なリーナの態度に、思わず俺は右隣に座るリーナへ怒りをぶつけてしまった。

「ご、ごめん。リー……」

「海人さんは謝らなくて大丈夫です。リーナさん、本当ですか?」

「私が嘘を付くとでも?」

「その話が本当ならよ、裏切り者を排除しないまま俺達をリーナのアジトへ招く必要はあったか? 危険なのはソレを知るリーナの方だぜ?」

 ガウトの鋭い質問がリーナを撃ち抜く。

 確かに。普通、俺達の中で裏切り者が居ると分かれば情報漏洩や暗殺等を危惧し、即座に存在自体の排除、あるいはその場から去るのが吉だ。

「ですって、リーナ。反論は?」

「……」

「口籠る理由……もしかして、裏切り者はリーナ自身だから? 妹の勘は九割当たるよー魅力的な妹属性の前では、全ての嘘が看破されるのだー!」

「そうだな、確かに。君達の意見はごもっともだし、ちゃんとした疑念だよ。そんな君達にひとつ『裏切り者を見極めるヒント』を与えよう。いつもと違う言動を繰り返し、君達の世界では聞いたことのない言葉を喋る人物……それが裏切り者、ジョーカーさ」

 口籠るどころか俺達の心理を見透かしたような、全てを理解しているような、語り口でリーナ――

「早急に裏切り者を見つけ出さないと、いずれ死ぬよ……みんな」

 ――彼女の口元が、少し歪んだように見えるのは気のせいだろうか。

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