第二章 主人公位置ほどハーレムフラグは付いて回る 四話
「それでー次はどこへ行くー? テレシアちゃん!」
「そうですね、次は甘いモノ巡りでもどうでしょうか? アメリさん、レイナさん」
「それは良いわね!」
「うん、賛成サンセイ、大賛成! 海人支払いよろしく!」
「また俺かよ……」
深夜の一件から次の日、昼間――俺はココ、ガラスト王国中心都市に当たる首都アルラトの街をアメリとテレシア、そしてレイナと共にぶらぶら歩いていた。聞こえはいいが歩くだけで自分の財産が無くなる者と、ぶらぶらするだけで何でも手に入ってしまう人間の一歩目の重さは言わずとも分かる。
……ああ、歩きたくない。このままじゃ俺は中身すら無いミイラ以下の存在に成り果ててしまうぞ。
俺は財布の残高を調べつつ肩を落とす。
当たり前に、物語の展開的に、俺は搾取される側へ今現在も立たされている訳で。
「アメリさん、羨ましいな……。わ、私も……え、えい!」
不幸中の幸い。
これをアンラッキーと呼ぶべきか、俺の右腕にはスリスリと頬を寄せながら腕を組むアメリと白のワンピースに身を包んだテレシアのスカートと胸が左肘に当たる。両腕は既に美少女達によって占領され。
「さあ、全員が配置についたところで……スイーツ巡り開始!」
声を張り上げ、レイナが楽しそうに宣言する。
「分かっていたし、薄々気付いていたさ。オチはこうなるってさ!」
ハーレムフラグを回収するのは至難の業だと改めて理解した。
遅くなる自身の歩みに反発する形で脳内がスイーツに毒された両サイドのヒロイン達の力と速度は俺の減速を凌ぐ怪力具合で、グイグイ目的地へ引っ張られる。
「まるで罪人みたいだ……」
傍から見ると、俺の姿は重罪を犯した犯罪者の連行される風景そのもので、喫茶店の看板裏に隠れるリーナさえ「幸運を祈る」の親指立てポーズを披露する始末。
……おいおい、俺はどう行動すれば良い! ヒントくらい教えてくれよ!
背後のリーナを視界に入れたまま、俺の身体は徐々に喫茶店内部へ埋まっていく。
「海人口空けて? はい、あーん」
「あーん」
ここが人生終了の場所になろうが構わないと俺は今、本気で思っている。
美少女三人人に挟まれ、心臓がトクントクン脈打つ音と唇が触れ合う近距離でケーキを運んでくれるこの癒し空間――いや美少女ハーレム状態と自身の財布の残高に対し、俺はいま満足して死にたいと思った。
……もう、俺の財産はゼロよ。
もしかすると俺の前世はデュエリストかもしれない。
「失礼します……紅茶を」
喉からグイグイっと紅茶を飲めば脳内に広がる映像はお花畑の楽園。と、同時に俺の右腕には柔らかい感触がハーレムフラグへの扉を開く。
「これが異世界美少女ハーレムというやつか! なかなかの居心地だ。うむ、苦しゅうない苦しゅうない」
支払った代償分はキッチリ楽しませてもらおうか。今回は珍しくフラグ様も休養している事だし。
……あれ、待てよ。これってハーレムフラグだよな?
居心地が良すぎて理想そのもので、気付きという単語が頭から抜けていた。
慌てて俺は周囲を見渡し、リーナを探す。
……あ、居た。怒っていますよね、そりゃあ。
俺の背後に設置された窓――喫茶店の外に指示用テロップを掲げ、ソレを数回指で叩くリーナがいた。
「ごめんごめん」
俺は後ろを向いたまま、謝罪と誠意の為に頭を下げる。
……何だ、なんだ? はやくハーレムフラグを回収してフラグ回収屋との協力関係を確立しろ、と。なるべく努力するけれど、失敗しても文句は言うなよ。
その瞬間、リーナはおもむろにテロップへ文字を殴り書きし、ペンでテロップを叩く。
……なんだ? フラグ回収屋に失敗は許されない。
「ヘイヘイ、わかりやしたよ」
半ば強制的に正面を見据える。
「どうかした? 独り言凄いけれど……」
「いきなり謝罪し始めて……妹の私が何かした?」
「海人さんが後ろを見ていたので、私も目線を合わせていましたが、特に変わりないレンガ造りの街並みが広がるだけでした」
「べ、別に。気にするな! それよりも、みんなに聞きたい事があって……この場を借りて話したい。大丈夫か?」
先に処理しておかなければならない内容。
昨日の話し合いで未決着の「フラグ回収屋側との協力関係」その確立だ。現在、フラグ回収屋に片足を突っ込む俺にとって、レイナ達の有無が今後の活動範囲と方針に大きく関わると簡単に想像が及ぶ。だから最初に切り出す事で、会話の主導権をコチラへ移せる&話題のすり替えを無効にできる。
ただならぬ雰囲気を感じ取ったか、三人は俺と対面する形を作り静かに座った。
「昨日の件、リーナがフラグ回収屋と俺達の協力関係を勧めた内容に対し、俺なりの意見があって今日呼び出した」
「うん、薄々感じ取ってはいたけれど……」
「皆はリーナの事をどう思う、やはりまだ信用できない? 魔王を倒しに行くうえで協力者は多ければ多いほど良いと思っている。出来る事なら死者を出したくはないからな」
「使える駒はとことん使え。そう言いたいのですか?」
「言い方は物騒だけど……ニュアンス的には」
「もしさ、仮にリーナが魔王側だとすれば一発で終わり、ゲームオーバーだよ! かわいい妹が死んじゃうかもしれないよ?」
両肩をクロスして、左右に揺れ動くアメリがそこには居た。
傍から見れば確かに。俺はリーナの目的をある程度理解し、能力でフラグが実在する事を証明された身。だが三人目線は違う、不確かな目的と情報を提示されただけの組織に俺という仲間が加わってしまった事への不安と迷いが混在しているかもしれない。
……レイナ達は今、自分か他人のどちらを信用し選ぶか、迫られている状況だろう。
自分の力量では操作不可能な領域へと物語は進んでいる。
「アメリさんの意見はごもっともです。第一、我々のステータスや能力、兵役経験等の情報は財力さえ整えば誰でも知りえるモノ。それを加味しても、リーナさん達フラグ回収屋が我々人間側だと……海人さんは断言できますか?」
「悔しいけど、テレシアへの反論は難しい……だけど、これだけは言える。俺はみんなが一番大切で仲間だと思っている。だから半端な決断でリーナを受け入れた訳じゃないよ」
「海人さん……」
「……海人」
「でもでもーそれって、感情論だよね? まだリーナ達が魔王サイドの可能性は捨てきれていない状況。妹である私は不安だよ」
「証拠が無いと、正直……ね?」
「残念ですが、私もレイナさんと同じく完全には信用しきれないです。彼女の目的を可視化出来れば、何ら問題は無いのですが……」
信用は魔王討伐における勝敗を左右する問題。
……どうすれば。
「そう言えば、レイナちゃんってガラスト王国次期女王でしょ? だったら王国騎士と周辺の冒険者を集めて、討伐隊を編成できないかな?」
「名案ですね、アメリさん! これだと不安要素もなく魔王討伐を遂行可能です」
「うん……そうね、一度ガラスト王国側で討伐部隊を編成可能か否か、国王に相談してみるわ」
……流れが、リーナ抜きで魔王討伐の方向へ走っている。
俺はどう行動すべきだろうか。
目の前の横三人、左からアメリ、レイナ、テレシアの順に並ぶ百合ゾーンを壊すか、それとも感情論を押し付け話し合うか迷うところ。
……落ち着け海人、まだ巻き返せる。
白のティーカップに入った紅茶をゆっくりと口へ流し込む。冷静に考えれば、リーナ本人が命令した任務なのでヒントくらい用意するべきだと思った。
……そう言えばリーナ、後ろに居たよな。
俺は紅茶をすすりつつも、期待半分でリーナが居る窓へ身体を百八十度曲げる。
その刹那――
「い、いきなりどうしました⁉ これハンカチ、使って!」
「紅茶って喉に詰まるモノなの?」
「これには妹の私もドン引き……」
――俺は盛大に、床と窓へ紅茶の飛沫を噴出していた。
鼻に紅茶が流れ込んで苦しいけれど、今はそれどころじゃない。
なんせ、喫茶店の外に居座るリーナが提示したボードには『神楽坂メアと結婚を前提に付き合っている。既に深い関係まで進展していると、口にしろ』無理難題が書かれていたからで。
……いやいや突然なにを言いやがるリーナ! メアと付き合う、この俺が? 冗談としても馬鹿げた内容だし、そもそも口にすれば三人の言動が過激な方向へ走りそうで怖いのだが。
「……?」
「……さん?」
拒否の意思をリーナへ示すべく俺は首を横に振るが、それでも彼女は「メアと恋人関係だと口にしろ」の一点張りだ。
「海人? ねえ、ねえって! 聞いてよ!」
「わあ! す、すまない。考え事をしていて……顔が近いけど」
息遣いが聞こえるほど近い距離にレイナが見える。
青の双眸、艶のある黒髪と柑橘類の香水が鼻を劈き、唇と唇が触れ合いそうな距離感と妖艶さを前に、俺の心拍数は跳ね上がるばかりだ。
「ごめん……紅茶、入れ替えておいた事を言いたかっただけ」
「迷惑じゃないから、あんまり気にするな」
吹きこぼれた顔面の紅茶と濡れたハンカチで拭きつつレイナを慰める。途中、窓がチラッと見えるがリーナは相変わらずボードを力強く指さすだけ。
……言わないとダメか? その発言で敵対行為やメンバー間の分裂が起これば、俺とリーナの未来は灰色だぞ。
失敗すれば信用と戦力、友人――名声と冒険者の地位を失う事は確実。
……それでも海人、お前はフラグ回収屋として指示に従うか?
「どうすれば……」
ふと。
思い立って、再びリーナを見た。
「おい、いいのか本当に……」
堂々と掲げられたホワイトボードには『失敗した場合、全て私の責任にしろ。私を信じて突き進んでくれ』と書かれていた。
……リーナが本気なら応えないと失礼ってモノだろ、俺。
分からない事だらけだし信用すべきか否かの不安要素は消え去っていないが、取り敢えずフラグ回収屋に属する以上は、リーナの指示に従う事が筋だと思う。
可能、不可能か以前にチャレンジしないと善悪の判断は付かない。
故に俺は大きく息を吸い込み、正面を向き直すと――
「俺は今、フラグ回収屋に属する神楽坂メアという女性と、結婚を前提にお付き合いしている」
――前触れも何もない状態で、言葉を絞り出した。
「嘘……ですよね、海人さん?」
「妹の前で突然、何を言い出すのかな!」
「ちょ、ちょっと状況が呑み込めない……ごめん」
当たり前の反応だった。
数時間顔を合わせないだけで、仲間の一人が敵かもしれない組織の人間と付き合っていた事実と不意を突く暴露のタイミング、その二つが噛み合う事で起こる反応。
「俺にも分からないぞ……なんで、三人がショックを受けるかが」
「都合よく鈍感主人公を演じないでよ! 妹を含める私達の気持ちが分からない?」
「別に分からなくて、知らなくても良いです。今の海人さんでは尚更……」
訂正。
どうやら俺が感じる印象と当人達の心情には相違が見られる。
「口にしなきゃ俺だって分からない、対処したくても出来ないからな」
「それは皆、分かっているよ! だけど……」
「だけど?」
アメリとテレシアの頬が赤く染まる。
二人の服装は酒場と変わらず、全身緑のエプロンドレスを着飾るアメリと胸元が強調されつつ色気を表に出した黒のカットアウトを身に付けるテレシア。
……両者とも通気性は抜群のはず。明らかにいつもと様子が違う。
「なぜ口籠る? 俺、なにかしちゃいました?」
某サイト主人公の如く言ってみたけれど、冷え始めた空気は止まる事を知らず。
……って、そうか。俺は無双フラグとハーレムフラグ、鈍感フラグの三大主人公フラグを取り除くのが目的で動いていた。
忘れかけていた。
だとするなら、俺の衝撃発言でアメリとテレシアが頬を赤らめ押し黙る今の状況は、詰まるところハーレムフラグと鈍感フラグが互いに影響を与えていると思う。
鈍感フラグが張られている根拠として二人のセリフに刺々しい部分が目立ち、過ごしやすい空間にも関わらず両者の頬が同時に熱を帯びている状況が異常だと気が付けないのが証拠、鈍感フラグを張られた主人公だろう。
「その女をココへ連れて来て……」
「レイナ無理があるぞ、流石に」
「なんで? 海人は私達の仲間だよね。みんなの事を一番に考え、意見を尊重してくれる私の頼れるリーダー。今すぐ……にっ!」
「リーナのアジトへ乗り込めば会えるけれど、踏み込めばフラグ回収屋との協力関係が成立したのと同義だぞ」
「それでも……構わない。みんなは……」
二つ目の要因――ハーレムフラグは、主人公がメインヒロイン――最後に結ばれるヒロインを選択しない限り起こる現象。逆に考えれば最初からメインヒロインを確定させれば発生しないフラグ。故にリーナの指示に書かれた内容がハーレムフラグと同等か、それ以上のフラグを発生させる効力を持つ内容だったと言える。
……だからリーナはメアとの恋人関係を言えと指示した訳か。
「もちろん、妹である私も付いて行くよ!」
「私も……行かせてもらいますから!」
ついでハーレムフラグのメリットとして、ヒロイン達は基本的に主人公が行く場所へ文句を言わずに付いてくる利点を持つ。
……それを逆にリーナは仲間へ引き入れる為に利用したと。
「本当に恐ろしい女だよ、お前は……」
「私がどうしたって?」
「わあ!」
心臓が止まりそうになった。前方、右側に立つ全身白の制服を纏ったリーナが立っていたからだ。
「ど、どうしてアナタが……」
「リーナ、盗み聞きとは妹として許せない案件だよー」
「いやいや済まないね、アイテム補給のついでに喫茶店を覗けば四人が居たもので、つい声を掛けてしまったのさ」
わざとらしく右手で後頭部をさするリーナ。
「海人から聞きました……アナタのフラグ回収屋に海人と付き合っているクソ女、寄生虫が居ると……」
「ああ、そうだけど。いきなり喧嘩腰とは……腐っても私はレディーの端くれ。その態度は少し、いただけないね」
敵対心を剥き出しのまま席を立ち、リーナへ迫るレイナ。
……どうする? 明らかに殺し合いが始まりそうだぜ。
「ガウトと海人を含める五人……アナタのアジトへ連れて行ってはもらえない?」
「理解しているのかい? 私のアジトへ向かったが最後、君達五人の身柄は全て、私の組織に属する事になるけれど……」
「構わない。私は海人……海人の事が好きだから。本当に彼女が海人と契りを交わすべき相手か否か、確かめる義務がある。ソレが私の願望……」
「そうか。全く、海人も罪な男だね。……では行こうじゃないか。私の……いいや、フラグ回収屋のアジトへ。共に神を殺す為に」
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