第二章 主人公位置ほどハーレムフラグは付いて回る 三話

深夜。

太陽は沈み月夜が覗き、誰もが脳と身体を休める時間帯に。俺は一階左側に位置する寝室のドアを叩いていた。別に俺が呼び出されたわけじゃない。むしろその逆で、俺は今後の作戦を話し合う為この部屋へ――

「どうぞ」

「お邪魔……します」

 ――リーナの寝床を訪ねていた。

 女子部屋には数回足を踏み入れた経験があるけれど、入るたびに毎回緊張してしまう。

「別に取って食べようだなんて思っても無いさ。ただ……」

「ただ?」

「海人、君のやる気が想像以上なもので驚きを隠せないだけさ」

「当たり前だ、フラグ回収屋の一員として動く以上はサボっていられないからな」

 乗りかけた船ってヤツだ。

 案内された椅子に俺は腰かけ、ベッドに座った正面のリーナを見据えて更に言う。

「これは俺の勘だけど、わざわざ俺の仲間をリーナが直々に説得する理由は他にあるのではないかと思って……だから真偽を確かめに来た」

「どうしてそう思う?」

「それは」

 リーナの現在を文章化する能力によって彼女自身のみが知り得ない情報や次の展開を取得した可能性が高いから。そもそもリーナはフラグ回収屋のリーダーだ、彼女がわざわざ俺のアジトへ出向き説得する意味は他にあると踏んだから。

「レイナ達を説得するなら、俺かメアに頼めばいいじゃないか。リーダーのお前が出る幕ではないだろう?」

「……ああ、海人が抱く疑問の方向性は正しい。だけどね、いくら回答が当たろうとも式が存在しなければ、本当の意味で理解に至ったと言えないのさ。君なら尚更ね」

「何が言いたい?」

「私がココへ海人と共に来た答えではない――理由を説明してくれ。私には時間があまり残されていないようでね……君には今後、一人だけでも任務を遂行する為の力、展開を予測する力を身に付けて欲しいと思う。その予行演習だと思って私の問いに答えて欲しい」

「ヒントとかは……」

「強いて言うなら、君の立場と関係……とだけ言っておこう」

 ……俺の立場か。

 俺の今いる立場は中心都市の界隈で少し有名な冒険者だけど、他の三人はアイドル的な自称妹や元スパイと腕力最強の親友――そしてガラスト王国の次期女王が居る。でもそれは、リーナから俺が主人公位置に身を置いているが故の性と言っていた。

「あ、そうか!」

「その様子だと、気付いたようだね」

「俺が異世界主人公フラグを背負っているからか?」

「勿論ココは異世界。主人公特有のハーレムフラグと鈍感フラグ、そして無双フラグ……この三種の神器が無ければ異世界系と呼べないだろう!」

「声高らかに叫ばなくても……夜だから静かにしろ。それに魔王復活フラグの回収と三点のフラグ――どう関係するのか見当もつかないし、何ならそのフラグは俺にとって見れば利点でしか無いぞ」

 異世界系アニメを網羅したつもりの自分にとって、その三点は異世界を生き抜くために欠かせない要素どころか転生後の楽しみだった。

……それに無双フラグやハーレムフラグは、少なからず主人公のシナリオにプラスの影響を与える可能性が多い。

だからリーナが三点のフラグを邪魔モノ扱いする理由が、正直分からないでいた。

「そうだね、特に無双フラグなんかは利点と言えよう。考え方として、君が主人公位置の人間だからフラグが発生するのではない、三点のフラグが異世界主人公そのものを形成しているのさ。いくら主人公の顔がイケメンでも、そこに魅力的な物語――フラグが無ければ駄作扱いされるのだから……」

 目の前で首を左右に振り「捉え方が逆さ」とリーナは煽るように、将又ため息をつくような仕草を俺に見せてくる。

「いやだって、俺はリーナみたいにフラグ回収屋の仕事を経験していない、この世界の人間だぞ? 見当も付かないのは当たり前だと思うけど!」

 俺は余裕そうに振舞うリーナへの苛立ちを隠せないでいた。

「だからこそ、君――真神海人は最後まで私という人間を信じられる?」

「な、なんだよ! 急に……」

 語気を強めて近づく紫の双眸。とても同一人物に思えない。

「とはいえ、私も煽るような真似をして悪かったよ。魔王復活フラグはね、海人がハーレム主人公位置に居る人間だから起きた出来事なのさ。逆に考えるとハーレム主人公を構成する三要素『ハーレムフラグ、主人公無双フラグ、主人公鈍感フラグ』を失くせば……」

「第三者目線でも異世界主人公だと認識しにくい!」

「その通りだ、海人! 大事なのは第三者から見ても主人公だと思われない事。それが奴との関係を断つ――負のフラグを取り除く方法だ」

 再びベッドに体重を掛けるリーナを左窓から差し込む月明かりが照らし出す。

 静寂とエメラルドグリーンの明り、そして――

「なぜ制服?」

 ――全身、穢れを知らない真っ白な制服が視界に入る。

「後々分かる内容だから今は突っ込まないで欲しい。そろそろ私の問いに答えを示しても良いと思うのだが?」

「ああ、すっかり忘れていたぜ。俺は……リーナを信じるよ、自分が信じたモノを最後まで貫き通す」

「そうか、安心したよ。君の意見を聞けて……これから海人には鈍感フラグとハーレムフラグの両方を克服してもらいたい。無双フラグは私の手で……いいや、君には力のコントロールをしてもらう。これはフラグ回収屋のれっきとした任務……出来るかい?」

「ああ、任せろ!」

「さっそく明日、ハーレムフラグの回収に動いてもらいたい」

「早いな……いくら何でも切羽詰まり過ぎやしないか?」

「数日も経たないうちに私はココへ居られなくなる、行動を共に出来なくなるのでね。その前にハーレムフラグと鈍感フラグの回収を、私が陰で支えたいと思うのさ。それに、私が居なくなるのは個人的な、長期的な予定が重なるからだ、許せ」

「リーナって、良い奴だよな」

「同じセリフを何回も言わないでもらいたいね」

「何だかんだ言って、面倒を見てくれるところが……」

「う、うるさい海人! 話はこれで終わりだ。明日ヒロイン達をデートに誘う事、私との協力関係を締結させること。そうと決まれば、出て行った! 私は寝る」

 半強制的にリーナの部屋から追い出され、俺は渋々自室へ戻る。

「追い出すなら優しい言葉を掛けてくれたって良いだろうが」

 エメラルドグリーンの月は、まだ落ちる兆しすら見せなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る