第二章 主人公位置ほどハーレムフラグは付いて回る
「わわわわわ!」
俺達は今、絶賛、何もない空中――約五メートルの高さから自然落下する最中だ。
そう言えば、転移魔法は瞬時に目的地へ移動させる代わりに落下地点はランダム、完全な運要素が絡んでくるのを忘れていた。
なので、俺は一番の最悪を引き当ててしまったという形に――
「すまない海人」
「ぐはっ!」
――勢いよく異世界転生後のマイホーム、玄関前にて見事なダイブを決め込んでいた。
背中にリーナの体重を乗せながら。
相当の衝撃だったか、銀柵に囲まれる中央玄関がドタバタ音と同時に開かれ、中から懐かしい顔触れが姿を現す。
「このアジトは海人が帰還するまで奪わせないぜ」
「また敵襲? コッチは海人の捜索で手一杯なのに!」
「妹である私は、みんなの援護! 行くよ」
「海人さんと、皆さんを守り……抜きます!」
覚醒し始めた意識と視界から見えた光景は懐かしい仲間達の姿と声、助け合う温かい空間が俺へ安心感を与えた。
「って……海人? 海人、なの?」
「みんな、ただいま……」
挨拶ひとつ交わす行為が、今はもどかしくて恥ずかしい、というか物理的に痛い。
数時間顔を合わせないだけで掛ける言葉が見つからず、気まずい雰囲気と沈黙が訪れ。
「俺らしくも無いな……」
つい、視線を下へ逸らしてしまった。
「海人だ、海人が戻って……きたよ!」
「無事で、本当に無事で良かった……です」
「海人、凄く心配したぞ? 海人の魔力反応が残っているとはいえ、魔王軍に捕まったと思って俺さ内心ヒヤヒヤしてんたんだからな、驚かせるなよ、このおー!」
「全く……心配させないでよ。連絡の一つ寄こさないで……誘拐されたかと思ったじゃない。おかえり海人――」
「た、ただ、ただいま」
「――って海人の上に乗る女は誰なの? 説明……してもらえるかな?」
レイナが着用するブロケードドレスの赤が、数多の人間を屠ってきた血に見えてきた。
それだけ冷酷な視線と声質で、睨み付けてはコチラとの距離を詰めてくる。
……おいリーナ、なぜ逃げようとしている。
「一番の加害者、誘拐犯リーナが逃げてどうするつもり……だっ!」
「あーバレちった?」
「俺の背中が明らかに軽くなったからな、分かるわ!」
「私が重いと言いたいのか⁉ 失礼な、私の体重は五キログラムだ!」
「お前は蟹に体重を奪われたツンデレ黒髪美少女か! それより……」
「へぇ……私の質問を無視して、ピンク髪の女と話すのね……海人は。別にいいよ、海人の好きにして。その代わり……話し合いは長くなるけれど」
「……はい、調子に乗ってすみませんでした」
今日という一日はそう簡単に明日を迎えない事だと、俺は覚悟して掛かるべきだろう。
「それで……この女……誰?」
正面に腰を下ろす鋭いレイナの眼光は、俺の左隣に注がれ、冷たい声質で俺に問う。木造建築一戸建てのアジト、一階に設置されたダイニングテーブルへ座り、夕食を済ませた後の僅か一分――間髪入れず、氷の如く冷たいリーナの第一声が部屋中に響いた。
「だから何度も言っている通り、道に迷っていた俺を助けた恩人だって……フラグ回収屋に属し、魔王討伐に協力してくれるイイ奴さ。敵じゃない」
「敵味方なんて関係ない、大切なのは……他の女の匂いがする事。他に居るよね、女」
「いやいや、連れて来たのはリーナ一人だけど……」
「ソレとは違う類の女の匂いがする……隠す必要ある?」
俺の言動を全て監視され、管理されているような気がして怖い。流石にメンヘラ気質は数時間単位やフラグ回収云々で矯正されるはずがないと理解できる。小声でぶつぶつ喋りながら近寄るメンヘラが一人、俺へ襲い掛かった。
その刹那――
「君の疑問は、私の話を聞けば分かる。もっと重要な事、訊くべき内容があるだろう?」
「リーナ、お前……」
――左隣に座るリーナが落ち着いた口調と無言の圧で俺を庇ってくれた。
「だ、大体あなたが海人と……」
「私が、海人と?」
「ふ、不純な……いいえ……なんでも……無いです」
地味に無言の圧力がメンヘラに勝った事実は、歴史の教科書に載るレベルだと思う。しかし今は、悠長な思考も抱く余裕さえ無い。
「私から一つ、質問して宜しいでしょうか……」
「大丈夫だよ。ターシェル連合国元スパイ、テレシア・ロフェさん」
「なぜ私の名と過去を……」
こいつ――リーナの一挙手一投足が俺の予想を遥かに超える爆弾発言と化しているからだ。
「あなたがなぜ……ソレを……」
「君たち五人とターシェル国内の王と側近しか知り得ない情報を、どうして認知できたのか……聞きたい事はそれだけかな? ガラスト王国次期女王レイナ・ガラスト様」
怒りの感情を露にしていたレイナの顔は警戒心、テレシアの顔は恐怖で歪み、ほか二人の表情は真剣そのもので。口を挟む者は一人としていない緊迫した状況が続く。
「海人がこのアジトへ来た際、一般人とは比べ物にならない程の……魔力の残滓を感じ取りましたが、アレは誰のモノ……ですか?」
向かい合うレイナの顔は冷静そのものだけど、唇の震えが奥底に沈む心の弱さを証明していた。
「もちろん、海人さ」
疑いの目と敵対心が溶かされた雨が滝の如くリーナへ降り注ぐ。
「ちょっと質問しても良い?」
「どうしたのかな……アメリ・アスター」
「アナタの目的はなに? 私達の名前や、ごく一部しか知り得ない情報を口に出して一体なんの意味があるの? 脅しのつもりなら、止めた方が良い……これは忠告だから」
「何の意味があるのって、そもそもこの世界の主人公である海人と、選ばれしヒロイン達と友人の名を認知できない方が可笑しいよ。桃太郎で例えるなら、お供の犬、猿、キジを忘れるのと一緒さ。世界を知り、攻略するのを目的とする人間にとっては……尚更ね」
「その言い方だと、まるでこの世界が小説の世界……創造された物語みたいじゃない」
固まる空気と疑心暗鬼に満ちた空気――
「ああ、この世界は創られている。クソな創造神によって……身も、心も……」
「お、おい……バカ! 順序が違うだろ!」
――更に冷たく、会話を凍らせるリーナの言葉。
「順序が違うって何だよ、海人。お前、まさか!」
「妹である私の側、仲間を裏切る気なの? 違うよね?」
「海人さん……」
「海人の口から、ちゃんと……自分の考えを説明して欲しい。どうして、この人を連れて来たのかを……」
集められる視線はリーナから俺へ。
心配そうに皆が俺の回答を待っている。そもそも魔王討伐に関して皆が協力するのか不明だ。それに納得しても魔王討伐とリーナの「神殺し」に関係性が見出せなければ、否定だってされる――何よりフラグ回収屋の事実証明と信頼を今ここで勝ち取る必要性があること。
……これが俺の強いられている状況か、厳しいな。
「私も陰ながらフォローする。心配せず、堂々と事実を話せばいいさ」
……心強いよ、リーナ。
小さくその場で頷く左隣のリーナへ向けて俺も首を縦に振り、正面――レイナを真っ直ぐ見据える。左斜め前のテレシアも、右斜め前のアメリや俺の右隣に座するガウトまで俺の一言一句に注目している。
「では本題へ入る前に俺が元居た国、日本について話す必要がある……」
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