第一章 異世界転生者と魔王復活フラグは切り離せない 五話
拘束から解き放たれてアジトを出た頃にはもう、上空は満点の星で溢れていた。
「綺麗だな、星」
一面の夜空はまるでプラネタリウムの如く限定的な輝きで、かつ幻想的でもある。どうせ朝になれば何事も無かったかのように空は青色を見せてくる。そんな当たり前の光景に心が浸り少し感動を覚えた。あの後、さっそくリーナにフラグ回収屋任務と称し「海人の仲間四人をフラグ回収屋側へ」引き込むように命令が下された。
「……それにしても、人工的な明かりが無いのも考えものだな」
しかし現在の思考優先度は、この夜道に軍配がある。
さすがに夜、それも森中を灯りなしで歩くとなれば自身への危険を感じざるを得ない。
「如何せん、ここ一帯はガラスト王国領ギリギリの場所で人通りと人数が少ない。その結果、モンスターが街中に比べて湧きやすいわ、盗賊は多いわで――」
――端的に言うと治安が悪いのだ。
更に一度魔法を使えば、魔力の残滓でモンスターや盗賊が寄り付くので安易に魔法を詠唱できない状況。
「転移魔法を使えたら楽だよな、絶対……どうしたものか」
この世界に転移魔法は存在する。ただしその強力な効果と実用性に富んだ能力から消費魔力は大きくミリ単位の操作を要求される。ゆえに難易度は高く、失敗した際の代償も自身の身体に刻まれる危険な魔法の一つ。
あいにく俺は、仲間に性格面でも実力面でも恵まれた為、転移魔法等の魔力消費が激しい魔法は全て仲間に任せていた。
「だが、今はどうだ⁉ 転移魔法のやり方は分かるが俺の魔力の貯蔵が凡人レベル、そして完全無欠のボッチだぞ!」
この状況を変えるべく、手を合わせて神頼みを――したいのは山々だが、そんな神も今は敵。フクロウが俺を嘲笑うかのように鳴き、木々はざわざわと俺のバカさ加減を周囲に伝え、自然に囲まれた景色は変わる筈もなく俺をバカにしてくる。
「数十分ぐるぐる森を回っているけど……出口、どこ?」
一向に見えない光と希望を抱いて、俺は森の中を彷徨っている。
「はあ……転移魔法やればいいんだろ、やれば!」
痛みを伴う行為は嫌いだが致し方ない、覚悟は決まった。
身体中の魔力を両手に集め、実行するべく詠唱しかけた刹那――
「早まってはダメだ、海人。もし失敗すれば自身の体を傷つけてしまうよ」
――懐かしい声と共に人工的な明るさが俺の全身を照らした。
「リーナ……なの?」
「魔法が存在する世界で、科学という矛盾で作り上げられた懐中電灯を使う人間が私の他にいると思う?」
「リーナ! 逢いたかった……」
「? 海人とは、ほんの数分前に話していたじゃないか、頭を強く打ったのかい?」
「やっと、ここまで……この時代に繋げられた。報われる……私達の……」
「いきなり抱き着くなんて、君は……誰?」
「誰って……忘れては困るぞ、俺の名前は真神海人だ」
草木を避けつつ進んだせいか抱きしめてくるリーナの頭や肩には木の枝や葉っぱが付き、腕や脚には掠り傷が複数見受けられ――
「え、なんで俺はリーナを抱き寄せて……」
――俺は今、ラッキースケベ主人公位置を体験していた。
「君の責任じゃないよ、私が海人とハグをした……ただそれだけ……の、話」
……殴られないだけマシだった。
リーナの気遣いを思えば、この話題を口に出す行為は自粛する方が賢明だろう、その方が痛い思いをしなくていいから。
「そ、それよりもリーナ。大丈夫かよ、その脚と腕」
「ああ、このかすり傷……別に大した傷じゃないし跡は残らないから気にしないさ。それより大切なのは海人の現状だろうに……」
「た、確かにそうだけどさ」
「自分を責めないで欲しい。むしろこの傷は、街はずれの森へ連れてきてしまった私の責任、自業自得だよ」
「リーナ……」
コイツ良い奴だな、とてもじゃないが俺の事を誘拐するよう指示したヤツに見えないぞ。
「フフッ、私は良い奴さ、海人」
「俺の心を読むな……と言いたいところだが、今は心強いよ」
「それはなにより。私なら海人の転移魔法を代償無しで使用可能にすることができる」
「嘘だろ? いやいや考えてみろよ、全ての事象は原因があって結果が生じる因果関係で成立している。リーナは俺の魔力が凡人レベルという原因を覆せるっていうのか?」
身体は自然と、唐突のラッキースケベから離れた正面のリーナへ再び急接近していた。
今まで散々、薬や仲間のバフ効果で補強するしか方法のなかった俺の魔力量、悩みの種が、ものの数分で解決する事への驚きと疑い、あるいは期待が胸を高鳴らせた。
「フラグ回収屋は、因果関係を取り除くのが得意なのさ……それに、我々の仕事は海人が魔王を倒しやすいような環境を、フラグを整備すること」
「今だと回収すべきフラグが、俺の魔力量って事になるわけで……本当に夢みたいな願いを叶えてくれるのか?」
「疑うのもしょうがない事ね。なんせ、今からやる事は漫画やアニメ、ライトノベルのような超能力。人知を超えた能力であり束縛でもある神の力――」
不敵な笑みを浮かべたリーナは俺の口元に人差し指を優しく添えて。
「――だから、ここで起こる事は私が許可する以外、他言無用……ね?」
黒い万年筆を懐から取り出した。
「ああ、それは約束する。俺はどうすればいいんだ?」
「特にやる事は無いかな。この懐中電灯で私を照らしてくれ」
「分かった」
「あ、そして五歩くらい離れ、私が許すまで一言も喋らないで欲しい」
「了解って、要求が多い!」
「ごめんごめん」
言い付け通りに俺は懐中電灯を持って、リーナから五歩下がる。
一体なにが始まろうとしているのか、今の俺には検討すらできない。だがそれでもひとつ分かる事があった。
「おい、リーナ」
「どうしたの? 何か問題でも?」
「いやそうじゃなくて……気を付けろよ」
それは俺の為に身体を張るリーナの安全を願うこと。
「ありがとう海人」
リーナのはにかむ笑顔がやたら眩しくて可愛い。
「それでは、始める……」
刹那、リーナは右手に握る万年筆を俺の前に向けると、左から右へ横一線。万年筆に触れた空気が青く輝き始めて一本の横線を形成する。見ると何やら文字がズラッと横へ並び、その部分を凝視すれば平仮名に似た文字が描かれている。
……眩しくて読めないな。
「事象を転換せよ、フラグよ、我の中に戻れ……エンドロール!」
詠唱のようなものを唱え終わると、今度は青白い光を帯びる文字列、万年筆により浮かび上がる横線を逆方向、右から左へ勢いよく線をなぞった。
青白い線と万年筆はいつの間にか消え去り、代わりに数秒の沈黙が流れ――
「はい、これでおしまい。任務完了!」
――リーナの言葉でやっと俺は意識を現実へ戻す。
「終わりか、終わったのか……?」
正直言って見た目に変化が無いので実感さえ湧いていない。ただ魔力の流れは以前より感じられる――今のところ半信半疑。
「無事あなたのフラグを回収できたから魔力は一般人の四倍以上は確実にあるわ。とりあえず本当かどうかは今、この場で試せばいい話」
「うーん……分かったけど。それでもし俺が転移魔法を使えなければ……その時は」
「覚悟しておく。それと海人の転移先は自分のアジトだろう?」
と懐中電灯を俺の手から回収するリーナの様子を見る限り、かなり自信がおありのようで、失敗なんて眼中に無い感じだった。
「ああ、そうだけど……」
「私も同行させてはもらえないだろうか?」
「え、どうして……」
急すぎる、予想外の申し出だった。
「自分で海人に頼んでおきながら、心配なのさ。君の初任務――フラグ回収屋のリーダーとして、最初のミッションを上手く遂行できるかが。だから手伝わせてはもらえないだろうか」
「リーナって……案外、優しいな」
「そうだ、私は誰に対しても優しい人間なのさ」
「リーナの優しさに、今回は甘えるとするかな」
「そうすると良いさ」
肩の荷と緊張感がフッと和らいでいく。
本音を零すと、俺は最初からフラグ回収屋の話を四人に明かす行為を躊躇し、説明すべきか迷いもしていた。
けれど、リーナの言葉を聞いてからマイナス思考は消え去り――
「了解。今から転移魔法を発動するからなー止めるなら今のうちだからなーあと、失敗して病院送りになったら治療費はリーナ持ちな!」
「早く転移させてくれ」
「ほ、本当に良いのか⁉」
「お願いします、早く転移させて下さい」
「分かったよ。じゃ、じゃあ、いくぞ!」
――楽しさと次の展開に対する期待が押し寄せてきた。
リーナとのひと悶着も済ませたところで。俺は目を閉じその場で詠唱とイメージを膨らませる。肝心なのはイメージと集中すること。
大地に巨大な円形状の魔法陣を描くイメージのまま魔力の流れに身を投じ、俺はその場で長く深い転移魔法詠唱を完了した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます