第一章 異世界転生者と魔王復活フラグは切り離せない 三話
これが俺の中で一番新しい、鮮明な記憶だった。
思い出しただけで背筋は凍り同時に怒りも込み上げてくる。
「あの女、何処へ行きやがった!」
今は誘拐した女を早急に捕まえて制裁を加える方が先だ、故に誘拐犯リーナの手を握る余裕は無いし、構う必要もない。
「元気が良くて結構だが……自分の現状を客観的に見て行動する方が、今は懸命だと思うけれど……」
あくまで俺は誘拐された側で主導権は謎多き女、リーナが生死を全て握る。
……肝に銘じておけ、海人。変な行動やリーナにとって気に食わない行動は、死に繋がるぞ。
「要求は? 俺を捕らえてどうするつもりだ……」
いつの間にか冷静さを取り戻した俺は、リーナへ強気な質問を投げる。自分でも驚くほど敵意を剥き出しに――
「私の元へ来い、海人。フラグ回収師となり我々と共に色々な世界を巡ろう」
「俺は……お前の手を取るつもりはない。まず敵か味方か分からない時点で従う何も無いだろ。それにフラグだって、アニメや漫画特有の現象だろう? 治しようのないモノだ」
――抵抗を強める。
「アンタねぇ、リーナがどういう気持ちで助けようとしているか……分かっているの?」
瞬間、俺から見て正面右側の扉前、ピンクのスカートをなびかせ如何にも気の強そうな女性が不機嫌そうにこちらへ向かってきた。
俺の視線は一瞬にして目の前のリーナから右側の女へ移る。自分でも分かるくらい己の感情の高ぶりが、怒りが、沸々と湧き始めていた。当然だ、特徴的なピンクの服装にツンツンとした特徴的な言い回し、それに女の武器としては勝ち組であろう大きく揺れる胸元がその証拠。
「オマエは……あの時の!」
「ええ、そうよ。私が睡眠魔法で眠らせた実行犯」
犯人が偉そうに、束縛された俺の前へ出て腕を組む。
「偉そうにしやがって……お前のせいで、俺は!」
「ふん、立場を弁えてモノを言いなさい。それに私はお前じゃなくて、メアっていう可愛い名前がちゃんとあるの。せっかくアンタのフラグを回収してやろうとリーナが助け船を出しているのに……とんだ最低男ね、浮気男といい勝負よ」
「ああ? この状況が、自業自得だと言いたいのか?」
「ええそうよ、アンタが無能だからコッチが来てやったの。弱々しいレディーに揚げ足を取られ、簡単に誘拐される時点で、アンタの実力はお察しよ」
「なにがレディーだ、全国のロリに謝れ!」
真っ直ぐ腰辺りまで伸ばされた青い髪は意思の強さを、ピンク色の双眸からは少女らしさを感じるものの、巨大な胸元が幼さを掻き消している。最も驚いたのは異彩を放つ服装だ、全体的にピンクをベースとしたゴシックロリータファッションで襟元は白のフリルがあしらわれつつ、ふわふわのスカートにレースが編み込まれている本気度合い。仕上げに巨大なピンクのリボンをお腹周りに足せば完成だ。
……とてもロリには見えない。
「ジ、ジロジロ見るな、このド変態!」
両手をクロスし、自分の肩をガッチリ手で掴んだまま二歩退くメアの雰囲気と顔は、生理的に受け付け難いモノに遭遇した人間のリアクションそのもので――
「脳内ピンク思考のお前こそ……」
「不毛な争いは何も生まない。むしろ互いの体力を削る行為、愚行だと思わない?」
――リーナが俺とメアの争いに釘を刺して、二人の考えを口に出した。
「海人は、この状況を作った本人が登場した挙句、誘拐した行為を反省しない点に怒りを覚えている。一方で、メアは私の善意を海人に拒否された事へ苛立ちを隠せないと……多少、いいや私にも責任はあるだろう。ここはフラグ回収師のリーダーとして、納得のいく説明と経緯、我々の目的を海人にしなければね……大丈夫かい?」
メアの口元を左手で封じると、正面のリーナは椅子に座りつつ優しい口調で俺に問う。
「まだ白か黒かも分かっていない状態だから説明してくれると有難い。お前達を信用するか否かの判断は、その後でも遅くは無いだろう?」
「構わないよ。それとメアには少しの間、退出してもらうけれど……良いかな?」
「問題無いわ、ノープロブレム。用件が済んだら好きなタイミングで呼んでね。あと……アンタがリーナに触れるなんて、一万年早いのよ!」
俺を睨み付け、捨てセリフを吐きメアは右正面の扉、ドアノブに手を掛けた。
「は? 今なんて……」
二人だけになった狭い監禁部屋全体を、気の抜ける俺の声だけが反響した。状況は先程と変わらず俺の手足は椅子に固定されたまま、前方のリーナと会話を続けている。
「もう一度、言うわね。魔王復活の情報を提供したのも、海人を誘拐するように指示したのも、全て私の行った事と言っている」
……白状したよ、この女。
まさか、己が今後苦しめられるであろう『魔王復活フラグ』の元凶、その運命と俺を結び付けた原因がこの場に居ようとは。それに、リーナが着用する茶色のエプロンは酒場で一度、見た。謎の女と同じ服装な事に気付くが、今は意識する暇さえなかった。
「フラグを回収する、俺を救うみたいに意気込んでいたのは嘘か? 行動と言葉が矛盾しているぞ」
「何を勘違いしているの? 別に私が魔王復活フラグを建てた訳じゃないさ。元々、この世界はそうなる予定だった訳で、私はソレを知った側――後から来ただけ」
「リーナの言っている事がよく分からないぞ……」
「だから『魔王復活フラグ』という予め決められたシナリオに抗うべく、海人の前に私が現れたって訳さ」
「お前の理由と俺を誘拐した結果……どう繋がる? それに、魔王復活フラグを防ぎたいのなら奴が復活する前にその元凶を断てばいいし、俺より強い冒険者は他に居るだろ」
「確かに……海人の意見は正しいよ。でもね、人生そんなに上手くはいかないし甘くもないさ……」
「この世界に限った話じゃないけど。物語が創られる際にはね、それぞれゴールが設定されていて主人公やその仲間はソレに向かい、目標にして、物語が進む。桃太郎であれば鬼を倒すとハッピーエンドになるでしょ? ソレと一緒でね、今の状況は物語のゴールが設定されたプロローグ、序章。だからゴールが設定されていない世界には、私達が介入する余地はゼロに近いのさ」
「まるで、この世界が誰かによって創られたみたいな言い方だ」
「気付いたか」
不敵に笑うリーナの瞳は真剣そのもの。あたかも視線をこの場にいない俺以外の第三者へ向け、語り掛けているように思える。
「物理法則を無視したこの異世界で、神様がいないって言う方が逆に難しそうだし。存在するよな、きっと」
「海人……違うよ。単語としての、位としての神ではなくて、正真正銘本物の創造神……」
語る彼女の面持ちは鋭く憎悪に満ちた表情で、手の震えが止まらない程に――怖い。
「正真正銘の……創造神?」
俺の知っている神と何が違うというのか。
「フラグと世界、生命全ての根源であり原因。因果を統べる者さ。我々フラグ回収屋の目的は、忌々しい創造神が創り上げたフラグと因果の破壊、そして――創造神を殺すことにある」
「か、神殺し……」
スケールが大きくなりすぎて想像しにくい。それに、神殺しって禁忌なのでは。
「海人の言う通り禁忌中の禁忌さ、でもやらなければ大切な人間が死ぬ、蹂躙される。君を選んだ理由はね――君が異世界転生して創造神の寵愛ならぬ奴の性癖をモロに受けていたから。君が神に選ばれた特別な人間だから……私が助けに来た」
「性癖? 創造神は俺を変な目で見ているわけか⁉ いやいやいや、可笑しいって!」
創造神のイメージが完全に変質者、犯罪者の類として俺の脳内が記録した。それに俺の容姿は中の上くらいだ。イケメンじゃない。
「この世界に来てから、死亡フラグや復活フラグに遭遇する回数が多いと思わない?」
「確かに、多いな」
「創造神はね、そんな苦しむ主人公を見るのが楽しくて、嬉しくて、仕方が無いのさ」
「……」
言葉が、リアクションが上手く取れない。
俺は紫色の双眸を歪ませるリーナの言葉を、心の中で反芻した結果――冷や汗とめまいのダブルパンチが俺の心身を蝕んでいく。
「だ、大丈夫かい?」
「お、俺が……俺が一体、創造神とやらに何をした⁉ 心当たりがまるで無いのに――」
「主人公という理由だけで……アイツ、創造神は平気で人間を犠牲にするクソ野郎だ」
――理不尽だ。
「だから私はこの世界で、物語の終わり……海人が持つ魔王復活フラグを回収し、今度こそ創造神をこの手で……殺すつもりさ」
オレンジの照明が一瞬、揺らいだ気がする。子供っぽいピンクの髪色と正反対に椅子へ腰かけるリーナが頼もしく思えてきて、同時に疑念が強まる。
「仮に俺がフラグ回収屋? 側に付いたとして……メリットは? ただ物資等を支援して戦闘は丸投げって事は無いだろ?」
「協力関係にある場合、戦闘支援や武力行使はさせてもらうよ。ただし私の方針、考えの根本として主人公の外的要因、主に性別や魔力量の不変的事実は私の手で変更――フラグの回収をさせてもらう。それ以外は海人、君の力で未来を切り開いてもらいたい」
「要するに、リーナは目の前にある大きな壁を壊せるよう周囲の環境を整えだけ。二対一の状況を一対一にするだけ。あくまで俺は努力してフラグを回収しろと……」
「自身に降りかかったフラグは己の手で取り払う事。それが本人の為になると私達は思っている。今回で言うと魔王復活フラグが君自身の回収すべきフラグで、我々は楽に海人がフラグを回収できるよう補佐をする」
利害の一致、だが同時に俺の脳内は裏切る可能性が頭を掠めた。
「お前達が俺と協力関係になるメリット、必要性が全く見当たらないのだが……」
己の命と俺のフラグを回収する行為が釣り合う訳が無い。
これでは――
「自殺行為……そう言いたいのだろう?」
「――ああ、自分の命を粗末に扱う愚者と変わらないと思うぞ、魔王のフラグなら尚更な」
「自ら交換条件を提示してくれるなんて意外と優しいのね、海人は。そうだな……無事に魔王を倒しフラグを回収できたなら。対価は……」
顎に人差し指を乗せ数秒考えたのち、正面のリーナは不敵に笑う。
「無茶な要求だけは、やめて欲しいなって」
人差し指を顎から外すと、その指を俺に向けて。
「真神海人、君だ!」
堂々と要求をリーナは口にし、勢いを落とさず畳みかけてきた。
「そして真神海人。魔王討伐が完了するまで私と一緒に行動してもらいたい。己の目で見定め決断して、何が正解で不正解か……正義を決めて欲しい。魔王討伐後、私の要求を呑むかは海人自身に委ねる方針で……どうだろうか?」
予想外の提案をリーナから受けてしまう。
リーナの表情は真剣そのもので、俺の前に差し出された純白の右手と同じくらい純粋な感情で、あたかも俺に頼み込むような口調で話しているように思える。
……デメリットなしの提案。
リーナが俺のフラグをどう回収するか、そもそも負のフラグ自体は故意で回収可能かも分からないため疑念が拭えないものの、現時点で俺達仲間が復活した魔王に挑んだところで勝機は皆無。
自爆する未来より――
「少し、リーナの行う仕事に興味が出てきたよ。俺自身リーナの言葉に半信半疑の状態だけどさ、それでも良ければ……よろしく頼むよ」
「フラグ回収師(仮)の一員として、これからよろしく頼むよ、真神海人くん」
――リーナという希望に賭ける事の方が得策だと思った。
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