第一章 異世界転生者と魔王復活フラグは切り離せない
そこは昼間にも関わらず、酒気を帯びた冒険者たちで賑わっていた。
「あの野郎……自分から誘っておきながら、集合場所にいないとか……」
別に俺は酒が飲みたくて来た訳でも、騒ぎに来た訳でもない。ただ、冒険者仲間に呼び出されただけ。俺が怒る理由は長時間この場所に居座ると、酔っ払い共が俺を含めるパーティーメンバーにちょっかいを掛け、最悪は暴力沙汰に発展する可能性が大いにあるからだ、女三人に男一人の状況なら尚更だ。
「健気に待ちましょう、海人さん」
「酔っ払いに絡まれたら、この私……妹がやっつけちゃうから安心してよ!」
「ここに長時間、居座りたく無いのが俺の本音だよ。さっさと帰りたい……」
通信魔法でココへ呼び出した男――ガウトに連絡したいところだが、俺の魔力量だと長時間通話するどころか、通信相手との魔力同調自体が至難の業。
「海人、ガウトが応答しない。どうする?」
「どうしよう……」
否、それ以前に左隣を歩くレイナの通信魔法に反応しない時点で、意味が無かった。これではレイナがただ手鏡で前髪を整える女性と変わらない。
「着信拒否なんて……妹として許せないなー」
「結婚詐欺ならぬ、妹詐欺を行うお前の方が許せないよ、俺は」
頬を膨らませて両手をブンブンと振り回し進む少女が右から迫る。だが、今なら老人が肩たたきで気持ちいいと口にした理由が分かる気がした。
「レイナさん、取り敢えず五人席が空いたようなので、座りましょう。ガウトさんの件は席に着き、落ち着いてから話し合えばいいかと……思います」
前方のテレシアが皆を扇動するように店員の方へ視線を誘導し、俺達も店員に付いて行くと――
「では……ごゆっくり……できるといいですね」
――別れ際に物騒な、挑発的な、そんな言葉を吐かれた。
「お、おい! 待てよ。人をバカにする言い方は良くないって……」
店員の態度にさすがの俺も注意しようと言葉を発したものの、会話をキャッチする側の店員が、いつの間にか居なくなっていた。
……外見は、確か喫茶店で見かけるような茶色のエプロン姿で、ピンク髪のショートで女だったはず。
思わず俺は、席を立ち上がり酒場の隅々を観察したが、該当する見た目の子はいない。
「どうしたのですか、海人さん? 何か、問題でも起きました?」
「い、いやだって……さっき席を案内した店員に嘲笑されたから……」
「案内? 何を言っているの? 私達は店員さんに席を案内された訳じゃなく、私から見て左隣のテレシアに促されて席に着いたじゃない」
「いくら妹の私でも、海人の妄想癖には驚かされるばかりでございますわね」
全くもって信じられなかった。
思い返して見れば、ここは酒場なのにあの格好は不釣り合いで喫茶店の従業員が着用していそうな茶色のエプロン姿に違和感を覚えると同時に、茶色のエプロンを着用した店員は酒場に誰一人として該当する者がいない。
「新たな展開、フラグが建ちそうな気がする。その場合、死亡フラグの類より美人フラグを所望したい。最近は物騒な展開やフラグ続きだから頼みますよ、運命さん」
俺に対する誘拐フラグや決闘フラグとか、最近だと組織から追われる少女の問題を解決し、休めるようで休めない日々を送っていたから。いい加減、心の休憩が欲しい。だからあんな幻覚を見るのだ。
そんな天国と地獄に囲まれる環境で第二の人生を歩む俺――真神海人は、ライトノベルやアニメだと毎度おなじみの設定で聞き飽きたと思うが『異世界転生者』の身だ。
元々はマンガやライトノベル、アニメ鑑賞が趣味の心優しい十七歳の美少年で、何不自由のない順風満帆な生活を送る日本国出身の高校二年生……の筈だった。つい三か月前までは。しかし日本の地で親友に裏切られ、血溜まりに頭を埋める形であっけなく人生の幕引きを体験。その直後に異世界転生を果して今に至る。
それから俺は若干の人間不信を抱えつつも良い友人と仲間に巡り会い、今では徐々に名が知られ始めた冒険者として日々社会貢献に取り組んでいる訳だが。
どうもここ最近、いや転生した直後からありとあらゆる場面においてマンガやアニメ等に見られるお決まりのパターン――いわゆるフラグが俺達の行為に付随し、何らかの形で現れるのだ。
……ある時は俺が誘拐され、またある時は冒険者仲間を盾に身代金を要求され、またまたある時はクエスト中に湧くはずの無いボスが現れる始末。
肝心な事に俺自身、無双フラグの片鱗すら現れないまま今に至る。
「かわいい妹が目の前にいるよ……ダメ、なの?」
「可愛いはもう飽きた、今のブームは大人の色気を持つ美人が、俺は欲しい!」
俺から見て前方右斜めに席を取る少女が、エメラルドグリーンに染まるツインテールと両手をブンブン上下に揺らし「ヤダヤダ」と駄々をこね始めた。
フルネーム、アメリ・アスターは行動面と口調から察しが付く通りの妹属性キャラで、その類稀なる美貌と男受けバツグンの低身長と小動物のような言動の数々は、年上の大人に媚びを売る為だけに鍛え上げられたモノと錯覚するくらい、可愛い。更に透き通るような白い肌と髪色がエメラルドグリーンという事も相まって、冒険者界隈では『エメラルドグリーンのロリ女神』の愛称で親しまれている。ちなみに当人の頭はとても悪く、別名『アホの集合体』と俺の中では呼称している。しかし、そんな彼女も俺の大切な仲間の一人だ。
「痛ッ!」
「なんか……ムカついた」
「ハァ?」
「うるさい……」
何故だろう、アメリの頬が不機嫌そうに膨らんでいるのは。
ちなみに彼女の服装は、全身緑のエプロンドレス姿だ。
「二人とも、店内ではお静かに……ですよ?」
「すみませんでした……」
「テレシアごめんなさい……」
テレシア・ロフェについて語るとなれば、その強すぎる母性の塊ゆえ油断すると「幼児退化していた」なんて事が起きるので、気を付けたいところだ。俺から見て前方斜め左側に席を構える黄金の瞳を持つ女性がテレシアだ。紫の髪と男心をくすぐるナチュラルボブ&巨乳という最高の組み合わせはオトナの色気を一層引き立て――胸元が強調された黒のカットアウトも忘れるなかれ。更に特徴は外見のみならず、内面はおっとりしつつも真面目な性格を持ち合わせている年上女性だ。敢えて年齢は伏せておく。
「フフッ、どうかしました?」
「いえ、何でもないです……」
訂正。怒らせると一番怖い人なので、関わる際はくれぐれも逆鱗に触れぬよう注意を払いましょう。
それにしてもテレシアの圧が強い。対面する形を取っていなくとも伝わる殺気は、もはや人を殺せる凶器と認定しても大丈夫だろう。うむ、このままでは前世と同じく友人裏切りエンド行きだ。
「傍から見ると、海人ってすぐ感情が表に出てくるタイプだよね……何を考えているのか嫌でも分かる」
「え、それ早く言ってくれよ」
「だって、海人の怒られる姿が可愛くて……しょうがないでしょ?」
「俺、もしかして遊ばれている?」
ため息をつくと、目の前に座るレイナは嬉しそうに俺へ笑顔を振り撒く。相変わらずレイナの笑顔は守りたくなるような表情で、俺は何よりそれが好きだ。
彼女、曰くその名レイナ・ガラストはガラスト王国の『次期女王』である。次期女王と聞けば誰しもこの状況に思う点があるだろう。何故ココに居るのかと。元々彼女には頭脳面と魔法の適正、身体能力面においてずば抜けた才能を持つ三歳上の兄が居たが、小さい頃、行方不明となり跡継ぎは自動的に彼女へ継承されたが、その柵に囚われるのが嫌で結局冒険者に行き着いたらしい。
……ちなみに王位継承前から既に冒険者として活動していた。
家庭環境は過酷なものの自身の外見は女王の品格にふさわしい様相で。引き締まる肉体はモデル体型、彫が深い顔とブルーダイヤモンドの如く深い青に染められた双眸は、見る者全てを魅了させる。性格も明るく誰にでも分け隔てなく接する事ができ、仲間第一な点も含め、次期女王は彼女が相応しいと俺も思う。しかし性格に少し天然な部分があるのが難点でもあった。
アメリとテレシアに挟まれた位置に座る彼女の服装――真っ赤なブロケードドレスを身に纏うレイナの姿がそこには見えた。
「ここは酒場だ、なにも王国で着るようなドレスを身に付けなくなって。余計、目立つだろうが」
情報共有速度が通常より速い冒険者界隈でレイナの正体が暴かれると、非常に鎮火しにくい火事が発生しやすい。
だからこそ、俺は小声で黒髪ポニーテールのレイナに話してみた。
「? 外出だから清潔感のある服装を着て、何が問題なの?」
「いや、そうじゃなくて……目立ち過ぎているから」
「忘れちゃったの? 私はこの国の次期女王よ、派手な衣装を纏って何が悪いの?」
天然って怖いですね。
「悪目立ちしているのは、お前らだけじゃないらしいぜ」
ふざけた声が俺の右隣から響くと、俺はため息を交えて主催者の面構えを見る。やはり見慣れた友人――ガウト・ランバートが得意げに笑っている。
「またか」
奴、ガウトが楽しそうに話しかけてくる瞬間は、必ずと言っていいほど面倒事を持ち込んでくる時だ。
そんな問題児ことガウト・ランバートは俺の大切な親友で命の恩人だ。事の発端は俺が異世界転生直後、右も左も分からず一文無しの絶賛人間不信に陥っていた時に宿泊費や生活費諸々を負担し、手を差し伸べてくれた最初の人間だからだ。性格は面白いモノ好きで仲間想いの一応常識人の枠組み。
……同時にわざわざフラグをコチラへ引き寄せてくる悪魔でもあるが。
加えて百八十八センチの高身長と茶髪の見た目は、逆に知性を感じさせるビジュアルで女性ウケが良いとか。
「仲間の為だと言いながら無駄なフラグを建てつつ、顔はイケメンとか……俺の敵であり男の敵だよ、お前は」
「まあまあ落ち着いてくれよ、海人。みんな聞いてくれ! 既に知っているかも知れないが、五千年の眠りからアイツ……魔王が復活したらしいぞ」
「隣の会話を盗み聞きすれば分かる話だよ、テレシア」
「そうね……確かに。周囲の冒険者達の話題は魔王復活で持ちきりだわ。へぇーだからクエスト用の赤い防具を着用しているのね、ガウトは……納得できたわ」
「似合う? どう?」
「目印にされそうなくらい派手ね」
待ち合わせ場所に指定されそうな上下真っ赤な防具だった。
「ガウト……いつも言っているだろう? 敵陣営ボス復活報告と主人公に対する遺言は死亡フラグや誘拐フラグ等が起こりやすいから口に出すなって、あれ程……」
「別に大丈夫だって、口にするくらい。死なないって!」
言葉を遮って、奴は更に負のフラグを重ねる。
……コイツダメだ、俺の発言自体が馬鹿馬鹿しく思えてきたぞ。
「あーあー、もういいよ。ガウトは正真正銘のアホだって再認識できたからさ」
こうして奴の死亡フラグは建設され、また俺は自分の生死に関わる事件へと巻き込まれる可能性が増えるのであった。
……後でとっちめてやる。
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