第4話 叶わぬ願い(エミリオ)
(エミリオ)
「デレク王子と面会の約束をしている、レンだ」
「承っております。どうぞ」
レンが明らかに嘘をついているのに門番に話が通じる。エミリオは驚くがレンは平然としている。デレク王子もレンを待っていたということだ。レンがルルを教会に逃がしたことはデレク王子も分かっているから、レンと取引でもする気なのかもしれない。
昨夜あれだけの騒ぎが起きたわりには外からは城は平穏に見える。レンはデレク王子がなんかうまくやったと言っていた。そんなことを考えながら門番とレンに続いて城門をくぐる。
「すんなり入れてよかったねー」
トゥーンがふわふわ浮いたまま話かけてくる。
門も向こう側には異世界が広がっている。
黄色い空、黒い道、紫の芝生。趣味の悪い配色の趣味の悪い物体の山々。
「おおお、なんだこれは? これも『欠片』の力か?」
「視覚が狂わされているだけだ」
「別空間を重ねているね」
レンもトゥーンもそっけない。デレク王子が用意した舞台演出が台無しだ。
エミリオの目にはかろうじて城らしき建物の形が認識できる。悪魔の力の一端だ。しかしそれはあちこち突起の生えたグロテスクな建物に変わっている。二人と一匹がしばし様子見で立ちすくんでいたら光の道が現れる。白い光が真っすぐに城内に伸びている。
「罠っぽいね」
トゥーンは楽しそうだ。
「まあ進むしかないだろ」
エミリオはそう言って先陣を切る。
白い光は真っすぐ消失点まで続く。この城はそんなに奥行きはないはずだから視覚的なマジックだろう。エミリオはあまり深く考えない。
人は誰もいないようだ。悪鬼がいる様子もない。ラスボスだけが待ち構えているということかもしれない。
「これってすごいことなのか?」
エミリオはトゥーンに聞く。蒼髪は空間操作が得意だ。もとも三次元より上にいるからか下の次元のあれこれを操作することは難しくないらしい。
「別に大したことはないよ。人の身では頑張っているけど、日曜大工レベルかな」
トゥーンは手厳しい。
「ハガネがメグさんを救出したそうだ」
通信機でなにやら会話していたレンが報告する。
「合流するのか?」
エミリオはレンに尋ねる。ここから先の頭脳労働担当はレンだ。エミリオは方針を尋ねる。それに、できればラスボスにはこちらの最大戦力であるハガネを投入したい。
「いや、ハガネは個人的な用件のほうを優先する。もう抑えが効かないようだ。DDとメグさんだけ合流する」
「メグちゃんを連れてきていいのか? ん? いや待て、DDも来ているのか? ルルは大丈夫なのか?」
エミリオは状況がずいぶん変わっていて焦る。
「教会から離れられると困るから、ルル王女には眠ってもらっている。DDはメグさんの回収のために出てきてもらった。デレク王子が本来の目的を変えていなければ、メグさんを使うという選択はとらないだろう。おそらくメグさんでは役不足だ。とはいえ一人でおいておくわけにもいかない」
エミリオは眠ってもらっているという言い方に引っ掛かりを覚える。言葉通りでDDの睡眠薬を飲ませたのだろう。教会にとどまれと言って聞く性格でもないし連れて来るよりもましかもしれない。エミリオはルルが目覚めた時には近くにいないようにしようと心に決める。
それにしても、教会でレンはデレク王子の目的は分からないなどと言っていたが、本当は完全に把握しているようだ。
「なんだ、目的は分かっているのか?」
「推定だ。証明のしようがない」
エミリオが聞いてみるとレンは悪びれずに答える。
「それにルル王女に話せる内容じゃない」
「どういう意味だ?」
白い光は少し先で暗闇に吸い込まれて消える。不自然な真っ黒な空間が広がっている。
「『欠片』と精霊の力を使ったところでデレク王子の願いは叶わない。規格外の能力を持つルル王女は絶対に必要な要素のはずだ。それにこれはデレク王子の復讐でもある」
「復讐?」
エミリオのその疑問への答えはない。
「トゥーン」
エミリオはトゥーンに右手の拘束をすべて解かせる。二十二個。それが現状の最大値。事態は思ったより悪いのかもしれない。エミリオの信条は考える前に動くこと。自分が正しいと思った方向にむかって。まずはデレク王子の身柄を確保する。そして話し合いだ。
「デレク王子から『欠片』を奪えば完了か?」
「『欠片』を奪って私に渡せ。この異常を終わらせる」
エミリオの言葉にレンが答える。エミリオはしかし『欠片』を奪うことの是非をまだ判断できていない。レンが銃を取り出す。
「話し合いは?」
「なしだ。トゥーン、あっちの様子は分かるか?」
レンはそっけなく答え、トゥーンに前方の真っ黒の空間について尋ねる。
「ん、鉢植えが一つと人が一人。デレク王子だね。迎え撃つ気かな」
鉢植え?
いや、それよりもデレク王子がいるのか。エミリオにとってはわかりやすい展開だ。デレク王子を倒せば完了だ。
「真っすぐか?」
レンが暗闇に向かい銃を構える。
「真っすぐだけど空間が連続してないから中に入らないと無駄だよ」
レンが一秒考えて構えを解く。
「ここでDDを待とう。そう時間はかから――」
レンがセリフを言い終わる前に暗黒が広がりエミリオたちを包み込む。
エミリオは正面を向いて構える。暗闇に入った瞬間にレンが銃を放つ。威嚇を数発。そして目の前の鉢植えに気づいて残りの全弾を鉢植えに撃ち込む。
鉢植えは銃弾を受けてあっけなくばらばらに砕ける。植えてあった白い小さな花が跳ね上がる。
それが落ちきる前にエミリオは駆け出す。あの花はあからさまにあやしい。これで終わるわけがない。
エミリオは飛び上がった花を右手で掴み全力で握りつぶす。地面に叩きつけ、拳を打ち下ろす。衝撃で地面が凹む。続けてもう一発。地面にひびが入る。
「その花が何か分かるか?」
デレク王子の声がする。エミリオは顔を上げ姿を探すが見あたらない。周りは暗闇。指向性のない声だけが空間に響く。
エミリオは自分が潰した花を見る。白い小さな花。
「悪いが花には詳しくない。珍しい花か?」
「その花はマーガレットだ。どこにでもある一般的な花だ。君はエミリオといったか。ルルの友人だな。ルルに聞いてみるといい。街の連中にも。マーガレットを知っているかと」
「……何が言いたい?」
マーガレット。エミリオも名前は知っている。それがこの花かと言われてもエミリオにはわからないが。
「この国の人間は誰もマーガレットという花を知らない」
「誰も? どういう意味だ」
デレク王子の言葉が理解できずにエミリオは聞き返す。
「そのままの意味だ。君はレンという名だそうだな、元『黄金の狼』。君は博識のようだからマーガレットは知っているな。そして私の言葉の意味もわかるな」
話の矛先がエミリオからレンに変わる。
「もちろん知っている。そしてマーガレットの花がガザに存在しないこと、誰も存在を知らないことは確認した。ガルシアにも存在しない。ゾラ―にはあるようだ」
エミリオの故郷の名前が出る。マーガレットが普通の花ということなら姉さんの庭園にあったかもしれない。
「おかしいと思はないか?ガザもゾラ―も気候はほとんど変わらない。育たないということはないだろう」
デレク王子は話し相手にレンを選んだようだ。先ほどの返答を聞く限りレンは事情を把握しているのだろう。
「なぜ、マーガレットが存在しない?」
エミリオにはデレク王子がこの花にこだわる理由が分からない。
「デレク王子、ルルとガザに悪いようにしないのなら僕は別にあなたのすることを邪魔するつもりはない」
エミリオは話の途中で、立場を表明する。事情は分からないが何かヤバいことになりそうな気がする。エミリオはそうならない手段を取りたい。レンとデレク王子は『星の欠片』をめぐって対立するだろうがエミリオはそこには興味はない。エミリオは条件次第では敵対しないという立場を表明する。
「残念ながらそうはいかない」
エミリオの右足に何かが触れる感覚があり慌てて飛び下がる。凹んだ地面に白い花の群生が立ち上がっている。なにやら触手のようなものも見る。
「すべての元凶はルルだ。ルルに危害を加えるなということなら私とエミリオ君は対立関係だ。後ろのレン君とは『欠片』の奪い合いだの最中だ。それにルルを教会に逃がしたのはレン君だな、その点で恨みもある」
花が巨大化し触手がうごめく。ちょっと気持ち悪い。
「これはマーガレット復活の儀式だ。邪魔はするな」
復活? マーガレットは女性の名前でもある。噂のデレク王子の恋人のことだろう。エミリオはマーガレットという名で記憶に検索をかける。ガザの関係者では一人も思いつかない。エミリオの検索には二人引っかかる。しかし時の葡萄の少女も雨も街の女もどちらもガザとは関係ない。
無数の触手がエミリオに襲いかかる。右手なら防ぐことも千切ることもできるが数が多い。エミリオは避けながら花の本体を狙う。
トゥーンは別空間に逃げたのか姿が見えない。戦闘行為は嫌いということでいつも戦闘中はいなくなる。戦闘能力自体はなくはない。
レンも触手を避けながら本体を銃撃しているが銃弾では効果は薄い。
「エミリオ、マーガレットの相手は任せる。私はデレク王子を探す。トゥーン!」
「何だい。僕は戦闘はしないよ」
レンが何か言う前にトゥーンがくぎを刺す。
「私をここから出せ。デレク王子はここにはいないのだろ」
「ここにはいないし、それはできるよ。ふーん、まあそれが上策だろうね。じゃ、エミリオまた後で」
その声とともにレンが消える。
「いや待て、僕もここから出せよ。この化け物を相手にするは必要ないだろ」
「『星の欠片』と精霊の力を化け物に注ぎ込んでいるはずだ。そいつが暴れている間はデレク王子は大きなことはできない」
それっぽい理屈を述べるレンの声だけが残る。しかしエミリオはこの言葉に納得してしまう。
「倒せばそれだけ力を削げるだろう。まかせた」
そうやってレンはしばしばエミリオをいいように使っているが、エミリオはそのことに利用されていることに気付いていない。
その言葉を残してレンの気配が完全に消える。暗黒の空間にはエミリオと巨大な植物の悪鬼だけが残る。
幸い触手の動きは早くない。エミリオはタイミングを見計らい避ける。そして千切る。
植物の攻撃は主に打擲と棘。いずれもエミリオの右手にはノーダメージだが、他の部分はただの鍛えた肉体でしかないため棘は刺さるし皮膚は裂けるだろう。太い触手で撃たれたら骨も折れそうだ。エミリオは四方八方から現れる触手を避けながら攻撃を繰り返す。千切れた触手は消滅するが植物がダメージを受けている気配はない。エミリオは触手をかいくぐって本体に接近し殴りつける。茎が胴体で花が顔だとするとそのあたりが本体のようだが、茎を折って花弁を吹き飛ばしてもダメージはないようだ。エミリオは困惑する。植物の本体ってどこだ? 頭脳労働担当がどちらもいなくなったことに遅まきがら気づく。攻略法を聞いておくべきだった。
レンがさっさとデレク王子を見つけて欠片の効果を解いてくれればいいが、長時間だとこちらの体力が持たない。それに触手はだんだん大きく速くなっている。時間はかけないほうがいい。
エミリオは右手で触手を複数本まとめて千切ってほかの触手に投げつける。本体と距離を詰める。大量の触手が襲ってくるが、遅い。隙間を抜けて一番太い本体と思われる茎を掴み捩じ上げる。千切れないが、本命はこっち。
「灼熱の抱擁! カグツチ!」
エミリオは右手に熱を集中させる。二千度。引火点を超えて化け物が燃え上る。あんまりやりすぎるとエミリオ自身も火傷するのでいいところで離れる。花も茎も周りの触手も一気に燃え上がり消し炭になる。植物全体の動きも止まる。
エミリオは少し眩暈を覚える。昨日の今日で力を使いすぎている。少し休んだがまだ体力が完全ではない。もう多くは悪魔の右手の力は使えない。
さて、悪鬼を倒したのはいいが、エミリオはこの空間からの脱出方法が分からない。
周りの暗闇は晴れないままだ。
「トゥーンいるか?」
返事はない。まさかここから出る手段がない?
と、気配を感じ跳びのく。
エミリオのいた場所を触手が薙ぎ払う。
触手が増殖する。倒せてなかったようだ。大きな茎は炭のままだが至る所で新しい花が顔を出す。そして一つの花の塊が現れる。別に本体があったのか、本体がやられて別の部分がそうなったのか、エミリオには分からない。ただ燃やすだけじゃダメのようだ。
植物は根が生きていれば再生するのよ。という姉の言葉をエミリオは今更に思いだす。
根が繋がっているから、今ある本体を倒しても意味はない。やるなら全部まとめてだ。
しかし、これを全部燃やすほどの火力はエミリオの今の体力じゃ出せない。
触手が増えて動きも早く複雑になる。まだエミリオが後れを取るほどではないが、エミリオにも決定打がない。膠着状態になる。ちょっとヤバい。本当に時間稼ぎに徹するしかないか。
「トゥーン! いないのか?」
エミリオは何度か呼びかけるが返事はない。聞こえてないというより無視している感じがする。ということはここでコイツの相手をしていろというレンの指示が出ているのだろう。エミリオがどうしようかと頭を抱えていると、
「何をしている?」
ぬっと、ハガネが暗闇から出てくる。
「おお、ハガネ、いいところに、こいつを倒してくれ」
エミリオがさっそく助けを求める。
ハガネは刀を抜いて触手を斬る。視界に入る触手を片っ端から斬る。右手で引きちぎるのとはスピードが違う。ハガネの射程に入った触手はとことごとく斬られて消滅する。しかし消えた触手同じ量の新たな触手が襲い掛かる。
「キリがないな」
「触手はすぐ再生するぞ。本体がこの奥の方にある。花の塊だ。だけど――」
エミリオがそれを倒しても復活するという前にハガネは動く。
本体に向かって真っすぐに道ができる。
ハガネが右手の刀で薙ぐ、払う。斬る。断つ。一瞬の迷いもなく踊るように連続の動作で斬り続ける。左手にも刀を持ち二刀で斬る。
ハガネはすぐに本体にたどり着く。
草を断ち茎に刀を突きさしそれを持ち上げる。地面から根を出しそれを左手の刀で断つ。根から離れた塊をエミリオに向かって投げる。
「燃やせ!」
おおう。展開が早いぞ。本体を根から切り離すのか、それだ。
「灼熱の抱擁! カグヅチ!」
エミリオは火炎放射の要領で植物の本体に向かって炎を放出する。
本体が焼失し、触手の動きが止まる。しばらくすると周り触手が消滅する。
エミリオが苦労して相手をしていたのにハガネが瞬殺する。これが彼らの今の実力差だ。
「レンは?」
「デレク王子のところに行った。どうやって入ってきたんだ?」
「そこに隙間があるだろう。エミリオの気配がしたから来ただけだ。レンのほうが本命か」
エミリオには理解できないことを言っている。ハガネはいつもの十倍は口数が多い。やけに機嫌がいいようだ。
「ハガネの用事はすんだのか」
「ああ」
首尾は上々といったところか。
ハガネは五感が鋭い。鋭いというレベルではないほどに。異空間の隙間を感じ取る。目の端に入った触手を捕える。触手の気配を肌で感じとり避ける。エミリオを認識したのは匂いだろう。
それに加えてあの剣技だ。型のようなものを持っているようだが、ほとんどは実戦経験だろう。レンやエミリオよりも若いのに戦いに慣れている。実践という意味ではレンよりも経験があるかもしれない。ハガネがどのような人生を歩んできたのかエミリオは断片的にしか知らない。
何にせよ味方でいるうちは頼もしい。
ハガネは息も切らしていない。ハガネは刀をしまって歩き出す。
「出られるのか?」
「そこに出口があるだろ?」
と言われても。
「僕はもういっぱいいっぱいだから残りの戦闘はまかせたぞ」
「わかった」
怖いくらいに素直にハガネは返事をする。よほど良い情報を得たのだろう。
それがハガネの幸せにつながるのかはわからないけど。
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