第3話 全員集合(エミリオ)
(エミリオ)
レンが説明した情報はどこまでが開示されているのだろう。一通りの説明を聞いて後、エミリオが一番に考えたのはその点だ。エミリオの感覚では、嘘は言っていない。しかし隠し事はしている。つまりはいつものレンのスタンス。『星の欠片』の存在と、それを奪い取るという目的をあっさり白状したのはエミリオにとっては意外だったが、言い換えればそれを話しても問題のない、別の何かを隠しているということになる。エミリオの推測では、それはデレク王子かハガネの目的に関することだろう。
エミリオはリビングを離れ、トゥーンと二人で庭に出て作戦会議を開く。女性陣は祭りへ出かけるため二階で準備をしている。
レンは起きてきたハガネに先ほどの話をしている。ハガネはメグが作った食事をしながら話を聞いているが、窓から見る感じだと話に興味はないようだ。話を聞いているということは、機嫌は悪くはないらしい。エミリオはトゥーンに尋ねる。
「どう思う?」
「メグちゃんのご飯は人を幸せにする効果があるようだね。見てよ、ハガネがあんなに穏やかな顔してるよ」
「そっちじゃない」
そのことに関してはエミリオにも異論はないが、今話したいのはそっちじゃない。
「レンの話についてだ」
トゥーンは根負けしたメグから受け取ったワインを傾けている。猫の恰好をしているが、トゥーンはエミリオよりよりもはるかに頭がいいから意見を聞きたい。酒に酔っていてもエミリオの何倍もいろいろなことを考えている。
「たぶんだけど、デレク王子の目的は噂の通りに恋人を復活させることだと思う。それが事実かどうかは別にして。レンにはその方法がはっきり分からないからデレク王子に実演させるつもりだよ。だからぎりぎりまでレンはデレク王子の邪魔はしないと思うよ。あとはハガネだね。『骸』の関係者が城にいるんでしょ」
二人はレンからは離れた場所での密談をしているが、DDはそれを盗聴している。トゥーンが盗聴を妨害しているかもしれないが、妨害しているという事実はレンにバレる。エミリオにとってはそれでもかまわない。エミリオがレンの行動に対してなにか疑念を持っているということを頭に入れもらえればいい。牽制になる。
「『骸』の関係者がいたらもうとっくに動いていないか?」
普段なら周りの言うことなんか聞かずに突っ込んでいく。それでエミリオは何度かひどい巻き込まれ方をしたことがある。
「今のところはレンがうまくコントロールしているし、今日に関しては完全にメグちゃんのおかげで落ち着いてるからいいけど。いるのは間違いないよ。デレク王子ではなさそうだけど。あのお医者さんかな?」
リビングでは祭りへ行く準備の終わった女性陣が戻ってきたようだ。DDは昨日も着ていた白いセーラーワンピ。いや、ちょっと色と形が違う。メグはブラウスにロングスカートという恰好。ルルは真っ赤なドレス。
女性陣三人とレンはハガネも加えて談笑している。珍しい。
「相変わらずハガネはロリっ子には弱いねえ」
「その言い方は誤解を招くからやめろ」
基本的に不愛想なハガネだが、十代前半くらいまでの女の子にだけは優しい。行方不明という妹を重ねているんだろう。
「ハガネに関しては今回の騒動の本筋ではないから成り行きに任せよう。ガザの王族に『骸』のメンバーとかいないよね?」
「さすがにそれはないだろう」
あやしいのはあの医者だろうとエミリオは見当をつける。エミリオは正解にたどり着いているが、その想定をここでは深くは考えない。大事なのはルルの安全だ。
「ルルをここに逃がしたってことは、ルルはもう安全圏と考えていいのか?」
エミリオはトゥーンに再確認する。
「そうだろうけど、レンの説明ではデレク王子はもうルル王女を利用するしかないんでしょ?だったらなんとかしそうだけど」
「なんとかってなんだよ」
「知らないけど、『星の欠片』を使えば何でもできるでしょう」
そう言われたらそうだとしか言えない。それが『星の欠片』という存在だ。
「ルル王女が一番精霊使うのが上手いっていうのは本当? 他にはいないの?」
トゥーンがエミリオに質問する。
「ルルは規格外中の規格外だよ。それは間違いない」
ワインをちびちび飲みながらトゥーンがうなる。トゥーンはアルコールが入ったほうが頭の回転が良くなると常々言っている。真偽は不明。
「そこがわからないんだよね。昨日レンが『星の欠片』を奪わなかったってことはもう一度デレク王子に使わせるつもりなんだよ。それなのにそのための一番の方法を封じてるんだよ。何でだろう?」
「昨日は準備不足だから撤退するとか言っていたぞ」
「レンがそんな理由で『星の欠片』をあきらめるわけないでしょ」
それもそうとエミリオは納得する。
「ハガネがメグちゃんのところにいたのはレンの指示だったらしいから。レンは昨日の悪鬼がメグちゃんのところに行くことは想定したたんだよね。そのあたりもまだわからない」
レンが何もかも明かしてくれれば楽なんだが。
「レンは隠し事が多すぎるのが悪いところだ」
トゥーンはそう言って会話を切り上げる。これ以上は考えても無駄ということだ。結局なにもわからないという状況を再確認しただけとなる。
エミリオにとっては状況は最悪に近い。レンはなにか企んでいるし、ハガネはひと暴れする。デレク王子が何をしようとしているのかもわからない。
「エミリオはレンに協力しないの?」
「基本的には協力するさ。ただ、レンも最終的には自分の目的を優先するから全面的にはどうかと思う。個人的にはルルとガザの今後に悪影響が出ないことが優先だ」
エミリオは正直に言う。
「レンはハガネと違って最後のフォローはするから大丈夫でしょう」
それは確かにそうだ。過去の経験からエミリオも理解している。
「考えるのが面倒になってくるな」
「エミリオは考えないで動いたほうがいい結果になるから、自分がいいと思うように動けばいいよ」
「そろそろ出るぞ」
日も傾いてきたころにレンから声がかかる。
行くのはレン、ハガネ、トゥーンとエミリオの4人。DDはルルとメグと一緒にお祭りに出かけておりまだ帰ってきていない。守護精霊が近くにいる限りルルとメグには危険はないということだが、一応DDが護衛している。DDとレンなら何かあった時の連絡もすぐにつく。
DDの戦闘力は十分とは言えないが一般人に後れを取ることはない。悪鬼は守護精霊が守っていると思えば大丈夫だろう。
「行くぞ。ハガネも乗れ」
自走者に乗り込む。レンが運転席に座る。
「運転できるのか? 僕は精霊の操作は全然だめだ」
エミリオが助手席に座りながら聞く。ハガネとトゥーンは後部座席だ。
精霊を使役できるのは別にガザの人間の特権ではない。基本的には誰でもできる。しかし生まれた時から精霊が当たり前にいる状況で育ったわけではないから、ほとんどの人間はエミリオと同じのように全く使えない。ごく稀にうまくなじんで他の領域から移住する者もいるらしい。
「相変わらず器用だね。もしかしてここに来たことある?」
トゥーンが感心しながらレンに聞く。
「ガザは初めてだ。しかし、このあたりの領域には何度かきたことはある」
「『狼』のころの話か?」
「そうだ」
「……昔、ガルシアの国宝が盗み出されたという話があったが関係あるか?」
「ガルシア? 水鏡か? たしかにそれは『狼』の犯行だな。私が在籍する前の話だが、アジトで見たことはある」
ガザの隣、ガルシアの王族が血眼になって探している国宝の居所があっさり判明する。
「返してやれよ」
「オオカミが持ってるはずだが、今はもうコネクションはない」
レンは『黄金の狼』という盗賊団の元メンバーで、当時はいろんな秘宝財宝を盗み出していたとエミリオはトゥーンから聞いた。『狼』は一年ほど前に解散したといううわさが流れたが、レンはその前には脱退していたらしい。詳しい事情をレンは語らないので、エミリオが知っているのはトゥーンが話したことだけだ。
「しばらくかかるのか?」
ずっと黙っていたハガネがレンに尋ねる。メグと離れてからハガネはまた殺気立っている。膝の上にトゥーンを乗せているが効果はないらしい。
「三十分くらいだ。そう急ぐな」
レンが軽くあしらう。情報提供者という点でレンのほうがやや優位な立場にいるらしい。
「城の様子はどうなんだ?」
エミリオはレンに聞く。全体の状況はレンに聞くのが一番早い。昨日のあの騒ぎに加えてルル王女が攫われたんだ。ちょっと尋常じゃない騒ぎになっていることだろう。ルル王女に関しては無事を伝える連絡は教会からしてもらっているので問題はないだろうが。
「いや、特に騒ぎになっていない。少なくとも城の外に昨夜の出来事は漏れていない」
「なんでだ?」
「誰かが――いや、間違いなくデレク王子だが、『欠片』の力を使って隠しているようだ」
「なんでもできるんだな」
「なんでもはできないさ」
だから今、デレク王子は精霊という補助を利用しようとしている。
「デレク王子は精霊が不在の今夜までにすべて終わらせるはずだ。長期戦をするつもりはないだろう」
「けど、今、ルルは教会だぞ。王子には手は出せないだろ?」
商店街に入ったためレンは自走車の速度を少し落とす。レンは運転に集中している風を装って返事を遅らせる。
「そうだ。だから避難させた。この国で精霊との感応性が一番高いはルル王女だ。ただ感応性の高い人間は他にもたくさんいる。王族は総じて感応性は高い。王様もジグ王子も。デレク王子もルル王女はああは言っていたが一般人に比べたら破格だろう。あと、感応性が高いと言えば教会の関係者もだが、それは今回は除外してもいいだろう。いずれにしても王族の誰かを使う可能性はある。そうなる前に『欠片』を奪うつもりだ」
「何か作戦はあるのか?」
「作戦? エミリオとハガネがいるんだ。力押しで十分だろ」
「なんでたまに考えること放棄すんだ?」
「策を弄するものは策に溺れる、だ。戦力十分なら変なことはしないほうがいい。ハガネ。先に『星の欠片』の回収だ。その後は好きにしろ」
「ハガネは何をする気だよ」
エミリオのその問いには誰も答えない。
「そもそも——」
とエミリオが言いかけたところをレンに手で制される。見ると口元が小さく動いている。DDと会話しているようだ。
「何かあったか?」
「メグさんが攫われた」
「ルルは?」
「無事だ」
レンが短く答える。
「教会は安全じゃなかったのか」
ハガネが怒った声で尋ねる。ハガネはルルよりメグのほうが大事らしい。
「ルル王女には手が出せなかったんだろう。次善の策をとったか」
「精霊に擬態した悪鬼をつかったようだ。デレク王子も考えている」
「なるほどねー」
よく分からないがトゥーンは理解しているようだ。
「わからん」
エミリオは正直に答える。
「別に理解しなくていい。『星の欠片』の力を使った特例だ」
「メグさんはまっすぐ城に向かっているようだ。うまく先回りして城に着く前に回収する」
レンはメグの位置を把握している。DDがメグに発信機でもつけているのだろう。
「トゥーンもメグさんの位置は把握しているか?」
「探せばわかるよ」
レンの質問になんでもないようにトゥーンが答える。レンが少し考えて方針を決める。
「時間もないし二手に分かれよう。エミリオとトゥーンはメグさんを回収してくれ。デレク王子は私とハガネで……」
「見つけた」
レンの発言が終わらないうちに外を見ていたハガネが呟いて自走者のドアを開けて飛び降りる。ハガネは転がって勢いを殺すとそのまま立ち上がって走り出す。
「……行っちゃったぞ」
エミリオは楽しそうにレンに伝える。レンが珍しく苦虫を嚙み潰したような顔をしている。ハガネがそんなに思い通りに動くわけがないというのは理解しているだろうが、想定外なのには変わりない。
「ハガネ抜きで王子と対峙するのか?」
「そういうことだ。戦力として期待している」
「昨日の悪鬼より強いのは嫌だぞ」
全面協力するつもりはないと言ったはずだがレンの中ではエミリオは頭数に入れられている。
城が見えて来る。
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