第3話 全員集合(レン)

(レン)


 逃走した悪鬼の追跡と街に見回りに行ったハガネへの伝言と月見亭の店員でありルル王女の友人であるメグの状況の確認などの指令をレンから受けたDDがレンの到着から二時間ほど遅れて教会へ現れる。

 悪鬼とハガネとメグが同じ場所にいたというのはレンの予想通りで、ハガネが悪鬼を倒したのは想定通り。

「ハガネはどんな様子だった?」

「普段通りだったよ」

レンの質問の意図を読み取ってDDが答える。エミリオの右手で撃退できる敵に本気を出すわけはないか。レンはハガネの本気モードのデータを取りたくて仕方がない。

 精霊の生家という街で一番大きな教会にレンたちはいる。レンたちが辿りついた夜半にはお祭り騒ぎは落ち着いておりすんなり中に入れた。もちろんエミリオが連れてきたルル王女の口添えあってのことだ。今彼らは教会裏の来客用の施設に滞在している。

 ルル王女が騒ぎ出すかと思ったが、その辺はエミリオがうまくやったようだ。エミリオがすっかり疲れた顔をしているからすんなり丸め込んだわけではないようだが。いずれにせよルル王女はメグが来れば落ち着くだろうとレンは読んでいる。

 そのメグはレンたちに先んじて教会に到着してからは祭りの片づけの手伝いを率先して行い、そのままシスター用の住居に泊まったそうだ。普段から手伝いをしているらしい。まだ顔合わせはしていない。

 時刻は朝の八時。ここに落ち着いてまだ五時間といったところ。DDはメモリの整理を終えるとメグの手伝いをすると言って夜明け前に教会へ行った。ルル王女とエミリオは就寝中。こっちは昼までは起きないだろう。

「レンは寝ないの?」

 目線の高さに浮かぶトゥーンがレンに尋ねる。

「さっき一時間ほど眠った」

「ふーん。さすが元『狼』だね。鍛え方が違う。って、睨まないで、こわいから」

 レンは無意識に睨んでいたらしい。『狼』の名前を出す方が悪いとレンは悪びれる様子はない。

「トゥーンが寝ているところも見たことがない」

 レンは話題をそらす。

「寝ているときはこの次元にいないからね」

「結局、蒼髪は何次元で生きているんだ? 四次元ではないだろう?」

「それは秘密だね。レンなら推量できるんじゃない?」

「その推量を披露しても得はなさそうだ。蒼髪の力は便利そうだと思っただけだ」

「レンだったら改造してあげてもいいけど。耐えられそうだし」

「それは検討する」

 住居の外からこちらに近づいてくる一人分の足跡をレンは聞く。この歩き方はハガネだろう。

 ノックなしに扉が開く。

「やあ、遅かったね」

 挨拶するトゥーンにハガネは見向きもしない。

「動くのは夜だ。それまでは休んでいていい。その前に風呂に入れ。食事が必要なら用意する」

 レンは必要なことを簡単に説明する。

「今夜で間違いないか」

「守護精霊は明日の朝に城に戻る。城の良好な霊脈を自由に使えるのは今夜までだ。デレク王子は今夜も動く。私はそこを狙って『欠片』を奪う。『欠片』を奪ったらハガネも自由に動いて構わない。お膳立てはする」

 レンはハガネが一番気にしていることを忘れずに伝える。レンとハガネは協力関係だ。レンが『星の欠片』を手に入れることをハガネが手伝う代わりに、レンはハガネに『骸』の情報を与える。この情報とはあの医者のことだ。

「わかった。寝る。その前に風呂か。どこだ?」

「右奥の廊下の先だ。まさか歩いてここまできたのか?」

 ハガネの様子ではそうらしい。ハガネは返事もせずに風呂へ進む。だいぶ疲れているようだ。

「夜まで動かないの?」

「エミリオとハガネを休ませる必要がある。二人に働いてもらわないと私の仕事が増える」

「デレクは夜まで待つかな?」

「そのためにルル王女に来てもらった」

「その辺の説明はしてくれないの?」

「どうせエミリオと王女にも説明する。二人が起きるまで待て」

「退屈なんだけど?」

「もうすぐDDがメグを連れて戻ってくる」

「お腹すいたよ?」

「朝食くらいは作ろう」

レンはもうすぐと言ったがDDのことだから手伝いをした後に祭りの会場ものぞいていくだろう。レンはトゥーンと自分のために朝食の準備をする。

トゥーンはしっぽを振っている。うれしいアピールだろう。たまに猫らしい動作をするがどこまでが本気なのかはレンには分からない。少なくともレンにかわいさをアピールしても意味はない。

 

「はーい。きたよー」

 昼前くらいにDDがメグを連れて戻ってくる。

「お邪魔します。あ、レンさん。猫さんも。こんにちは」

 DDはすたすたと入ってきてレンの向かいのソファでくつろぎ始める。メグさんはどうしたらいいのかと入り口で止まっている。

「メグちゃんいらっしゃい。入って入って」

 トゥーンが呼び掛けるので、メグはトゥーンの横のソファに落ち着くことにしたようだ。

「遅かったな」

「お祭り会場のお手伝いをしていたの。大きな鍋でスープ作るの」

「普段は兵士の皆さんがお手伝いをしてくれるのですけど、今年は人手が足りてなかったようなので。すみません。DDさんにも手伝ってもらって」

「楽しかったよ」

「謝ることはない。こっちにいても何もすることはなかった」

 トゥーンはメグの膝に乗り甘えている。

 そのトゥーンを撫でながらメグは落ち着きなく周りを見回している。

「ルル様がいらっしゃると聞いたのですけど……?」

「今は二階で寝ている。急ぐことはないが……そろそろ起きてほしいな」

「そうですか」

 トゥーンの喉を撫でながらメグは返事をする。昨日、大変な目にあったわりには冷静さを保っている。教会の手伝いをしていて考える時間がなかったのが幸いしている様子だ。

「メグちゃん、お腹すいたから何か食べるもの作ってよ」

「え? そうですね。もうすぐお昼ですしね」

 立ちあがり台所に向かう。食材をチェックして。うなずいている。

「何人分ですか?」

「ここにいるメンバーと、二階で三人寝ている。一人は大食いだ」

 エミリオは右手にエネルギーをとられているらしく食事量が多い。

「はい。わかりました。食材は十分にありますね。DDちゃん何か食べたいものはありますか?」

「甘いものー」

「お酒とおつまみー」

 DDとトゥーンが食事ではないものを答える。

「……なにか適当に作ります。あと、クッキーでも焼きましょう」

「やったー」

「おつまみ!」


 食事ができるころにエミリオが降りてくる。ルル王女はまだ起きないだろうということで、そのまま食事となる。サンドイッチにパスタに鶏肉と野菜のスープ、豚肉と野菜の炒め物。牛肉に豆のソースを絡めたものはガザの名物。他にもいろいろ。一人で作るにしては量が多いが、見ている限り作業の半分は精霊がしている。

「いや、いいね。うまい」

 エミリオが簡単な感想を言いながらよく食べる。しゃべるより食べる方を優先しているようだ。

昨夜かなり消耗したせいか、DDも普段よりよく食べている。エネルギー効率は充電するほうがいいが、食事からでもエネルギーは摂取することはできる。この領域のように電気エネルギーがない場合はDDにとっては食事がメインのエネルギー源になる。

 トゥーンもふつうに食事をとる。蒼髪の生態は不明だが、今の猫の体の基本構造は私たちと同じらしい。

 メグも一緒に食事をとっている。みんなの食べっぷりのよさに満足しているようだ。

「で、レン。状況の説明はあるんだろうな?」

「そのために集まってもらった。しかし、説明はルル王女が起きてからだ」

「ハガネはいいのか? あいつもいろいろ働いているんだろ?」

「ハガネには全体的な話は不要だ。というか興味ないだろう。今回ハガネに手伝ってもらっていることはハガネの目的にも合致している」

 そういうことねと呟きエミリアは食事に戻る。

「メグちゃんこれなに?」

 とDDが聞く。食べ物に興味を持つのはDDにとっては珍しい。

「これはポムポムという、この辺りではポピュラーな野菜ですね。煮ても焼いてもそのままでも美味しいです」

「これ好き。もっとちょうだい」

「じゃあポムポムでクッキーつくりましょうか」

「やったー」

 ポムポムは糖分が多い根菜だ。糖分はエネルギーとして優れているからDDの好に合うようだ。

「ポムポムでおつまみつくってよ。ていうかお酒は? お酒はないの?」

「なんでいつも猫さんはお酒を飲むんですか。イメージが」

 会話を聞き流しながらレンはどう説明したかともう一度考える。

 最善の方法。最良の方法。

自分の目的を果たすことは大前提として、周りの全員に利益があるような、そんな方法。それがレンの目指すところである。

「みんなが幸せなほうがいいでしょ?」

 レンの頭に呪いのように一つのフレーズがあらわれる。風景も人の姿も浮かばないからこれは特定の場面ではなく、イメージだ。レンがいつも聞いていた言葉。だんだんと具体性が消えていく映像。声の記憶はまだ残っている方だ。けどそれも記憶の底へ沈み永遠に取り出せなくなる。絶対に忘れないなんて不可能だということの実感は日に日に強まっている。

「あなたは頭がいいんだから、しっかり考えなさい」

 これもレンが彼女によく言われた言葉だ。みなが幸せになる方法を考える。レンの行動指針にはこのことが外せない。ずっと。今でも。そして、いつまでも。


「さすがに寝すぎだろ」

 食事が終わって二時間がすぎたころ、ようやくルル王女が起きてくる。寝起きで機嫌が悪そうなところに嫌味をいわれてますます表情が険悪になる。

「アンタ!」

「ルル様!」

 というタイミングでちょうどよくメグが顔を出す。

「おはようございます! お加減はいかがですか? よく眠れましたか? あ、お食事! なにか食べられますか?」

「え、ええ? メグ? なんであなたがここにいるの?」

「はい! 昨日、お店というか家が壊されてしまったので、ここに避難しています。いえ、私のことはいいんですよ! ルル様! 起きたらシャワーでしたよね! シャワー室はこちらです。掃除はしておきました」

「そ、そう、じゃあシャワーを、そうね。えとね。ちょっといったん落ち着かせて」

 視線でエミリオに助けを求めているが、エミリオは見てないふりをしている。

「食事の用意をしておきます。何がよろしいでしょうか」

「そ、そうね。簡単に…いや、せっかくだし、久しぶりに、メグのオムライスが食べたいわ」

 ぱああっと、メグが満面の笑みをうかべる。

「はい! おまかせください!」

 メグはスキップでもしそうな勢いでキッチンへ消える。

「メグちゃんキャラ変わってない?」

 トゥーンがだれともなく問いかける。

 ルル王女がレンとエミリオを一瞥してから、ため息をつく。

「話は後よ。いいわね」

「かまいませんよ」

 エミリアが笑いをこらえるのに必死なようなのでかわりにレンが返事をする。

「後で覚えてなさいよ」

 何か言わないと気が済まないのだろう。エミリオはいつもの通りなので受け流しているが、それはそれでルル王女は気に入らないらしい。


「昨夜、城では大型の悪鬼が出現し大きな被害が出ました。おそらく、今夜はあれ以上の事態になりますので、その前にルル王女とメグさんにここに避難してもらいました。ここには守護精霊がいますから安全です」

 レンがハガネを除く一同に説明を始める。ハガネは朝方眠ってそのままだ。ここにいるのはレン、DD、エミリオ、トゥーン、ルル王女、メグである。

シャワーとメグの作ったオムライスですっかり機嫌を持ち直したルル王女は余裕の表情で膝の上にのせたトゥーンで遊んでいる。

「昨日みたいなことがまた起こるの?」

 ルル王女がレンに質問する。

「はい。まず間違いなく」

「ふーん」

「今回の黒幕はデレク王子です。精霊の力を利用して何かをしようとしています」

「何かって?」

「それはまだ不明です」

 とレンは言っておく。

「デレク兄さんはそんなに精霊の扱いは上手じゃなかったけど、昨日の悪鬼も兄さんのせいなの? あれほどの悪鬼を生み出すほどの力は行使できないわよ。たぶん」

 ルル王女は私はできるけど、という顔をしている。

「精霊に関してはお父様か、ジグ兄さんの方が上手よ。それにデレク兄さんとの比較ならメグのほうが上手よ」

 ジグ王子は長男で今は軍部のトップに就いている。普段は城の外で活動しているが、今は城に戻って悪鬼対策の指揮を執っている。

メグは急に話を振られて驚いているのでレンが話をふる。今回の件、メグも重要人物だ。

「メグさんも精霊に関しては相当上手なようですね」

「え? あ、ありがとうございます」

「上から数えて十人くらいには入るわ」

「そうなんですか……」

 メグは心外という顔をしている。

「で、私が城にいると何か不都合があるの? 別にあなたとデレク兄さんが戦っていても私は全然かまわないのだけど」

 ルル王女の機嫌はよいようだが納得はしていない様子である。頭は悪くないが、基本わがままだから話す内容には注意しろとレンは事前にエミリオに言われている。

「いくら精霊が教会にいるといっても私に危害を加えるのは不可能よ」

 守護精霊が近くにいなくてもいいのかとレンは認識を改める。思たよりも影響力をもっているようだ。

「さすがに守護精霊が近くにいないとまずいだろ?」

 エミリオがレンに先んじて疑問を呈する。

「大丈夫よ。いざとなったら呼び戻すから」

「そんなこともできるのか?」

「やろうと思えばね」

 ルル王女は得意げな顔。優位な位置にいることが好きらしい。

「ルル様、それはまた大変なことになりますよ……」

 ルル王女とは対照的にメグは浮かない顔をしている。

「いや、例えばの話よ。やらないわよ」

「……やったことあるのか」

 エミリオが聞く。

「一度試してみただけよ。好奇心よ。ただの実験よ」

「何が起きたのでしょう?」

 レンは追撃する。

「まあ、大変なことにはなったわね」

 王女が言葉を濁すのでメグさんを見る。

「思い出したくないですね」

 こちらも言葉を濁す。

「どれだけのことが起きたんだよ」

「昔の話はいいの!」

 ダン! とテーブルをたたいて仕切り直すルル王女。

「つまり、言いたいのは、私の心配はしなくてもいいってこと。ていうかそれくらいは理解しているでしょ。あなたいろいろ調べてまわっていたんだから」

 ルル王女の言う通りレンはここ数日ガザのことについて調べまわっていた。それにはもちろんルル王女に関する事柄も含まれる。ルル王女の能力に関する文献は見つからなかったが、話を聞いたかぎりでは彼女の力は本物だ。それくらいはレンも理解している。しかし精霊を呼び戻せるほどとは知らなかった。

「そのうえで私を避難させたのはなぜということよ。わたしが聞きたいのは」

 ここは対応を間違えるとややこしくなる場面だと、レンは少し間を開ける。関係者に視線を投げる。エミリオの顔にもそうかいてある。メグさんもそわそわしている。DDはニコニコしている。

「私が懸念していることは一つです。デレク王子がルル王女を利用するという展開です」

「私を利用するの?」

「三日前の結果を見るに、守護精霊はデレク王子のお願いは聞かなかったようですね。しかしルル王女からのお願いであれば話は変わるでしょう」

 三日目前にデレク王子の願いは叶わず、ハガネが倒した犬の悪鬼を生み出しただけだった。

「それはそうでしょう」

「ちなみに、ルル王女はどの程度のことができるのですか?」

「どの程度って、何でもできるわよ」

 王女はさらりと言う。レンはエミリオに視線を投げる。視線で問う。具定例を出せ。

「僕が知っているのは、壊れたものをもとに戻す。病気とかケガも治してたっけ。あとは瞬間移動とか天候操作とか。宝石をコピーしたりもしてたか」

 エミリオが実例を次々と上げる。レンが確認した論文の内容よりはるかに高レベルのことをしている。

「ま、そういうことよ。デレク兄さんがなにをしたいのかは分からないけど、私を使えば叶うかもね。けど、別に私がデレク兄さんの言うこと聞くとは限らないわよ」

「状況によるでしょう。例えばメグさんが人質に取られるとか」

 何か反論したげなルル王女を手で制する。

「一例です。ルル王女であれば精霊を使役して簡単にメグさんを取り戻すでしょう。なので、もう少し複雑な場合を想定します。そうですね……」

「『星の欠片』が関与している場合か?」

 エミリオが口を挟む。

 レンはエミリオに一瞥を投げる。この程度のことではレンは表情を変えない。しかし心中は穏やかではない。余計なことを。

「その通りだ、エミリオ。事実、デレク王子は『星の欠片』を持っている」

 知られているのならとぼけても仕方ないと、レンは話の組み立てを変える。

「ルル王女、メグさん、『星の欠片』という言葉をご存じでしょうか?」

 レンはルル王女とメグさんに投げかける。

「エンタメ作品でよく聞くワードだけど」

「昔読んだ絵本で見たことあります」

 それぞれが返事を返す。知っているようなのでレンは細かい説明は省く。

「はい。今思い浮かべているものです。平たく言えば何でも願いを叶える宝石です」

 レンの言葉に疑問符を浮かべる両人。

「え? あれって実在するの?」

「勿論。実在しますよ」

 ルル王女がジト目でレンを見る。表情が板についている。

「マジで言っているの?」

「マジです」

「実物を持っているとか?」

「今は手元にはありません」

 レンは正直に答える。

 ルル王女がエミリオに視線を投げる?

「マジだぞ。僕は見たことがある。力を使うところも含めて」

 ルル王女の表情が半信半疑くらいに変わる。メグさんは素直に驚いた表情をしている。

「話を続けます。デレク王子は『星の欠片』を持っています。さて、何でも願いを叶えると言われている『星の欠片』ですが、万能ではありません。制約があります。代表的なものが叶えられる願いの大きさは『星の欠片』の大きさに比例するということです」

 レンはデザートとして出されているイチゴを手に取る。

「このくらいの大きさの『星の欠片』があったとします。そうですね。一億コルト欲しい。叶います。不治の病を治したい。叶います。絶世の美女と結婚したい。叶います。しかし結婚生活が幸せかどうかはこのサイズでは微妙ですね。空を自在に飛ぶ能力が欲しい。叶いません」

 間を置く。

「死んだ人間を生き返らせたい。……叶いません」

 レンはイチゴを自分の皿の上に置く。

「おそらくデレク王子の願いは、彼が持っている『星の欠片』単独では叶えることができないものです。そこで、王子は精霊の力を利用することを考えた。ルル王女と同等以上の精霊使役能力が欲しい。おそらく彼は『星の欠片』にしたそう願ったはずです。そしていくつか実験をした。守護精霊に依頼する。失敗です。守護精霊は抑止力でもありますから、無茶苦茶な願いは拒否します。ルル王女の場合はその限りではないようですが。次に、守護精霊がいないときに霊脈に直接依頼する。失敗です。これが昨日のことです」

 ここまでの話になるとエミリオも初耳だ。彼も真剣に聞いている。

「次はどうするか。私だったらこうします。『星の欠片』を使ってルル王女を操り、ルル王女から霊脈に依頼する。おそらくこれが精霊の力を使う上での最良の方法です。そしてルル王女を避難させた理由でもあります」

 一気に語ったため、ルル王女はまだ内容を咀嚼している。メグさんは考えることを放棄したようで、私とルル王女に交互に視線を送る。

「王子の目的はわからないのか? 街の噂は本当か?」

 エミリオがレンに問う。

「噂は推測の域をでない。断定できるほどの証拠は見つからなかった。いや、精霊が消したという話が本当ならおそらく証拠は存在しない」

 レンは確度の高い推測という体で話をする。エミリオも深くは追及しない。

「あなたがどうして『星の欠片』に対してそんなに自信満々なのか不思議なのだけれど。わたしにとっては、あれはただのおとぎ話よ。ドラゴンボールと同じものよ」

 ルル王女はまだ前提条件の部分に納得いっていない様子である。

「こいつはたぶん世界一『星の欠片』に詳しいぞ。信じろ」

「なに? 研究者か何かなの?」

「いえ、私も目的があって『星の欠片』を集めているだけです。効能や制約については研究していますが」

「目的って?」

 レンは首を振って回答を拒否する。

「私的なことですので」

 少しの沈黙。エミリオはレンの目的を知っているが、ここで話すほど野暮ではない。

「デレク王子の『星の欠片』は確認したの?」

 ずっと黙ってルル王女に撫でられるがままになっているトゥーンからの質問。

「見た。大した大きさじゃない。アーモンドくらいだ」

「それじゃあんまり大きなことはできないね。ルル王女を操るなんてできるの?」

「人を操るだけならもう少し小さくてもできる。ただ守護精霊が妨害する可能性は高い。その場合を考えるとルル王女は城よりも教会にいるほうがいいだろう」

「なるほどね」

 納得したのかトゥーンは猫に戻る。今回もあまり働く気はないらしい。

「だいたいわかったわ。まあ好きにしなさい」

 ルル王女は簡単に言う。

「兄さんのやることもあなたのやることにもあまり興味はないわ。誰かが死ぬわけではなさそうだし、好きにしなさい。で、私は別にここに引きこもる必要はないのでしょ? 守護精霊の影響下にいればいいのなら祭りの会場くらいなら行ってもかまわないわね?」

「……それくらいなら」

 できれば大人しくしていてほしいがレンは肯定する。あまり制限をかけるのもよくないだろう。

「メグ、今日は一日祭りで遊びましょう。この人たちは城で何かするみたいだけど、勝手にしていればいいわ」

「ルル様いいんですか?」

「いいわよ。別に財宝っていう財宝もないし。お父様を暗殺しに来たわけでもないようだし。あなたの目的は『星の欠片』ってことよね。そういえばお父様がなにか貴重なものを手に入れたとか言ってたわね。それをあなたは横取りしようってことね」

「平たく言えばそうです」

「それは別に好きにすればいいわ。エミリオはなんでここにいるの」

「僕は近くに来たから寄っただけだ。変な噂も聞いたし」

 エミリオが答える。

「そう」

 レンはハガネがこの場にいなくてよかったと思う。彼は隠し立てをせずに自分の目的を話すだろう。主治医を殺しに来たと言われたらさすがに王女は止めるだろう。

 ルル王女がもう一度、レンに向き直る。

「あなたはこの後、城に行って『星の欠片』を奪い取るのね。エミリオはどうするの」

「……別にレンに協力する義理はないが、とりあえず城に行ってデレクさんが何をしたいのか確認してから考える。ルルを操るというのは納得いかないが、悪いことをしようってわけじゃなければ止めることもないだろう。悪鬼が出た場合は対応する」

 エミリオはレンの邪魔をする気も協力する気もない。ガザに悪いようになら蹴ればいい。

「レン、ハガネの目的はなんだ?」

「今回は私が情報の見返りに雇っただけだ。大型の悪鬼と一戦交えることになった場合の戦力だ」

 見返りが城にいることをレンは黙っておく。二階で寝ているハガネは単純な戦闘力ではエミリオよりも上だ。今夜もきっと役に立つ。

「ぼくは?」

 黙って聞いていたDDの質問。

「DDはここで王女の護衛だ。祭りで遊んで来い」

「やったー!」


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