第2話 夜の攻防(レン)

(レン)


 外で悪鬼と兵士が戦っている。兵士が繰りだしているのは精霊を使った砲弾だ。他の領域で使用されている火薬を用いた銃火器よりも威力は高い。しかし、悪鬼と化したあの甲冑は戦争時代に実際に使用されていたという遺物だ。精霊を使って人が争っていたころの防具。並みの砲撃は効かないだろう。悪鬼が兵士を薙ぎ払い、レンが潜んでいる部屋の方に歩みだす。悪鬼の狙いはレンの上の部屋にいるルル王女のようだ。

 レンは悪鬼が右手をもう一振りしたところでエミリオが悪鬼に近づくのを確認する。レンは窓から離れて行動を開始する。あの程度の暴力はエミリオの右手の敵ではない。

「DD、行くぞ」

「はい。王様のところ?」

 黒装束のDDがレンに確認する。DDの服装は、非戦闘中は白が基調だが仕事中は黒が多い。今着ているのはいつもの仕事着だ。

「ああ。『星の欠片』を確保する」

 二階の東端の部屋からレンは廊下に出る。警備はほとんど一階に集まっているので二階に人はいない。

「誰もいないよ」

 周囲を探知したDDがレンに報告する。

 レンは素早く中央の階段まで移動する。三階より上は王族の居住空間。さすがに警備が残っている。レンの見える範囲には二人。問題ない。

 レンは物陰から麻酔銃を二発放つ。レンが一番得意な攻撃は射撃だ。警備の首筋にピンポイントで当たり二人の兵士が崩れ落ちる。レンは階段を駆け上がる。

「おい、どうした」

 奥から別の兵が現れる。倒れた兵に駆け寄るところにレンは再び麻酔銃を放つ。

 レンは難なく三階に到着する。眠った兵士は放置する。レンはこれ以上の応援が来る前に終わらせるつもりだ。

 他の兵士はいないようだが、しかしいくらなんでも警備が少なすぎるとレンは感じる。

 と、殺気を感じてレンはその場を飛びのく。

 さきほど倒した兵士が倒れたまま振った剣をレンはぎりぎりで避ける。

 立ち上がる兵士たち。しかし動きがぎこちない。誰かが無理やり人の体を動かしているように思える。

「憑り付かれたか」

 悪鬼だ。生きている人に憑くのは稀だと聞いていたが。

 レンはナイフを取り出してまだ動きの鈍い元兵士の喉を刺す。二人目の兵士が動き出す前にとどめを刺す。悪鬼は原型が生物の場合は、それへの致命傷を与えれば倒せる。三人目が銃を構えてこちらを狙っているが、DDが横から銃を蹴り上げる。そのまま側頭部に蹴りを放つがダメージは少ない。DDは体重が軽い分打撃力は弱い。レンはナイフを投げて喉に刺す。DDがナイフを掴み引き抜く。血を吹き出して兵士は動きを止める。

「ふつうの人よりは強いね」

 ナイフをレンに返しながらDDが感想を言う。蹴りが効かなかったことが少し不満のようだ。

「急ぐぞ」

 レンは悪鬼が動かいないことを確認して東側の通路を進み四階へ急ぐ。四階は王の居住階だ。階段の下で様子を伺う。階上から人気配はしない。

「上の様子は分かるか?」

「階段の近くには誰もいないよ」

 その言葉でレンは階段を駆け上がる。この先にいるとしたら近衛兵の精鋭だ。

「生きている兵士はいないよ」

 DDが階段を上がりながら先んじて報告する。

 階段を上がり廊下を確認する。確かに倒れた兵士の死体が三つ見える。

「二人いるね」

 DDが報告する。生きている人間がということだ。

「王と、デレク王子か?」

「そうだね。王様は眠ってる……違うね。意識を失ってる」

 DDはまだ直接デレク王子は見ていない。ここ五日間、締め切った部屋から出てこなかったので確認できていない。ちょうどいい。探す手間が省ける。レンは銃を手に取る。

 レンは王の部屋へ入る。中は静かだ。左右を確認する。入ったところにも兵士が二人絶命している。

 真っすぐ伸びる廊下をレンは進む。廊下の左右に一つずつ扉がある。そして突き当りに大きな扉がある。突き当りの扉は開いている。そこが本命のようだ。怪しい気配はそこからする。

 DDが正面を指さす。レンはうなずく。

 毛足の長いカーペットを急ぎ足で進む。DDが少し遅れてついてくる。

 レンは部屋の入り口から中をうかがう。椅子に座っている男と目が合う。レンの侵入に気づいていないわけはないか。

「城の者ではないな。誰だ?」

 男が余裕の表情でレンに問いかける。男が武器を持っている様子はない。レンは相手に見えない位置でDDに待つように指示する。銃をしまう。今のところ敵意はないという意思表示のため両手を広げて部屋に入る。

「はじめまして、デレク王子」

 そこで一拍おく。男は否定しない。

「王はご無事ですか?」

 デレク王子がソファに寝かされている王を一瞥する。

「気を失っているだけだ。乱暴はしていない。もう一度聞こうか。誰だ?」

「名乗るほどの者でもありません。しがない泥棒です」

「泥棒? 金目のものなら入って右の部屋が王のコレクションルームだ。骨董と貴金属がある。骨董に関してはあまり趣味がいいとは言えないが」

「それも後でいただきますが」

 話ながら視線を部屋に走らせる。王が寝かされているソファと応接セット。デレク王子は応接セットの奥、大きな書斎机の奥の豪華な椅子に座っている。レンの右手側の壁には絵画と大きな鏡。左手はバルコニーへと続く窓。壺やランプやといった骨董品がいたるところに飾られている。デレク王子の言う通り趣味がいいとは言えない。

デレク王子の後ろにも窓。その窓の外ではエミリオと悪鬼が戦っている最中だろう。

「それとも探し物はこれか?」

 デレク王子が胸の内ポケットから取り出したのはアーモンド大の宝石。レンからは深緑から薄い水色のグラデーションの光を反射しているのが見える。外観がグラデーションであることが一つの分かりやすい特徴である。本物の『星の欠片』。

「知っている顔だな」

 思ったより小さいと、レンが内心落胆したことは顔に出なかったらしい。

「渡していただければ悪いようにはしません」

「『星の欠片』の効果を知って素直に渡す人間がいたか?」

 レンはこれまで、金で解決したこと、仕事の報酬として受け取ったこと、騙し取ったこと、実力行使で奪ったことはある。譲ってもらったことはまだない。

「悪いが、私にもこれを使う目的がある」

 後方でパチッと音がしてDDが跳んで部屋に入ってくる。

「囲まれるよ」

 入り口からは黒い人型が歩いてくる。倒れていた兵士が悪鬼と化したらしい。一体はDDの電撃で倒れて痙攣している。壁掛けの絵画から黒い虎が実体化する。テーブルの水差しの花が形を変える。

「なんでもありか」

「なんでもあり。もちろんそうだ。それが『欠片』の力だろ?」

 悪鬼は精霊の力が生み出す歪だ。それを使役できるという事例は過去に観測されていない。しかし『星の欠片』を使っている以上、どんな理屈も無意味である。

「下の悪鬼も王子の仕業ですか?」

「あれは副作用としての悪鬼だ。恥ずかしい限りだ」

 本来の目的のために使用して失敗したということのようだ。

「よほど大がかりな願いを叶えたいとみえますね」

「個人的なことだ。君には関係ない。いや、『欠片』が欲しいのなら関係はあるか」

 黒い虎が完全に絵画から出てくる。花は人間大の大きさになり葉を蠢かしている。

「いずれにせよ邪魔をするというのなら容赦はしない」

 レンは拳銃を抜き、『欠片』を持つ右手を狙い放つ。発射と同時にデスクが変形して弾丸を弾く。

 その結果を待たずにレンは虎と花に二発ずつ撃ちこみ動きを止める。残りの弾丸をすべてデレク王子に放ちながらデスクを回り込むように動く。弾丸は変形したデスクがすべて弾く。拳銃程度の威力では難しいか。

 レンは拳銃をしまい腰から魔銃を取り出し掃射する。銃弾に魔術式が組み込まれたタイプで、基本的にどこでも使用できる。今は単純な連射型の強化弾だ。拳銃よりも威力の強い弾丸は、デスクを貫通するが、デレク王子には当たらず後ろの壁に穴をあける。

 軌道を曲げられているようだが、考察は後回しにしてレンは魔銃はそのままに左手でナイフを持つ。牽制で強化弾を放ちつつ接近する。デレク王子は椅子に座ったまま余裕の表情。

 部屋の小物が悪鬼と化して襲ってくるのをレンはステップで避ける。あと五歩。デスクの引き出しから巨人の腕が飛びだしてくる。強化弾を集中させる。腕の動きが鈍る。その間に二歩進む。王子は余裕の表情。変形する壁をナイフで刺し固定する。あと一歩、のところでレンは後方へ跳ぶ。一瞬前にレンがいた空間に無数の槍が飛び出し、レンを捕えようとしていた腕を串刺しにする。

「戦い慣れているな。どこかの組織のものか?」

 レンは問いかけと同時に飛翔してきた槍を避ける。王子の周りは罠だらけのようだ。接近は難しいか。

 数歩後退し窓を魔銃で撃つが、すべてカーテンに阻まれる。

「逃がさんよ。この部屋全体が悪鬼だ」

 これは困ったな。レンは虎に二発撃ちこむ。叫びをあげて虎が倒れる。DDが相手をしている悪鬼の兵士も倒す。

「あんまり電撃がきかない」

 DDはむすっとしている。DDが持っている武器で悪鬼に効きそうなのは電撃くらいだが、威力不足か。兵士は電撃をくらい黒煙を上げているが、行動はできるようだ。

「『欠片』には人を生き返らせた実績はあるようですが、王子の場合は少し違うようですね」

 レンの言葉に悪鬼の動きが止まる。

「勝算はいかほどでしょうか?」

「……どこまで知っている?」

「いえ、噂を集めただけです。私が興味があるのは方法のほうですが」

 レンは周囲の圧力が高まるのを感じる。

「できると思うか?」

 デレク王子が笑みを浮かべて問うてくる。レンは先ほど見た『星の欠片』のサイズを思い出す。

「正直、勝算は低いかと」

 レンはデレク王子が願いは叶うと疑っていない口調だったため否定してみる。

「それは調査が足りない。いや、調査など無意味だ。論理と理屈とは別の力を使う」

「それが『欠片』だと?」

「『欠片』もその一つだ」

 レンは息苦しさを感じる。空間が変容している。あまり長くはいられない。

 レンは足をつかまれる。見るとカーペットが変形し足包み込んでいる。ナイフで切り裂く。DDは跳んで逃げたようだ。

 レンは考える。『星の欠片』とは異なる論理とは別の力とは何だ。精霊は論理で働いている。ガザ以外の人間には分からないだろうが精霊には精霊の理論がある。それを超越しているものとするならそれはルル王女のことだ。記録は見つからなかったが噂は本当ということだろう。

 部屋の変容が進む。虎や兵士も飲み込んで部屋が収縮する。

「DD!」

 名前を呼ぶ。それだけで指示になる。同時にレンは魔銃を構える。

「はい!」

 DDがテーザー銃を構える。しかしそれはフェイク。DDの襟足から伸びた触手が王子の方を向く。そこから百万ルクスの閃光がほとばしりデレクの視界を奪う。

「くっ」

 攻撃に備え悪鬼での防壁を作ろうとしているデレク王子を横目に、レンは反対の入り口へ走る。DDが電撃で倒した悪鬼がまだ転がっている。部屋を出る。部屋の外は悪鬼の影響は少ないようだ。入り口のドアノブと蝶番に魔弾を打ち込み、勢いのまま体当たりする。ドアとともに廊下に転がりでる。DDも続いて部屋から出てくる。

「大丈夫か」

「エネルギー七十パーセント」

 あとは退却するだけだと言いたいところだが、レンの視界が歪む。床が波打つ。廊下の壁が遠のき広い空間になる。調度品の花瓶が溶けてヘドロになり正体不明のオブジェに姿を変える。

 拳銃を抜きだし撃つ。

 ヒュン、ヒュンと壁にあたる音が聞こえる。音の反響からするに、床も壁もそこにある。歪められているのはレンの視界のほうだ。精霊が人に干渉するのという話も初耳だ。これも『星の欠片』の力だろう。

「DD、異常はないか」

「悪鬼がいるよ。三体」

 廊下で倒れていた兵士か。レンの視界には映っていない。

「視界を奪われた。指を」

「んん! いいよー。えへへ」

 DDの嬉しそうな声がするがレンはそれどころではない。

 レンがDDの指を銜えると、視界がクリアになる。自分の姿を見上げても意味はないのでレンはDDをくるりと回転させる。DDの目で周囲を確認する。何の変哲もない廊下だ。やはりレンの視界だけがおかしかったようだ。アンドロイドには効かなかったのか。

 地面から黒い手が伸びてくるのをレンは飛んで避ける。DDと少しずれており、着地がふらつく。

「動きにくい?」

「DD後ろに乗れ」

 ぴょんとDDが背中に飛びつく。軽いので動きは問題ない。

「支えなくていいか?」

「大丈夫だよ」

 壁から生えてきた腕を撃って動きを止める。いたる所でレンを捕えようと床が変形する。安全そうな場所を選んで跳びながら階段のほうへ進む。

「退却するの?」

「すこし様子を見よう。面白いものが見えるかもしれない」

 目の前に『欠片』がある状況でレンが退却するのも珍しいが、レンはデレク王子のたくらみの方が気になる。それはレンの目的にも通じる可能性がある。レンが階段を降り始めたところでDDの指を離す。視界は戻っている。変容は四階の部分だけのようだ。あまり大がかりにはやるつもりはないらしい。本来の目的のために『星の欠片』の力を温存したいのだろう。

 レンは階段から誰かが上がってくる気配を感じ物陰に身を潜める。通常の拳銃を変え構える。

「レン! いるのか!」

 エミリオの声だ。

「ここだ。下は片付いたのか」

 レンは物陰から出ながら言う。エミリアの右手は元に戻っている。

「市街のほうに逃げられた」

 エミリオが残念そうに言う。

「追わなくていいのか?」

「兵士が追っていった」

「南町の方?」

 DDの質問。

「どうだろう。どっちだ?」

「南町の方だね」

 エミリオの後ろから現れたトゥーンが補足する。

「じゃあたぶんハガネがいるよ」

 DDの話では街の警備に言ったと言っていた。なら安心だろう。

「こっちはもういいのか?」

「ああ。いったん退却する。少し甘く見ていた」

とレンは言っておく。見るとエミリオはケガしているようだ。ケガを治していないということはかなり右手の力を使ったということだろう。

「派手な銃声が聞こえていたが……上は王の部屋じゃないか」

「王は無事だ。デレク王子も王には危害は加えんだろう。後で説明する」

 とりあえず退却するが、すこし揺さぶってみよう。

「エミリアひとつ頼みがある」

「なんだ?」

「ルル王女を誘拐してくれ」


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