第2話 夜の攻防(ハガネ)

(ハガネ)


 夜の街は静かだ。遠く、おそらく教会のほうからかすかに音楽が聞こえてくる。普段は城にいる守護精霊が生家である教会に戻ってくる年に一回のイベントが開催されている。クライマックスは明日ということだが、今日の夕方から教会のほうでは夜通し騒ぎ通すらしい。

 ガザは北側に城があり、東西南に町が広がっている。一番栄えているのが教会と商業街のあるの東地区。西地区は工業地帯で、ハガネたちが今いる南地区は住宅とオフィス街である。街の住人はおおかた東地区へ出払っており、通りの人はまばらだ。悪鬼は人が多いところにはあまり出ない。そういう性質らしい。加えて東地区には現在守護精霊がいるということで東地区に悪鬼はでないと警察は推測している。むしろ人の減る南と西地区が危ないということだ。ハガネが西地区ではなく南地区になったのは偶然である。

「平和だな」

 ハガネたち警備隊は日が落ちた頃に城をでて三時間ほど街をうろついている。酔っ払いの相手と空き巣を見つけたことくらいしか収穫はない。悪鬼は現れない。

「昨日みたいなやつが出てきたらどうしようかと思ったけど。全然そんな気配はないな」

 急所を守る簡単な防具と武器という軽装備の兵士が話しかけてくる。すっかり緊張感が失われている。

「普段はこんなものなんだろ?」

「まあそうだけど、ここ数か月の状況を考えたら珍しい」

 しかしハガネはすっと黒い気配を感じる。昨日の甲種悪鬼に感じたものと同じものだ。

「でたぞ。数が多い」

 街中の植木と看板とベンチが何か分からないものが変形する。ハガネは刀を取り出す。

「全員散開! 被害範囲を確認しつつ除去にあたれ!」

 小隊長から指示が飛ぶ。

「俺は?」

 指揮系統を理解していないので聞く。

「ハガネは目に入るやつを倒していってくれ。俺がサポートする」

 二人一組で散り散りになる兵士を横目にハガネはとりあえず近くにいる悪鬼から除去にとりかかる。

 元が動物だったものは首を落とすと消滅する。植物はもう少し頑丈で多少切ったところで消えない。細かく刻んでやると消滅する。

「植物由来の悪鬼は燃やすといいぞ」

 そういいながら兵士が炎を噴霧する。炭となった悪鬼は完全に活動を止める。植物は兵士に任せたほうが早そうだ。ハガネは別の悪鬼を探す。

 無生物は粉々になるまで倒せないものから、簡単に消えるものまで千差万別のようだ。鏡は割ればいいようだ。剣も折ればいい。それ自体の機能を果たせなくなったら倒したことになるというのがここ数日のハガネの経験による推論であるが、あながち外れていない。

 ハガネはしばらく悪鬼の駆除を続ける。単純作業だ。

「泉の広場周辺で悪鬼の集団発生だ。第四隊はそちらに移動しろ」

 号令がかかり何人かが自走者に乗り込む。

「ハガネも乗れ」

 ハガネは自走車の荷台に乗り込む。

「遠いのか」

「五分で着く。ほら」

 水筒を渡されるので遠慮なく飲む。冷たい水が喉を通る。

「この状況も異常か?」

「集団発生は郊外ではよくある。街中ででるのは異常だな。昨日のことがあったからもう何があっても驚かないけど」

 おのおのが栄養補給を始める。精霊を使うのも案外疲れるのかもしれない。

「一つ一つの悪鬼は強力ではないから、甲種や乙種がどんとでるよりかは扱いやすいよ」

「さっき炎を出している兵士がいたが、ああいうのはみんなできるのか?」

「兵士になっているような連中はだいたいできる。訓練課程にもあるし。炎とか衝撃波とか剣とか、ある程度はノウハウがあるんだ」

 便利なものである。

 大型の自走車には二十人ほどの兵士が乗っている。負傷した兵士の治療も行われている。これも精霊の力を使っているようだ。

「隊長! 他の地区は大丈夫なんですか?」

 兵士の一人が尋ねる。

「東地区は平和だ。西地区も悪鬼発生の報告は上がっているが、まだ小規模なものばかりだ。心配はいらん」

「城の方は?」

「城はまた甲種悪鬼がでたらしい。今日は軍部が対応しているから大丈夫だ」

 軍で大丈夫なのかという声と、最初から軍がいればよかったんだという声と、いろいろな言葉が飛び交う。軍と警備はあまり仲は良くないようだ。

 城にはレンがいる。あとおそらくエミリオも。何かあったら二人が何とかするだろうとハガネは城のことは頭の片隅に追いやる。

「いいか、街に出ている丙種悪鬼くらいはいい訓練だ。日ごろの成果を出せ。二人一組でかかれ」

 目的地に到着する。自走車を降りた兵士が散開する。ハガネは手近な悪鬼の掃討にかかる。

 ここにいるのも小物ばかりでハガネには手ごたえがない。その中でハガネはいくか実験をする。植物型は根の部分を切り離すと動きが弱くなる。花の部分は落としても効果は少ない。根と葉を落として茎を刻めば倒せるがずいぶん手間がかかる。

 警邏を始めて数時間が経つ。大方の悪鬼は片づけたようだ。

「ハガネ、城に戻るぞ」

「もういいのか」

 数は多かったがそれだけだ。これなら城に残っていた方がよかったかもしれないとハガネは考える。レンには動くなと言われたが、甲種悪鬼が出ているこの状況を利用して対象に使づくことはできたはずだ。

「だいぶ減らしたからもう収束するだろうよ」

 ハガネは兵士と自走車に乗り込む。兵士には疲労の色が見える。

 自走車は城へ向かって動き出すが、すぐに通信が入る。

「はい。第四部隊。今は……南町の時計塔を通過したところだ。なに? 城の外へ? わかった。こちらで対応する。ああ、ハガネもいっしょだ。車を止めろ!」

 号令で車がとまる。甲種悪鬼が城から逃げてこちらへ向かっているということだ。

「隊長。悪鬼の外見は」

「人型だ! 二メートル程度。散開して捜索だ。ハガネいけるか?」

「ああ」

 ハガネは短く答える。

 照明用の精霊が各所に放たれ通りは昼のような明るさになる。

 何事かと住人が顔を出すが、ただならぬ気配を感じてすぐに家の中に引っ込む。

「いたぞ、屋根だ」

 三階建ての建物の屋根にそれは立っている。見た目は黒い鎧をまとった人。悪鬼は屋根から動かず、ゆっくりと周囲に視線を送っている。何かを探しているようだ。

「全員離れろ」

 見慣れない服装の兵士が並んで銃を構える。城から悪鬼を追ってきた兵士だろう。

「撃て!」

 悪鬼の周辺で爆発が起こり、悪鬼がよろめく。

効果はあるようだ。しかし悪鬼は反撃してこない。悪鬼は何かを探している。

 と、悪鬼が一点を見つめて動きを止まる。視線の先を住宅街が広がるだけだ。しかし悪鬼は迷わずそちらへ跳ぶ。

 悪鬼は通りの対面の建物の屋根へ跳び移り、さらに跳んで視界の外へ消える。ハガネはその前に走り出すが、悪鬼の方が圧倒的に速い。追いつけない。

 隣の通りへ出たときにはすでに数百メートル先を行く悪鬼の背中が小さく見える。

「ハガネ、乗れ!」

 二輪の自走者に乗った兵士に呼ばれ、後ろに乗る。

「助かる。これなら追いつける」

「追いた後の相手は任せたぞ」

「わかってる」

 悪鬼は一直線にどこかに向かっている。何か目的地があるようだ。

「向こうに何かあるのか?」

 悪鬼の進む方向を指して尋ねる。

「ん? そっちは図書館があるくらいだ。あと、俺の行きつけの月見亭がある」

 月見亭? ハガネはその単語を聞いた覚えがある。

「三丁目はあのへんか?」

「そうだ。月見亭も三丁目だ」

 ハガネはDDが言っていた店のことだと思い当たる。

「そこへ行こう」

「ん? 了解。裏道行くぞ。捕まっていろ。二分で着く」

 自走者が細い道に入り速度を上げる。

 もう一つ角を曲がるとハガネの視界に黒い悪鬼が入る。先ほど屋根の上にいた時よりも大きくなっている。三メートルほど。ハガネは知らないが、城でエミリオと戦っていた時と同じサイズに戻っている。悪鬼は建物の壁を壊して中に入ろうとしている。

「月見亭が!」

 運転手の叫びを聞き流し、刀を抜く。

「止まるな。突っ込め」

 ハガネの声を合図に自走者のスピードが上がる。衝突の直前、巨人がこちらに気付くが反応はできない。自走車は悪鬼の胴体にまともにぶつかるが、巨人を吹き飛ばすほどではない。

 ハガネは自走車が衝突する直前に跳びだし刀を巨人の頭部に突き立てる。刀は装甲を貫いたが、突き立てた後に真っ二つに折れる。それで勢いが殺がれ、ハガネは巨人の肩に着地する。両手に一本ずつ小太刀を取り出し。首元の装甲の隙間に突き立てる。手ごたえはない。中身は空のようだ。突き立てた刀をねじり首を切断しようするが、装甲に引っ掛かりうまくいかない。

 巨人の右手がハガネを捕まえようと襲ってくる。ハガネは避けながら新たな刀を取り出し右手の肘を断ち切る。巨人の右手が落ちる。切り離した断面は真っ黒の塊がある。

 ハガネはこの巨人が人じゃなく鎧であることに気付く。となればこれは無生物なので、区部を落としても意味がない。細かく切っていくしかない。右手を失って巨人の動きが数瞬止まる。ハガネはその瞬間を見逃さずに足を狙うが、こちらは上手く斬れずに装甲にはじかれる。装甲自体は斬るのは難しいようだ。

 ハガネはいったん巨人から距離を取る。

「これは城にある甲冑だな」

 兵士がそう話しながらハガネに近づいてくる。精霊を使ってうまく着地したらしい。

「バラバラにするしかないか」

 ハガネは兵士に返答する。兵士は頷く。巨人は右手を失っているがダメージを負っている様子はない。

「ここの住人の様子を見てくる」

 兵士はそういうと壊れた壁を越えて室内に入る。

 巨人は視線をハガネに向けたまま動かない。ハガネを敵と認識したようだ。

 巨人が左手を振るう。左手が触手のように伸び、ハガネを襲う。ハガネはそれを見切って最小の動きで避ける。同時に伸びた部分を切断する。追撃のためそのまま巨人に突進する。巨人は下がらない。切断した右手の肘から先にタコ足のような触手が生える。その触手がハガネを襲う。斬るまでもないとハガネは判断し、避けてさらに接近。回転を加えた一撃を胸部に突き立てる。刀は装甲を貫通するが、効果は薄い。刺さった刀をそのままにし、ハガネは巨人の後ろに回り込む。別の刀を取り出し膝裏を斬る。浅い。もう一撃。右足を切断され、巨人が崩れ落ちる。先ほど首に刺した二本の小太刀を手に取り甲冑に干渉しないようにひねりを加え、首を捩じ斬る。鎧の下の黒い塊は本体ではないからダメージを与えても意味はない。あくまでも必要なのは鎧を破壊することだ。倒れた巨人の胸から刀を抜き取り両肩、左足、胴体をそれぞれ関節部分で分断する。

「お、終わったか」

 兵士が階段を下りてくる。背中に老人を背負っている。

「もう大丈夫だから、安心して」

 兵士は倒れた悪鬼の様子を見たあと、後ろに話しかける。

 相棒の後ろからおびえた表情の金髪の女の子が現れる。

「ななな、なにがあったんですか?」

「詳しいことは後で説明するからとりあえず避難しよう。今なら城より教会に行くのがいいかな。守護精霊もいるし」

 背中の老人は怪我をして気を失っているようだ。兵士は少女を安心させるようにやさしく話しかけている。

「ハガネ。二人を教会に連れていく。増援を呼ぶから、しばらく、そいつの様子を見ていてくれ」

 うなずく。もう動きそうもないが完全に倒したという感じもしない。

 少女が目で巨人を見つめている。

「メグちゃん、あのお兄さんはとっても強いから大丈夫だよ」

 兵士が安心させるように言うが、言い終わる前に巨人が動き出す。体から黒い霧が噴出し人型をつくる。

「急げ、復活してる」

 少女の手を引いて相棒が通りのほうへ走る。あいにく自走者は巨人にぶつけて壊している。

 ハガネが兵士を見送る。振り返ると悪鬼はは元の二倍以上のサイズになっている。視線は兵士のほう。違う。メグと呼ばれた女の子のほうを見ている。

「相手が違うぞ」

 ハガネはそう言って、間合いを詰めようとするが、左から衝撃を受け吹き飛ばされる。ハガネはテーブルをいくつか吹っ飛ばして止まる。切り離して落ちていた右手が飛んできたらしい。当たる瞬間に受け流したがタイミングが少し遅く少しダメージを受けている。

衝撃でハガネの視界はまだ回復していないが、追撃が来るのを感じ避ける。距離を取り体勢を立て直す。

 切り離した右手が巨人とつながる。ハガネの口元に笑みが浮かぶ。面白いことをする。

 巨人の両手が伸びそれぞれ巨大な斧の形をとる。

 それを掲げ突進してくる巨人。振り下ろされる斧を見切り避ける。と、異変を感じてハガネは大きく飛びのく。振り下ろされていた斧の向きが変わる。慣性などないような急激な変動で横薙ぎに払う。巻き込まれたテーブルが宙を舞う。ハガネはテーブルの影から巨人に近づく。巨人は斧を払った体勢から続けざまに斧を振り回す。腰のあたりから回転しているようだ。中に人はいないのだから構造という点はどうでもいいのか。駆動部があるならそこを狙う。斧の嵐を避けて重心を低く飛び込む。胸から足物にかけて鎧が垂れている。刀を突きたてるが弾かれる。他にも斧を避けながらいくつか攻撃を加えるがすべてはじかれる。

 先ほどより装甲が暑くなっている。

 巨人の伸びる斧が四本に増える。上半身を回転させながらじりじりとハガネを壁際に追い込んでくる。

こんなところで遊んでいる場合じゃないな。ハガネはふと冷静になる。今は城も混乱しているころだ。侵入するならこのチャンスは逃せない。

 ハガネは息を一つはく。巨人を見る。凝視する。腕の動きを。足さばきを。重心を。音を聞く。斧の風切り音を。甲冑の擦れを。肌で感じる。空気の流れを。磁場の流れを。精霊の動きを。

 刀をしまい別の刀を取り出す。三岳のほうががいい。

 ハガネは襲い掛かる斧の群れを見切り、ゆっくりと巨人に近づく。髪の毛がいくつか千切れるのが視界の端でとらえる。避けながら巨人の腕を斬る。関節ではない。一番細い二の腕のところ。甲冑に対して垂直に刀を下ろす。力が横に逃げないように。正確に完全に垂直に力を銜える。きれいな切断面を残し悪鬼の右手が遠心力で飛ぶ。続けざまに返す刀でもう一つ、二つ。巨人がバランスを崩したところで右足首を斬る。相手を転倒させる。身動きの取れない巨人の左足と残りの手を断ち切る。甲冑の裾の下から刀を入れる。足の付け根を断つ。ここは関節で斬りやすい。下半身と上半身をわける。このあたりで悪鬼の動きが完全に止まる。装甲を斬り刻む。できるだけ細かく。

悪鬼の黒い霧が発散する。そして家中が完全に動きを止める。倒したようだ。

 ハガネは刀を確認する。大丈夫のようだ。相変わらずいい刀だ。白波は折れてしまった。また調達しないといけない。ハガネは小太刀も回収する。

 時間がない。ハガネが城へ向かおうとと外へ出たところで叫び声が聞こえてくる。

「ああああああああああ!メグちゃん!」

 DDだ。叫ぶのは珍しい。

「あ、ハガネ! メグちゃんは?」

「メグちゃんってのは誰だ。あの金髪の女の子か?」

「そう、可愛い子」

「それなら兵士が教会に避難させた。怪我はしてない」

「そう? じゃあよかった。あ、ハガネ。甲冑の強い悪鬼が来なかった?」

 DDが甲冑の悪鬼の残骸を踏みつけているので、下を指してやる。

「あ。倒したの。さすが」

 切断面を熱心に見ているDDを置いて外にでる。

「どこ行くの?」

「城だ」

 ハガネは自身の目的を果たす。

 DDは巨人の残骸を見分しながら言う。

「そうだった。それを伝えに来たんだ。今から教会に集合。作戦会議を開きます」

「……」

「ハガネの目的に関しては明日ちゃんと時間をとるそうです」

「それはレンの提案か?」

「そうだよ」

 ハガネは少し考える。気に入らないが乗ったほうが得策だろう。

「どこだって?」

「教会。もうみんな集まってるよ。そか、メグちゃんも来るならちょうどいいや。場所分かる?」

「あのでっかい塔だろ?」

「そうだよ。ぼくはまだお仕事があるから先に行くね」

 そういってDDは二階建ての建物の屋根の飛び移り姿を消す。

 兵士が行ってしまったのでハガネでは自走車を動かせない。

 ひとまず東に向かって歩く。逸る気持ちを落ち着かせる。もともとレンは今日は動くなと言っていたか。夕方のDDの伝言を思い出す。従順に従う必要もないが、いいだろう。

 時刻は真夜中。

ハガネはあの日からずっと暗闇の中にいる。

 夜明けはまだ先。だがいつか来る。必ず。


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