第2話 夜の攻防(エミリオ)

(エミリオ)


 エミリオがとりあえずオクセアという医師から話を聞くことにすると言ってから四時間ほど経過しすっかり夜。当然のように城の門は閉ざされている。

「だらだら飲んでるからこうなるんだよ」

 飲ませたのは自分のくせにてトゥーンはエミリオに絡んでくる。そう言いながらもトゥーンはエミリオの右手の封印を少し解きエミリオの中のアルコール分を悪魔に吸わせる。泥酔状態からの復活にはこれが一番早いので、エミリオは小言を聞き流してされるがままにしている。

 右手の封印を解き少し経つとエミリオの気分はだいぶましになる。

「よし。行こうか」

 夜でも精霊による光が街と城壁を照らす。一般の人は祭りのメインである西町のほうに行っているようで、南町には警備と思われる人影しか見えない。エミリオは城が見えるところまで近づく。正門からは入れないだろうから門から離れた場所だ。城壁の上には等間隔で精霊が配置されている。光っている精霊は照明だろう。光っていない精霊も見える。おそらく侵入者に反応する罠だ。

 エミリオは怪しまれないように城から少し離れて歩く。トゥーンが侵入経路を探しながら先導する。

「エミリオ、こっち」

 しばらく歩くとトゥーンが城の方へ曲がり物陰に隠れる。エミリオも同じく身を小さくしてトゥーンオ指す方を見る。精霊による光が途切れた部分がある。トゥーンによれば人による監視のルートからも外れているらしい。エミリオがつぶれている間にトゥーンは下調べをしたらしい。

トゥーンは空中を歩ける。本人の弁によれば、人間は三次元の中で動いているけど『蒼髪』はもう少し上の次元で生活しているからその違い、ということ。今エミリオが見ているトゥーンの体は上位の次元から三次元空間に投影されているトゥーンの一部である。人が紙の上に指を置いた時のその指先のみである。エミリオはよく理解していない。レンは理解できており、エミリオは二人が何度か難しい議論をしているところを見たことがある。会話に加わったことはない。トゥーンによれば、空中から武器を出し入れするハガネについては別理論といっていた。世界は広い。エミリオの理解を超えている。そう言うエミリオの右手も常人の理解の範疇外にあるものだが。

 エミリオはトゥーンの体につかまる。見た目は猫にぶら下がって運ばれている状態なので絵面は間抜けだが誰も見ていないので問題はない。精霊の罠の上を超えて城の中へ着地する。罠の精霊は何も反応しない。

「楽勝だな!」

「部屋はわかるの?」

「昼間行ったから大丈夫だ。西側だ」

 城に滞在しているという大半の客は祭りの宴会に行っているからここにはいないだろう。守護精霊が実家で羽を伸ばせるように王族は帰還祭の宴会には参加しないそうだ。王族の主治医であるオクセアもここに残っているだろう。

 予想通りオクセアの部屋には灯りが灯っている。エミリオは壁を越えた要領でトゥーンの力を借りてオクセアの部屋の二階のバルコニーへ入る。中を覗くと昼間会った医師がデスクで書き物をしている。コンコンと窓をたたく。オクセアが一瞬止まってまた書き物に戻ろうとするのでもう一度窓をたたく。オクセアがキョロキョロして窓越しにエミリオと視線があう。オクセアは怪訝そうな顔をしているが、窓の鍵を開けてくれる。

「こんな時間に何の用しょうか?」

「聞きたいことがある」

「ルル様のことでしょうか?」

「それも含めて、今ガザで起きていること。先生はいろいろ知ってそうだ」

「……いいでしょう。私も聞きたいことがあります」

 医師はデスクに座り椅子を半回転させこちら向きに座る。エミリオはソファに座る。トゥーンは対面のソファをすでに占拠している。

「飲みますか?」

 と半分ほどになったワインボトルを掲げてくる。

「気が利くね。もちろんもらうよ」

トゥーンが率先して答える。

「…………どうぞ」

 オクセアは猫からの返事にすこし間を置くがそのままグラスにワインを注ぐ。

「ありがとう。ボクに何か聞きたいことでもある?」

「いろいろとありますが、先にあなたの話からしましょうか」

 オクセアはトゥーンにグラスを渡してこちらに向き直る。エミリオは一番聞きたかったことをまず確認する。

「ルルの体調はどれくらい悪くなってるんだ?」

「王女の体調をペラペラとはしゃべりませんよ。ルル様とは仲がよろしいようですが、私はあなたがどんな人物なのか知りません」

「わかった。この状況だからルルの体調は悪くなっている。それは間違いない。確認したいのは、守護精霊が調子を悪くしている原因は何だ?」

「精霊の調子ときました。なぜそう思います?」

「精霊の力の反動は一般的には二つ、悪鬼か自然災害だ。ただ、一般的でない反動が一つあって、それはルルの体調が悪くなるということだ。瞬間移動のときも鉛筆をダイヤに変えた時もルルは長い間寝込んだ」

 精霊とルルの体調の関連については公にはなっていない。ルルが裏で精霊を酷使したことは世間には公表されていないので、大型の悪鬼の出現も砂漠化も原因関係は不明ということになっている。とはいえ知っている者もいる。城の関係者、教会関係者、ルルの友人、共犯者。

「どの場合も精霊の力を使いすぎた場合だ。ルル以外ではそんな状況にそもそもならないから知見が少ない。瞬間移動なんてルル以外には不可能だ」

ここまでは前提条件、ルルの体調は精霊と関係があるし、ルルの体調が大きく悪くなる場合、それはルルが精霊の力を酷使した場合に限る。

「けど、今はそうではないだろう。ルルは精霊を酷使していない。それなのに街に悪鬼が増えているしルルも体調を崩している。ルルと同レベルで誰かが精霊を酷使しているとしか思えない」

 オクセア医師は少し考える風をみせる。

「私の見解もおおむね君と同じです。誰かが精霊の力を酷使しています。そして精霊が疲弊している」

 オクセアの雰囲気が変わる。エミリオは話の分かる相手と認められたらしい。

「ガザの人は一般的には精霊に調子の良し悪しがあるとは考えていません。電気の調子が悪いとかマナの調子が悪いということにはならないのと同じ理屈かと思います。精霊は人の意志に干渉してきますが、人は精霊に干渉できない。人は精霊をうまく利用していると考えているようですが、それは勘違いです。精霊はやりたいと思ったことしかやらない。人には精霊をどうにかできる力はありません」

 オクセアが言い切る。

「まあルル様は別格ですが」

 そしてオクセアが付け加える。しかし今回の件についてルルは何もしていない。

「人間がどうにかできないというのは賛成だけど、今回はだれかが何かしてるね」

 黙って話を聞いていたトゥーンが意見を述べる。

「あなたは精霊にもくわしいのですか? ……獣人ではありませんね。妖魔でしょうか?」

 オクセアがトゥーンに興味を示す。獣人とは動物の見た目で知性のあるものの総称だ。ガザの近辺には獣人は生息していない。獣人ではないとすれば、喋る猫の見た目をしているこの生物は世界に広く存在する妖魔のうちのどれかということになる。

「ボクは種族で言えば『蒼髪』だよ。だから妖魔という点は正解。だけど精霊に詳しいわけではないよ。ボクたちはガザの精霊とは没交渉なんだ。だからこれはただの推測。ワインもっとある?」

 トゥーンはいつも緊張感がない。

 オクセアは驚いた顔をする。トゥーンが『蒼髪』というと大抵はこういう反応が返ってくる。妖魔はいくつか種類があるが『蒼髪』は特に人とのかかわりが少ない。レアキャラである。

「『蒼髪』ですか‥‥…ということはその体は擬体ですね?いろいろ調べさせてもらえませんか?」

「いいよ。ワインのお代だね」

 トゥーンの見た目はただの猫だが、それは仮の体。具体的なことは知らない。アンドロイドであるDDより生き物に近いものとエミリオは聞いている。蒼髪の技術で作られているとのことだ。フィクションの世界で『蒼髪』は吸血鬼と同様によく登場する。そのためにある程度の知識を持っている者も多い。ルルがそうだったように。オクセアもその一人らしい。

 オクセア医師がトゥーンのグラスにワインを注ぎ横に座る。さっそく診察を始めるらしい。

「え? 今やるの? 飲めないんだけど」

「これはマスケアの白ですが、調べさせていただければ青も差し上げます」

「マスケアの青!」

 嫌がっていたトゥーンが大人しくなる。何かお酒の種類なのだろうがエミリオには分からない。マスケアの青とは何だ?

「私は人間専門の医者です。精霊については勉強中ですが、人の身でどうこうできる存在ではありませんね。あれは別概念の存在です」

「それはその通りだね」

 オクセアの言葉にトゥーンが同意する。

「それよりも蒼髪の擬体のほうが人間に近いかと思います。少なくとも実体があるという点で」

「それもその通り」

 トゥーンはいつになく素直である。

 医師は聴診器を当てたり脈を診たりと一通り普通の診察をする。

「オクセア先生は医者って聞いたけど精霊の体調とかもわかるのか?」

 オクセアはすっかりトゥーンの体に夢中のようなので、エミリオは話を戻す。

「精霊は人のような実体を持ちませんから人の医療知識は役には立ちません。私もいろいろな人に話は聞きましたが、精霊向けの医者のような人はいませんね。一番それに近いのは教会です。やっていることはカウンセリングに近いですが」

「カウンセリング?」

「はい。教会は精霊官能性の高い人が精霊の好きなように遊ばせている場です。人の願いを叶えるのではなく精霊のやりたいようにさせるところですね。精霊も人という媒介がないと世界に干渉できませんから」

「なんだ、持ちつ持たれつなのか」

 それはエミリオにとっては新情報である。

「現状でなぜ精霊の調子が悪いのか、悪鬼が増えているのかというとことは分かっていません。守護精霊に一番近いルル様から間接的になにか分からないかと思っていますが、今のとことこは不明です」

「外部から干渉に心当たりは?」

 トゥーンが質問する。

「干渉ですか? 精霊に干渉できる存在ですか。難しいですね」

「トゥーンは干渉できるのか?」

「ボクは直接は無理だよ。やれるとしたら人間だけだね。精霊は妖魔には興味がないかーらーねー」

 医師につままれ引っ張られ延ばされてと、トゥーンはいいように弄ばれている。

「そういえばもう一つききたいことがある。デレク王子ってどんなやつだ?」

 半年間に城に戻ってきたというデレク王子。街でも変なうわさを聞いた。

「私もほとんど会わないのでよくは分からないですね。部屋に閉じこもっているか外にでているかです」

「婚約者については?」

「精霊が消したという話ですか? 私からは何とも。精霊にはそこまでの力はないというのが一般的ですが」

「例えば噂が本当だとして、その消えた婚約者を復活させることなんてできるのか?」

「それもよくわかりません。ルル様とそのあたりの実験はしなかったのですか?」

「無から有を生み出すのは駄目だった。石ころ一つ作れなかった」

 ルルは最初に金銀財宝を生み出そうとしたがうまくいかず、徐々に難易度を下げていったが、結局、無からはなにも生み出せなかった。

「ルル様が無理だとしたたら不可能でしょう」

 オクセアの見解はエミリオと同じである。

「さて、トゥーンさんの細胞のサンプルをもらってもいいでしょうか?」

「え、何に使うのさ」

 トゥーンはちょっと引いている。

「もちろん研究ですよ。蒼髪の擬体の細胞なんてお金を出しても手に入りませんよ。そうですね代わりに私がここにいる目的と、とっておきの情報を話しましょうか」

「え? 別に興味ないけど」

 正直に返答するトゥーンをわきにおいてオクセアは勝手に話し始める。先に話を聞かせて細胞はもらうつもりのようだ。エミリオはオクセアの話に興味があるので相棒の細胞を差し出すことにする。

「エミリオさん、私はいくつに見えますか?」

 エミリオの顔に男からそんな質問されてもなんも楽しくない、というのが出ていたらしい。オクセアはエミリオの返答を待たずに答えを言う。

「いえ、もったいぶる必要もないので言いますが、私の見た目は三十代くらいだと思います」

 三十代。そのくらいだな。肌に若者のようなハリはないが、老人というほどの弛みもないし頭髪も十分にある。

「私は今、八十三歳です」

 八十三? エミリオが想像以上のリアクションをしたのでオクセアは満足する。トゥーンは無関心である。トゥーンはもともとの寿命が長いせいか人間の年齢には関心は示さない。

「……不老不死の研究でもしているのか? それともサイボーグ?」

「不老不死のほうです。正確には不老だけですが。不死までは手が出せません。この体は主に薬とナノマシンを使っています。しかしそれだと百五十年くらいが限界でしょうね。今は別の方法を探している最中です。魔法の類は私個人では扱いきれませんでした、悪魔との契約はリスクが高すぎる。ということで今はここで精霊を使って何かできないかを研究中です」

 世の中には変わった人もいるなとエミリオは思う。エミリオは長寿にはあまり興味がない。

「何か成果はあるの?」

「まだこれからです。十年くらいで結果がでれば御の字です。しかし今回は蒼髪の擬体のサンプルが手に入ったので、ガザに来た成果としては十分でしょう」

 オクセアが窓とドアの方に視線を送る。周りに聞かれたくない話をするようだ。

「ということなので、私は現在のガザの問題とは無関係です。むしろ迷惑を受けている側です。精霊の研究が滞っていますから」

 ワイングラスラスに残っていた液体をオクセアは飲み干す。

「さて、では一つとっておきの情報を。あなた方に関係のある話です」

 と、声を潜めてくる。

「エミリオさん、『星の欠片』というものはご存じですか?」

 『星の欠片』ときたかと、エミリオはいろいろなことに合点がいく。しかしあまり表情には出さないようにして続きを促す。

「知ってる。ここにあるのか?」

「実際に見たわけではありませんが、あるそうです。国王がどこからか入手してきたとか。おそらくデレク王子の耳にもその話が入ってきたのでしょう。彼はそのために戻ってきたと私は考えています」

 『星の欠片』。どんな願いもかなえるという魔法の石。万能装置。

 そしてエミリオは先ほどレンに会った気がしていたことも思い出す。こんなところにレンはいないだろうから夢だと思っていたが、『星の欠片』があるのならば話は別だ。レンの目的は『星の欠片』だ。ということはハガネがいるのもレンの差し金だろう。ハガネまで引っ張ってきているということは間違いないだろう。

「デレク王子の目的が消えた婚約者の復活だとした場合、『星の欠片』は有効な手段となりうるでしょう」

 それはありえそうな話である。エミリオはトゥーンに視線を送る。トゥーンも納得顔をしている。

「……あなたは『星の欠片』のことよくご存じのようですね。『星の欠片』の力というのは本物ですか?」

「本物だ。先生の不老も『星の欠片』に頼めば実現できるんじゃないか?」

 『星の欠片』の存在はレア中のレアである。エミリオがそれを知っているのは専門家であるレンがいるからに過ぎない。

「それは興味深いですが、あまり血なまぐさいのは苦手ですので、遠慮しますよ。今話題の悪鬼に対応する力は私にはありません」

 自重気味に笑う。

「ところでエミリオさん、今日が何の日か聞いていますか?」

「帰還祭のことか」

「はい。帰還祭です。今夜ここには守護精霊はいません。これはルル様から聞いた話ですが、ここに城があるのはここがいわゆる霊脈の中心であり、守護精霊にとって居心地がいいからということです。『欠片』の力が不十分だった場合、この霊脈を使うという考えはありうるかと思います。おそらく今夜何かがおこります」

「何かってなんだ?」

「今日は守護精霊の邪魔を受けずに霊脈を自由に使える絶好の機会です。そしてそれが失敗したらどうなるか」

「なるほどね。しかしデレク王子は霊脈の力をそのまま操れると思っているのかな?」

 トゥーンが懐疑の声を上げる。

 と、大きな爆発音と地鳴りが起こる。

「中庭の方か?」

「これは大変なことになったね」

 トゥーンは遠視で状況を確認したのだろう。ソファから立ち上がってエミリオに近づいてくる。まだ建物が揺れているが浮いているから関係ないようだ。

「なかなか面白いものがいるよ。とりあえず現場にいこうか」

 楽しげにトゥーンが言う。

「ワインは後で取りに来るから」

「私は非戦闘民ですからここで待機しています。ドンパチは人のいないところでお願いします」

 エミリオは窓から外の様子を伺う。やはり中庭のほうが騒がしい。明らかに異形の気配がする。医師を置いてトゥーンと一緒に窓から外に出る。

「行くよ」

 トゥーンは窓から真っすぐに現場に向かう。エミリオは窓から飛び降りて走って中庭に向かう。

 人の声がするほうへ向かいながらエミリオは考える。仮にハガネがいるのなら自分の出る幕はないのではないか? ハガネはおそろしく強いし。それにおそらくレンも来ている。レンはハガネほどではないが十分強い。頭が回るので、総合的にはレンがいる方が事態はスムーズに収束に向かう。行ったらすでに片付いていたりしないかなとエミリオは希望的に考える。


 エミリオの目論見は外れて状況は現在進行中である。城から庭園へ続く回廊に大型の悪鬼がいる。衛兵が囲んで悪鬼を建物から遠くへ誘導しようとしている。悲鳴が聞こえる。ケガ人も相当出ているようだ。

「また大きいのがいるね」

 トゥーンが声を上げる。

 体長は三メートルほど。一階の天井に届きそうなほどの巨人だ。甲冑を身にまとった兵士のような姿。全身は漆黒。体から黒い蒸気が上がっている。武器は持っていないようだ。

「撃て!」

 号令とともに。巨人の全身に爆発が起こる。軍服を着た集団が巨人に攻撃を放つ。悪鬼対策として軍が城の警備についているとエミリオはルルから聞いていた。城側に隊列を組んだ兵士が小銃のようなものを構えている。小銃にしては威力が大きい。精霊を利用した武器だろう。

「銃なんてあるんだ」

 トゥーンは感心しているが、あまり悪鬼には効いていない。

 巨人は少し後退したが、爆発でダメージを受けている様子はない。しかし、兵士はとにかく巨人を城から遠ざけようとしているようで砲撃を続ける。

 巨人は撃たれるまま行動を起こさない。どこかへ移動することも兵士に反撃する様子もない。エミリオには何かを待っているようにも見える。

「砲雷隊撃て!」

 再びの号令。ハンドボール大の球体が放物線を描いて巨人に飛ぶ。巨人は無反応だが、巨人の胸あたりに当たった瞬間、球体は大爆発を起こす。衝撃で巨人は二三歩後ろに下がる。精霊の力を利用した爆弾だ。

「第二破撃て!」

 連続して投げ込まれる。巨人もダメージを受けたからか、手で防御する姿勢をとる。連続の爆発。複数個の爆弾の直撃を受けた巨人の左手が吹き飛び、さらに胴体にもダメージを与える。

「効いているね」

「ああ」

 あの爆弾をあと十数発浴びせれば倒せるかもしれないとエミリオは考えるが、それは甘い。

 それまで受動的だった巨人が初めて意思をもった動きを見せる。顔を上げて視線を城の一角に向ける。視線の先は城の南東の部屋。エミリオは窓からルルが顔を出しているのを確認する。

 そこから事態は一変する。巨人が咆哮を上げる。失った左手が再生する。その左手を一振りすると巨人に向け飛んでいた爆弾が空中で爆発する。指が触手のように伸びるている。さらに鞭のように伸びた右手を横なぎに一閃し、十メートルほど離れて砲撃を行っていた兵士をまとめて吹き飛ばす。

 突然の暴力に慌てる兵士たち。負傷者を下げ、盾を持った兵士が前線へ出て乱れた隊列を整える。

 しかし巨人はそこには目もくれず明らかにルルのほうに向かっている。

「トゥーン、やるぞ!」

「はいはい。とりあえず半分くらい解放しておくよ」

 エミリオはトゥーンの返事を聞かずに駆け出す。巨人は包囲を作ろうとする兵士を両手で薙ぎ払っている。精霊の力で強化したであろう盾もパワーが違いすぎて巨人の攻撃を防ぎきれない。防御壁ごと吹き飛ばされている。爆弾は巨人に到達する前に巨人が薙ぎ払い爆発する。銃は威力が弱すぎて気をそらすこともできていない。爆弾の乱発で城から離した距離が一瞬で零に戻る。

 エミリオは兵士を飛び越えて背を向けている巨人に追いつく。巨人はエミリオに気付かない。

「よっと」

エミリオは巨人の右手を右手で掴む。そしてそのまま力任せに巨人を投げ飛ばす。

 巨人が大きく弧を描いて中庭を超えて前庭の奥、衛兵の宿舎まで飛んでいく。巨人の直撃を受けた宿舎はその質量に耐えられず崩れ落ちる。

「あ、やば」

 エミリオは城から離すことだけ考えて、投げた先のことが失念していた。幸い宿舎は無人だったようだ。

 周りの兵士が驚いているのを感じる。

 青い包帯を巻いていた右手が今、通常の三倍ほどの大きさになっている。右手を覆っていた青い包帯はいくつか外れ赤黒い中身が見る。エミリオの右手に封印されている悪魔の一端だ。エミリオの姉と姉の恋人を誑かした悪魔を倒すためにエミリオが右手に宿した別の悪魔。トゥーンが高次元に封印したはいいが、その後の扱いに困っていたものを、人の体まるごとを使って封じ込めている。普段は腕に直接刻んだ蒼髪の封印の術式と、黄泉特製の護符で封じ込めている。それをこうやって制御できる程度に開放してその力を利用させてもらっている。

「僕が闘う。みんなは負傷者の手当てを!」

 エミリオは叫んで、巨人のほうへ向かう。手出しをしようという兵士はいないようだ。

 崩れ落ちた兵舎。がれきの中から動きはない。

 安易に近づかないほうがいいかと思い、エミリオは右手を前に突き出し、構える。

「飛翔する琥珀、シナトベ」

 エミリオは右手から弾丸を放つ。弾丸は瓦礫に着弾し大爆発が起こる。崩れた宿舎の破片が吹き飛び白煙と熱風が広がる。白煙の中から巨人の手が伸びてくる。

 遅い。

 エミリオは巨人の伸びた腕をつかみ、思いっきり引っぱる。

 巨人の本体が空中に投げ出させる。

「飛翔する琥珀、シナトベ」

 再び弾丸を放つ。今度は直撃だ。

 巨人が空中で大爆発を起こす。受け身も取らずに巨人は墜落する。衝撃で地面が揺れる。

「効いてないか」

 何事もなかったように巨人は立ち上がる。見た目ほどにダメージはなさそうだ。単純に硬いのか。シナトベ以上に威力のある飛び道具をエミリオは持っていない。近づくしかないようだ。

 エミリオは小細工なしで真っすぐ巨人に近づく。エミリオの手札で一番威力があるのは近づいて右手で殴る攻撃だ。

 巨人の右手が縮み変化する。長い柄に大きな刃。ハルバート。お似合いの武器だ。巨人は片手で軽々と持ち攻撃を繰り出してくる。

 相手の間合いに入る。一撃目と二撃目は跳んで避ける。幸い動きは早くない。エミリオの身体能力で十分対応できる。エミリオは三撃目見切って右手で受け止める。右手の力は相手を上回っている。ハルバートを引っ張り巨人の体勢を崩す。そして巨人の懐に入り込む。頭は遠いので胴体を狙う。

「崩落する鬼神!スサノオ!」

 音速を超える右の拳を巨人の腹に叩きこむ。加速した右手が巨人の左腹を吹き飛ばす。

 体の半分を吹き飛ばされるが、これも効いてないか、巨人は武器を捨て右手でエミリオを掴もうとする。それをエミリオはすんでのところで避ける。だが体勢を崩される。そこに巨人の蹴りが入る。反応できないが右手が自動でガードする。衝撃を殺しきれずに後方に飛ばされる。

「トゥーン、これ、どうやったら倒せるんだ}

 体勢を立てないしながらエミリオは叫ぶ。

「原型をとどめないくらいボコボコにすればいいよ。スサノオ十発くらい打ち込めばいいんじゃない?」

「簡単にいうなよ」

 涼しい顔で空中を歩いてトゥーンが近づいてくる

「相手が生物だったら首を落とすか、心臓の位置を破壊すればいいけど、無生物の場合はこれといった弱点はないそうだよ。徹底的に破壊するしかないって。今聞きいてきた」

 トゥーンは情報収集をしてくれていたらしい。

「頭を消してもダメか?」

 大穴を開けた巨人の左腹は黒い霧に覆われ元に戻る。

「駄目じゃないかな。あれ、元々は甲冑でしょう。別に頭が大事ってわけでもないんじゃない」

「しかたないか」

 巨人は片手剣に盾という装備に変わっている。ハルバードではエミリオをとらえきれないと判断したようだ。知性はあるらしい。

 エミリオは再び間合いを詰める。リーチは巨人のほうが長い。巨人の間合いの少し外で止まり、牽制としてシナトベを放つ。

そして間髪入れずに接近する。巨人の動きが一瞬送れる。エミリオは振り下ろされた剣を避ける。巨人が盾を構えるところに一撃を放つ。

「崩落する鬼神!スサノオ!」

 エミリオの右手が盾ごと巨人の体を吹き飛ばす。盾により威力が減じられる。巨人の体は無傷だ。だが関係ない。さらに接近してもう一発放とうとしたところに右手が勝手に動く。右側に衝撃。巨人の左手がエミリオの右手に食い込む。腹へのフックをふせいだ形。盾は左手で持っていたわけではなかったようだ。追撃が来る。エミリオは浮き上がった体を右手を軸に無理やり捻って剣を避ける。左手を少し切られるが浅い。

 体が浮き上がり拳が届く範囲に巨人の顔が来る。

「侵食する漆黒!マガツヒ!」

 空中で体を捩じり、開いた右手で巨人の上半身を払う。光をまとった掌は触れたものを消失させる。現状の最強の技。ただし一発限定。

 巨人の頭から肩にかけてが消失する。接続部を失った巨人の両手が地面に落ちる。このまま決める。

「崩落する鬼神!スサノオ!」

エミリオは連続して殴る。一発。二発打ち込む。巨人の体が削られる。効率が悪いがこれしかない。と、巨人の体から生えていた盾が襲ってくる。右手で防ぐが、それはフェイク。盾が変形しエミリオの右手を掴む。防御を失ったエミリオの体に巨人の蹴りがもろに入る。エミリオは吹き飛ばされる。

「かはっ」

 庭園を転がる。右手で地面を掴み何とかとどまる。

 エミリオは一瞬方向を見失う。見渡して巨人の様子を確認する。胸から上を失った巨人は立った状態のまま動かない。

 が、エミリオもそろそろ限界。

「放て!」

 号令とともに、三本の光の矢が巨人を襲う。光の矢は巨人の左手、右足、右腰に穴をあける。

 光の矢が開けた穴は再生されない。

「効いてるぞ。追撃急げ」

 赤い兵装の人間が三人、次弾の準備をしている。連射は効かないらしいが、兵士たちはちゃんと悪鬼に効果のある武器を持っていたようだ。

 と、巨人は一度崩れて、人間サイズに再構成される。

 小さくなった悪鬼はこちらに背を向けて場外へ走る。

「逃走するぞ!」

「南町のほうだ! 追え!」

 逃亡は想定していなかったのか、慌てたような声が響く。

「生きてる?」

 トゥーンが楽しそうに近づいてくる。

「肋骨が折れた。内臓はたぶん大丈夫。追うのは無理だ」

「それは兵士に任せていいんじゃないかな。あの大きさなら兵士でも倒せるでしょ」

 右手の影響でエミリオのケガの治りは早い。明日には治っているだろうが、今は痛くて動けない。

「封印を少し戻してくれ」

「まだ終わってないよ。立って」

 城のほうを眺めながらトゥーンは言う。

「城でレンが何かしてる。様子を見に行くよ」


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