第42話 ママからの電話(side 未来)

「お姉ちゃん!起きて!」

「ううん……むにゃむにゃ……えへへ、ケータ……」


耳元でキンキンする声がする。

誰かがあたしの身体を揺すっていた。


「おりゃあああああああああああああああああああああ!」


ばさっと、あたしは布団から引き離された。


「うわあ!」


ゴロゴロとベットの上を転がった挙句、あたしは床に落ちた。


「いっつ……何よ?」

「お姉ちゃん!もう9時だよ!いつまで寝てるの?」


愛花がぷくっと頬を膨らませて怒っている。

9時と言われて、あたしは部屋の時計を見た。

……時計の針は、ちょうど45度。つまり、9時を指していた。


「もうこんな時間……」


朝のゴミ収集は8時半だから、もう行ってしまった。

いつもは夏休みでも、7時には起きていた。

昨日、トロピカンランドに遊びに行ってから帰ってきて、それから……

あたしは疲れちゃって、すぐ寝ちゃったみたいだ。


「愛花、ケータは?」

「ケータは、ばすけぶのあされんに行ったよ」

「あ、そっか」

「もう!愛花、お腹空いたよ!」

「ごめんごめん」


あたしは眠い目をこすりながら、パジャマを脱いだ。

はあ……髪もぼさぼさだし、化粧も落としてない。

こんな姿、ケータに見られちゃったんだ……

それに、昨日はまたキスしちゃったし。

あたしは全身鏡に映る自分の姿を見て、恥ずかしくて顔を赤くした。


1階へ降りて、リビングへ行く途中、


「あれ?ごみがない……」


今日は燃えるゴミの日だ。

玄関の前にごみをまとめておいたのに。


「愛花ー!ここにあったごみ、捨ててくれたの?」


あたしはリビングにいる愛花に声をかけた。


「ううん!愛花じゃない!」

「なら、ケータが……」


ケータがごみを捨ててくれたらしい。


「お姉ちゃん!早く来て!朝ごはんできてるよ!」


リビングから愛花の驚く声がする。

あたしがリビングへ行くと、リビングのテーブルの上に、ランチパラソルが置いてあった。


「もしかして……ケータが作ってくれたのかな?」


ランチパラソルを取ると、ベーコンとスクランブルエッグ、あとフレンチトーストがあった。

横に、メモが置いてある。


「昨日、疲れていたみたいだから、朝ごはん作っておいた。いつも作ってくれてありがとう」


メモを読んだ愛花は、


「ケータが作ってくれたんだね!おいちそう!」


愛花は大はしゃぎだ。


「そっか……ケータが作ってくれんだ……」


ケータも親が家に全然いないから、ごはんは自分でつくるって言ってた。

男の子なのに、こんなにちゃんとお料理できてすごいと思う。

人にご飯を作ってもらったのは、何年ぶりだろう。

パパが死んでからは、ほとんど自分でご飯を作っていたのに。


「じゃあ、ありがたく食べよっか!」

「うん!いただきます!」


あたしと愛花は、ケータの作ってくれた朝ごはんを食べる。


「おいちい!ケータの朝ごはんすっごくおいちい!」

「おいしいね!」


スクランブルエッグはふわふわしているし、ベーコンはカリカリだし、フレンチトーストも甘くておいしい。


「お姉ちゃんじゃなくて、ケータにごはん作ってほしいなあ……」

「あら。そんなこと言っちゃうの?じゃあ愛花にごはん作ってあげない!」

「えー!やだやだやだ!」


愛花がケチャップだらけの口で駄々をこねる。


「愛花もお料理覚えなくちゃね」

「うん!ケータにハンバーグとね、お寿司とね、ステーキとね、ピザとね、いっぱい作って食べさせてあげたいんだ!」

「それ、愛花が食べたいものでしょ」

「ぶー!違うもん!ケータが好きなものだよ。愛花は大きくなったら、ケータのお嫁さんになるんだから」

「……じゃあ、お料理上手くならなくちゃね」


――プルルルルル!


あたしのスマホが鳴った。

……ママからだ。


《もしもし……》

《ママよ。そっちは「おはよう」でいいのかしら」》

《まだギリギリね。そっちは夜なの?》

《うん。今、ニューヨークだから。こっちは夜中よ》


日本とニューヨークの時差は、だいたい14時間くらいだ。

今が9時半だから、あっちは今23時半ぐらいかな。


《最近、調子どう?学校はもう夏休みよね?》

《別に普通だよ》

《そう。変わったことはない?》

《特に……変わったことない》


変わったことはある。

今、ママのいないこの家に、男の子が――ケータが住んでいること。

家で勝手に男の子と住んでいるなんて、ママにバレたら大変だ。

もしバレたら、ママが学校とケータのパパに連絡して、ケータが怒られるに違いない。


《なら、よかったわ》

《ねえ……何か用なの?》

《用はないけど……ただ未来と愛花と話したくて。ママだから》


ママは自分勝手だ。

普段はあたしと愛花を放ったらかしにしてるくせに、自分の都合のいい時だけ、自分が「母親」したいときだけ、こうやって電話をかけてくる。

ママも子どもを放置しているとわかっているから、罪悪感で電話をかけてきているんだ。

今流行りの「毒親」ってやつ。


……あたしだって、わかってるんだ。

ママは毒親なんかじゃない。むしろいい親だ。

パパが死んじゃってから、ママは女手ひとつであたしと愛花を育てた。

パパの仕事をちゃんと引き継いで、家族と社員のために毎日寝ないで働いている。

だから、ママのことを「毒親」なんて思ちゃいけないんだ。

だけど——


「ねえねえ、ママからの電話でしょ?愛花もママと話したい!」


愛花があたしのシャツの裾を引っ張った。

ママのことが愛花は大好きだ。

やっぱり本当のママには敵わない。

……愛花には、あたしみたいになってほしくない。ママのことを嫌いになってほしくない。

あたしとケータがパパとしているから、愛花は寂しい思いをしていない。


《ママ!愛花だよ!》

《愛花、元気?》


愛花はすごく嬉しそうな顔している。

久しぶりにママと話せたから。


《昨日ね、トロピカンランドに行ったんだよ!》

《へーお姉ちゃんと2人で行ったの?》

《えーと、パパと――》


「あー!ダメダメダメ!」


あたしはとっさに、愛花からスマホを奪った。

そして、電源を切った。


「お姉ちゃん!なんで切るの!」

「ごめん……愛花。ケータのことはママに言わないで」

「え、どうして?」


愛花はきょとんとした顔をした。


「どうしてって……」


どうしてか?

ケータはただのクラスメイトだから。

クラスメイトの男の子が家に入り浸っているから。 

でも、愛花に言えるわけなかった。


——プルルルルルル!


ママからまた電話がかかってきた。


「お姉ちゃん!貸して!」


愛花があたしからスマホを引ったくった。 


「こら!愛花!」

「愛花がママと話すもん!」


≪ママ!愛花だよ!≫

≪どうしたの?何があったの?≫

≪えーと……手からスマホ落としちゃって≫


……え?

愛花がママに嘘をついた。

そんなこと、今までなかったのに。


≪……そうなんだ。で、トロピカンランド行ったんだけ?≫

≪うん!お姉ちゃんと一緒に「2人」でね!≫

≪へーいいわね!≫

≪すっごく楽しかったんだあ!≫


愛花は、ケータのことを隠した。

本当は「3人」で行ったのに……

わかってるんだ。愛花も。

私が思っていたより、ずっと大人だったんだね。




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