第27話 私はずっと待ってる
私は教室を出てがむしゃらに走り続けた。
まるで彼を裏切ってしまったあの日のように。
どれくらいの時間走っていただろうか。
気がつけば私はあの公園だった場所にいた。
遊具が撤去されてしまったここはもう何もない空き地。
そうなってしまったのも私の所為で......
涙の乾いた肌はなんだか物寂しくて、風が頬を撫でる度に私の心は切なくなった。
「......れい君」
私はデバイスを開き、彼の作った曲にアクセスする。
彼の曲を聴いてこの場所で一人待つのが私の日常になっていたからだ。
「......新しい曲?」
そこで私は今日配信されたばかりの彼の新曲を見つける。
曲名は『
彼が新曲を作っているなんて知らなかった。
そもそも今日だってちゃんと話せていない。
それにダイヤモンドフロスト──別名
彼はどんな意味を込めてこの曲名にしたのだろう。
私は曲を再生する。
『────────』
「この曲って......」
頭に思い浮かんできたのは彼と過ごした日々の思い出。
彼はどんな思いを込めてこの曲を──歌詞を書いたのだろう。
「ダイヤモンドフロストの花言葉は『信念』『柔和』『尊敬』『デリケートな美』そして──」
────君にまた会いたい。
彼はその事を知っていたのかな。
「れい君とリアの曲で感想を話し合った時があったね」
ふと思い出したのは彼との思い出の1ページ。
あれはCDショップで彼と会った次の月曜日だった────
「グレビレアって珍しい曲名だよね。花の名前がついてるし、何か意味があるんじゃないかなって思って」
「えぇ、私もそう思う。例えば花言葉とか......」
「そうそう! 俺は花言葉で『情熱』って意味が込められてるのかなって思ったんだけど」
「そう? 私は──私には別のメッセージを込めたように感じた」
「小鳥遊さんは分かるの?」
「きっと、グレビレアは──グレビレアに込められたメッセージは『あなたを待ってます』だと思う」
確かにリアのグレビレアには激しい部分もあって、情熱的だと思った。
でも私は、グレビレアに誰かを待っている少女の姿が思い浮かべた。
今思えば私はその少女に自分の姿を重ねていたのだろう。
だから、その解釈だって私の願望だったのかもしれない。
「楽しかった、な......」
私は大切な記憶の1ページをそっと閉じる。
これ以上思い出すとまた彼に甘えたくなってしまうから。
今すぐに彼の元へと駆け出してしまいたくなるから。
「約束したから......」
だから、私はもう一度彼の曲を再生する。
今度はそっと目を閉じて。
私がここでずっと待っていられるように。
彼の音と詩に耳を傾けて────
『君と初めて話した時、僕は臆病だった』
──た、小鳥遊さん! おはようございましゅ........
『君の笑った顔を見た時、僕の心が揺れた』
──どういたしまして、小鳥遊さん
『夢の中で見た君の素顔は、いつもと違っていて』
──寝言......だよね? 起きてないよね?
『そんな君にだんだんと、僕は心を溶かしていった』
───またね、れい君......
『どうすれば、君の痛みを溶かすことが出来るのだろう』
──でも、れい君は私を許してくれないよね
『届かない願いだったとしても』
──毎日じゃなくてもいいから、また一緒にお昼食べてくれる......?
『いつか叶えて見せるから』
──それに、今度白井が絡んできても俺が小鳥遊さんを守れるように頑張るからさ
『例え僕が君を忘れてしまっても、探し出して見せるから』
──泣いてる女の子を前にして、黙っていられるほど俺は大人じゃないんだよ!!!!
『君にまた会いたい』
──さよなら──れい君......っ!
「あぁ──ダメだよれい君......」
溢れだしたのは彼と過ごした日々の思い出。
思い出さないようにしていたのにどうしても思い出してしまう。
「期待しちゃうから......」
それは私が今一番欲しかった
「もしかしたら迎えに来てくれるかもしれないって......」
そんな淡い期待が私の感情を揺さぶる。
優しい彼を思い浮かべて、自分に都合の良い妄想をする。
それは涙が出てしまうほど幸せで、まるで夢の中の出来事のように感じて。
「ありがとう......」
夢を見させてくれて有難う。
この曲があれば私はずっとずっと待っていられる。
彼の音を聴けるだけで──それだけで私は幸せなんだ。
だから──
「例えあなたが私の事を覚えてなくても───私はずっと待ってる」
これで良かったんだ。
きっとそういう運命だったんだ。
そう思って諦めかけていたその刹那──
「小鳥遊さんっ─────!!!!!」
私の心臓が跳ねた。
それは聞こえるはずのない彼の声が聞こえたから。
その瞬間──抑えていた涙が止めどなく溢れ出した。
私は我慢していた感情の全てをさらけ出す。
こんな酷い顔を彼には見せられない。
こんな弱い私を彼には見てほしくない。
それでも私は振り返り見つけてしまったんだ。
「れい君............っ!」
ずっと待っていた彼の姿を。
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