第26話 私のことを覚えてなくても
私達は病院に運ばれた。
その時の事はあまりよく覚えていない。
自分が何をしてしまったのか。
彼がどうなってしまったのか。
私はこれからどうすれば良いのか。
色々な感情がごちゃ混ぜになってよく分からなかったからだ。
彼が目を覚ましたのはそれから数時間後の事だった。
私は嬉しかった。心の底から安心した。
そして、彼に泣いて謝った。
「ごめんね、ごめんね」と。
私の所為で痛い思いをしてごめんねと。
彼は少し困ったような顔をして、だけど私に気遣って「大丈夫だよ」と言ってくれた。
それだけでなく、私に怪我がなくて良かったと安心した素振りを見せた。
私はそんな自分よりも他人を気遣う彼の優しさに驚き、自身の行いを深く反省した。
それでも彼を傷つけてしまった事に変わりはない。だからもう彼と遊ぶ資格なんて私には......
そう覚悟していたのに──
「怪我が良くなったらさ、また一緒に遊ぼうよ」
「......え?」
「あおくんは俺と遊ぶのは嫌......?」
「......ううん。僕はれいくんに怪我させちゃって、だからもう......」
「俺は大丈夫だよ」
彼は私の頭に手を置く。
じんわりと彼の温かさが私に伝わる。
「れいくん......」
「またあの公園で俺と一緒に遊んでくれる?」
震える私に彼は笑顔でそう言った。
「......僕もれいくんと遊びたい! れいくんの怪我が良くなるまでずっと待ってるから! 今度は先に僕がれいくんを待ってるからっ!」
「じゃあ、約束だね。俺も早く怪我直さなくっちゃ」
「......うん、約束。れいくんが良くなるまで待ってるから! ずっと待ってるから!」
二人の小指が結ばれる。それで約束は結ばれた。
いつも先に公園に来て私を待ってくれていたれい君。
私はそんな彼の姿にいつも安心していたんだ。
だから今度は私がれい君を待つ番。私が彼を笑顔で迎えるんだ。
そう思ってたのに──
「入院......?」
私は何故か入院することになってしまった。
別の病院で再検査を受けた結果、私の身体に異常が見つかったらしい。
れい君のお陰で私に怪我はなかったし、悪いところなんてないのに。当時はそう思っていた。
それに、緊急でれい君と別の病院に入院することになったため、彼に何も伝えられていない。
れい君が退院する前にあの場所で待っていないと約束を守れない。早く退院しなきゃ。
そう焦る気持ちに苛まれる日々が続いた。
そんな入院中のある日、私の身体に変化が訪れる。
「あれ? 身体が......」
私の身体が少しずつ痛み始めた。
最初はほんのちょっとした違和感だった。
だけど、それは時間が経つうちに大きなものに変わっていく。
身体が文字通り作り変えられる。
今までの自分が別の他人になってしまうような感覚。
心は変わらないのに身体だけが変わっていくこの感覚が少し怖かった。
だけど、それは最初だけだった。
身体が完全に男の子から女の子に作り変わった時に、私はその姿をすんなりと受け入れられた。
そして、気持ち悪かった心と身体の違和感がなくなっていることに気がついた。
今までチグハグだったものが綺麗に揃って、それが当たり前のように感じて。
「僕は──私だったんだ」
自分が男の子じゃないって気がついたのはこの時だった。
「私は......女の子だったんだ」
身体だけじゃなく心も女の子なんだって。
それに気がついた時、私は嬉しかった。
今までずれていた歯車が噛み合って、やっと本当の自分になれたような気がしたから。
これでれい君にキスをするのも変じゃないよね?
れい君といると胸がきゅーっと温かくなる気持ちも変じゃないんだよね。
そう思うと私の心は晴れやかになった。
それに、私は女の子になって新しい名前を与えられた。
本当は元の『青』と関係のない名前でも良かった。
でも、私は『青奈』の名前を選んだ。元の名前から響きもあまり変わらず、良い名前だと思った。
何より、私の事を『あおくん』と呼ぶ彼の事を思い浮かべて──また名前で呼んで欲しいって思ったから。
「やっと会える......!」
とても長い時間が経ってしまった。
だけど、本当の姿になってれい君と会える事を考えると、とても嬉しい気持ちになった。
それなのに......
「青奈、引っ越す事になったから」
退院後に突然、私は両親から引っ越す事を告げられた。
両親は口を揃えて「それが青奈のためだから」と言った。
私は両親に強く反対した。それはこの町が好きで、あの公園が私の居場所で、れい君が私にとっての大切な友達で全てだったから。
今になって『両性』の事を理解し、私がれい君に怪我をさせてしまった事や、私が幼かった事を考えれば、両親は私の事を良く考えてくれていたのだと実感出来る。
でも、親の言う『世間体』や『私の将来』、『環境』の言葉の意味なんて当時の私には理解出来なかったんだ。
だから、私は家を飛び出した。
「あの公園にはもう行くな」と言う両親の言葉を振りきって。
引っ越すなんて嫌だ!
れい君に会えなくなるなんて嫌だ!
そんな気持ちで私は一心に走り続けた。
れい君との思い出が詰まったあの公園が近づいてくると私の胸は温かくなった。
れい君は私と会ったらびっくりするかな?
もしかしたら私だって気づかないかも。
今日はれい君とどんな楽しい事をしよう。
どんなお話をしよう。
れい君は本当の私を好きになってくれるかな......?
そんな思いを抱えて私は公園に到着する。
やっとれい君に会える......!
だけど......
「......え?」
そこはもう私の知っている公園ではなかった。
私とれい君が落ちてしまった遊具は勿論、他の遊具や彼と過ごしたあのベンチですら無くなってしまってしまっている。
「............何で? 何で?」
そう。
私とれい君が落ちて怪我をしてしまった件が問題視され公園の遊具は全て撤去されてしまったのだ。
でも、幼い私はそんな事に気がつくはずもなく......
「なくなっちゃったっ......! 全部! 全部......!」
大きな声を上げて悲しんだ。自分の居場所がなくなってしまった。大切なものが奪われてしまったと。
それに......
「......れいくんがいない」
彼がいないのだ。
「れいくん、どこ? どこにいるの!」
私は必死に彼を探し回る。
それなのに、どこを探しても私の大切な友達がいないのだ。
「れいくんとまた一緒に遊ぼうって約束したのに────あっ......」
そこで私は彼との約束を思い出す。
いつも笑顔で私を待っていてくれたれい君。
今度は私が彼を待つ番だと約束した。
怪我が治った彼を笑顔で出迎えて、いっぱいいっぱい遊ぶんだって。
なのに......
「約束したのは......いつ?」
彼と約束をしてから私は入院してしまった。
それは一日二日ではなく、何ヵ月も。
「れいくんは私をずっとここで......」
れい君はいつ退院した?
私はどれだけ彼を待たせてしまった?
この何もない空間で幼い彼はどれだけ私を待っていたのだろう。
思い出がいっぱい詰まった遊具がどんどんと撤去されていく姿を見て彼は何を思ったのだろう。
「私はれいくんとの約束を......破った?」
大切な居場所を私の所為で奪われて、大切な約束だって私に破られて、彼はここで何日も何日も......
「ごめんなさい......」
こんな場所に彼がいないのは当たり前。
だって私がれい君だったらきっとこんな地獄には耐えられない。
「ごめんなさい......」
れい君に怪我をさせて、れい君の大切な場所を奪って。
私はそんな自分が許せなかった。
なにより......
「約束────守れなくてごめんなさい......」
彼を裏切ってしまった自分が許せなかった。
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