第19話 私は変われたの




 放課後の教室。

 俺は今日も今日とて少女の声に耳を傾ける。


 最初はどきどきはらはらしていた寝たふりも今ではもうすっかりと慣れてしまった。


 今日はどんな話を聞かせてくれるんだろう。

 どんな発見があるのだろうと楽しみにしている自分がそこいた。


 そして過去の事についても──

 

 いつもはほとんど話してくれないが、何となく今日は話してくれそうな......


 そんな甘い期待を抱かざるを得ないのだ。


「自分でもびっくりして......れい君もびっくりしたよね?」


 小鳥遊さんが話すそれは、今日にあった白井との一件についての事だろう。


「きっと前の私だったらあんなに強く言い返せなかった──でも、あの時は違ってね」


 俺も以前の小鳥遊さんだったらとは思う。

 勿論、前の小鳥遊さんも上手く対応したようには見えたが。


「れい君と話すようになったからかな」


 小鳥遊さんは俺の頭をゆっくりと撫でる。


 今の俺が小鳥遊さんに影響を受けたように、きっと俺も少なからず小鳥遊さんに影響を与えていたのだ。


 それが良いことか悪いことか。

 少なくとも俺にとっては良い事であったと思う。


「私はね、人と仲良くなる資格なんてないと思ってた」


 あぁ、何故小鳥遊さんはこんなにも罪悪感を感じているんだろう。

 小鳥遊さんは自身をまるで罪を犯した者のように語るのだ。


 この理由は俺には分からない。

 だけど、何となく彼女が人付き合いを避けて──人に対して緊張してしまう事に繋がっているのではないかと推測できる。


 もしこの場で小鳥遊さんに声を掛けてあげられるなら、俺はそんな事はないと言ってあげたい。


 だけど、今はそれができない。


「また裏切って、守れなくて──こんなに苦しい思いをするならって思ってた」


 きっと彼女は何かを守れなかったんだ。

 それが誰に対して──何に対してなのかは分からない。


「でもれい君と再会して、仲良くなって、また人と関わって良いんだって自信が持てた」


 再会......か......。


 どうして俺は思い出せないんだ。

 出来損ないの自分の頭が酷く憎らしい。

 もし俺が覚えていたら、もし思い出すことが出来たなら、俺は彼女の痛みを分かってあげられるのだろうか。


「私が変われたのはれい君のお陰なんだよ?」


 俺の気持ちとは裏腹に嬉しそうに話す小鳥遊さん。


 あぁ、勿論過去も大事だ。だけど、一番大切なのは今なんだ。


 だから、小鳥遊さんがそう言ってくれるなら、彼女が変わろうとしている助けになっているなら、俺はきっと間違っていなかった。

 今はそう思うしかない。



「それにれい君は曲を作ってるって教えてくれたよね」


 これも俺にとって気になる話だ。

 流石に俺の前で悪いようには言わないだろうが、小鳥遊さんがどう思ったのか興味がある。


「れい君の曲、凄く綺麗だった。リアとは違うけど優しくて──私は好き」


 あぁ、良かった。

 最初に思ったのはそれだった。


 ここで否定なんてされていたら、俺はおそらく泣いていた。ここで泣くとまずいので、家に帰ってからだけど。

 まぁ、その覚悟を持って小鳥遊さんに伝えたのだが、それとこれとは別である。


「それに、私に教えてくれた事が凄い嬉しくて──」


 そこで、小鳥遊さんは一呼吸置く。

 俺を撫でている手も止めて──


「──この曲があれば待っていられる」


 ......待っていられる?


「ううん、きっと私にとっては贅沢なくらい」


 小鳥遊さんは何を思ってその事を言ったのか。

 彼女の間の取り方や声色から察するに多分今の言葉には感情が込められていた。


 そうなると、それはどこで?

 いつ? 誰を小鳥遊さんは待っているんだ?


 過去の話といい、次から次へと出てくる『何で?』に俺の脳のリソースは限界を迎えていた。


 そう考えると俺は全然小鳥遊さんを知らないんだな......


 仲良くなった気でいたが、結局のところまだまだなのだろう。


「れい君。今日、私を頑張って守ってくれるって言ってくれたよね」


 あぁ、言った。

 それは震える小鳥遊さんを安心させようと思って吐いた言葉だった。


 だけど考えてみれば、かなりくさいセリフだよな......俺、何様なんだ?


 今になって自分の発言が急に恥ずかしくなってくる。

 ただ突き飛ばされただけのヘタレに言われても何の説得力もない言葉だしな。


 あ~、俺、彼氏でも何でもないのにそんな事言っちゃったのか......


 はぁ......流石にキモいよなぁ。調子乗ってるよなぁ。


 ダメだ。もういっその事本当に寝てしまおうか。


 そう思っていたのだが......


「嬉しかったよ」


 小鳥遊さんはそう言って、多分笑った。


 毎度の事だが何で俺の好感度がこんなに高いのか。

 前世で俺はどんだけ徳を──いや、きっと過去の俺が関係しているんだ。


「でも、その約束は守ってくれなくて大丈夫だよ。その言葉だけで私には十分嬉しかったから」


 言葉だけで十分......か。

 それは俺の能力の問題なのか──いや、きっと俺を気遣って言ってくれた言葉だろう。


 だけど、寝ている俺にそれを言うのも変だよな?


 それじゃあまるで......



「それにね......」



 俺じゃなくて、自分に言い聞かせているようで──



「──先に約束を守れなかったのは私の方だから」



 憂いに満ちた小鳥遊さんの声を俺は聞いた。


 守れなかった......?

 それは俺に対しての発言......だよな?


 その話が本当だとすれば以前に話していた俺に対する罪悪感の話と繋がってくる。


 それに、約束をしていた相手は俺ということになるだ。

 そして、俺との約束を小鳥遊さんが裏切った......?


 その罪悪感が小鳥遊さんの足枷となって、彼女を苦しめている......?


 その約束っていうのは......


「またね......」


 待ってまだ何も──



「......れい君」



──分かってないのに。


 小鳥遊さんは行ってしまった。

 大きな謎をまた一つ残して。


 過去の事を知れたのに全然嬉しくなくて──むしろ余計に息苦しくて。


 俺は何の約束を小鳥遊さんとしていたんだ?

 何でそんな大切な事を俺は......


「忘れているんだ......」


 小鳥遊さんは最後まで教えてはくれない。

 結局のところ俺が自分で思い出すしかないのだろうか。








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