第18話 君がいたから



 教室から出ていく白井の小さくなった背中見て俺は思う。


 あぁ、これが自業自得ってやつだなと。

 きっと今までのツケが回ってきたんだ。

 白井には悪いが正直気分が良い。


 これで自分の横暴な態度とアプローチの悪さを自覚してくれれば良いんだが......あいつにそこまで求めるのも酷かな。


 白井が出ていってからざわざわとしていた教室も少しずつ収まり、普段通りの姿へと戻っていった。


「小鳥遊さん、怪我はない?」


「私は大丈夫。れいじ君は何ともない?」


「俺は全然この通り」


 結構強めに突き飛ばされたが、まぁ、なんて事はない。


「そっか、良かった......」


 小鳥遊さんは安心した素振りを見せるも、まだ手は少し震えていた。


「小鳥遊さん、本当に大丈夫?」


「えぇ、その、自分がこんなに大きな声を出せるんだって驚いて......」


 小鳥遊さんは自分でもビックリしているようだった。

 きっと今まであんな声を出したことなかったんじゃないかな。


「その......ごめんなさい」


「いやいや、正直ズバッと言ってくれてスッキリした」


「......本当?」


「本当だよ。それに、俺が言い返さなかったのも原因だし、俺もごめん」


 事の発端は白井のウザ絡みが原因とはいえ、俺も無関係という訳ではない。


「そんな......れいじ君は何も」


「いやいや、俺にも責任あるよ」


 俺が白井にもっと反発していれば白井の行動も変わっただろうし、何より小鳥遊さんは俺のためにも怒ってくれたのだ。


 だから小鳥遊さんが謝る必要なんてないし──というか白井が全部悪いので気にする必要なんて皆無だ。


「でも......」


「それに、今度白井が絡んできても俺が小鳥遊さんを守れるように頑張るからさ」


「それって......」


「だから......許してくれるかな?」


 小鳥遊さんは恥ずかしそうにうつむき、こくりと頷いた。

 そして、囁くような声で


「......ありがとう」


 と呟いた。




 ◆◆◆




 午前の授業を終え、俺は昼寝で固まった身体をほぐすように伸びをする。


 身体も脳もまだ寝ぼけているが、今日の白井と小鳥遊さんの出来事は鮮明に頭に残っていた。


 白井に対する小鳥遊さんの怒った表情。

 あのキリッとした顔はどうやら忘れられそうにない。


 美人が怒ると迫力あるんだなぁ......

 俺はそんな感想を抱いていた。


 まぁ、怒り慣れてない感は満載だったので、そうそう見られるものでもないだろう。


 それに彼女だって変わり始めている。


 俺は小鳥遊さんと話すようになる前は彼女の事をクールでミステリアスな完璧美人だと思っていた。

 だけど今は、笑ったり、恥ずかしがったり、喜んだり、怒ったり。そんな当たり前の表情を見せる普通の女の子なのだと認識を改めている。


 それと、やっぱり俺はクールな表情よりも笑っている彼女の方が何倍も魅力的だと思うのだ。

 だから、彼女の笑みが増えるようにこれからも仲良くしていきたいという気持ちに変わりはない。


 そんな思考の最中、ぼんやりと前を見ていると、こちらに振り返った楽人と目が合う。


「お目覚めかな、玲二」


「あ~、よく寝た」


「調子はどうよ?」


「まぁ、変わらずって感じかな」


「そっか~、俺は玲二と話せる時間が少なくなって寂しいなぁ」


 わざとらしく泣き真似をする楽人。

 その姿は何とも芝居がかって見える。


「本当に寂しいと思ってる?」


「半分本当で、半分嘘かな」


 笑って楽人はそんな冗談を吐いた。


「それで、小鳥遊さんとは仲良くなれた?」


「まぁ、最初に比べれば仲良くなったよ」


「結構お弁当とか一緒に食べてるもんな」


「そそ」


 小鳥遊さんと二人でお弁当なんて無理だと思っていたが、今では背中を押してもらって良かったと思っている。



「じゃあもう女の人は怖くないのか......?」



 ふと呟いた問い。

 今までとは違い真剣な表情の楽人。

 それだけ楽人はこの話題について真面目に考えてくれているのだろう。


「怖いよ。でも性別とか関係なく、一人の人として向き合うことが大切だって思うようになったからさ」

 

「......そっか」


「うん」


 そう。

 別に女性だから、男性だからと身構える必要はない。

 その人の性別がどうであれ、世の中には良い人も悪い人もいる。

 だから、俺は人として好ましいと思える人と仲良くなりたい。

 それに気づくことができたのは小鳥遊さんのお陰でもあり、元を辿れば──


「そう思えたのも楽人のお陰だよ」


「俺の?」


「そう。楽人が一人でいる俺に声をかけてくれて、友達になってくれたから。それから人と関わろうって思えるようになったからさ」


「......そっか」


 中等部ではずっと一人。それは高等部になっても変わらないって思っていた。だけど、あの時、声を掛けてくれた楽人に俺は少しずつ救われていった。


「ありがとな、楽人」


 だからこの言葉はびっくりするほど当たり前のように伝えられたんだ。


「俺は間違ってなかったんだな......」


「楽人......?」


「あ、いや、あの時、玲二に声かけて良かったなって思って。ただそれだけ」


「そっか」


「おう」


 本当に楽人がいてくれて良かったと思う。

 ただ楽人が助けて貰ってばかりで、たまに不安になる事もある。

 それは俺が楽人の重荷になっていないかということだ。


「俺はさ、楽人にいつも助けてもらってばっかりじゃん?」


「そうか?」


「そうそう。楽人は嫌になったりしてない?」


 俺の純粋な疑問。

 その問いに対して楽人は笑って答える。


「覚えてないかもしれないけど、俺はめちゃめちゃ玲二に助けられたんだぜ?」


「え、いつ? 本当に?」


「そうだぜヒーロー。だから、そんな事気にするなよ」


 全く身に覚えがないが、かといって否定も出来ない。

 もしかしたら、どこかで楽人を助けていた──のかもしれない。


「楽人がそう言うなら......」


「それに友達だからさ。迷惑なんてかけて当然だろ?」


「まぁ、限度はあるけどな」


「俺はどれだけ迷惑をかけて貰っても構わないぜ?」


 得意げに楽人はそう言った。


「じゃあ、誕プレに最新型のデバイスを買って欲し──」


「ところで玲二、デザイナーベビーブームの弊害で現代人のどの親からも両性が生まれてくる可能性がある事に関しての議論を──」


「あ! 話を逸らしたな?」


「何の事だ? それより玲二、俺たち友達だよな?」


「今それ言うのずるくない......!? 俺も大概だけどさぁ!」


 やっぱり楽人は俺の友達だった。


 









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