第17話 悪く言わないで
それから一週間ほどが経過した。
その中で俺は嫌なこと、そして嬉しかった事のどちらも経験した。
まず嫌なことだが、これは当然白井の事だ。
あの後も俺に対する白井の嫌がらせは続いた。
俺だけと言うよりはクラスの中で白井の気に入らないであろう何人かが、白井の横暴な態度に手を焼いているように感じる。
今日だってすれ違う時に「雑魚が」と呟き、わざと強めに肩をぶつけられたのだ。その時のニヤついた顔を思い出すだけで今もイライラする。
だが、言ってしまえばイライラするだけだ。
別に嫌がらせがエスカレートしているわけでは無いし、というよりも俺がいつ爆発するのか楽しんでいるような気さえする。
生憎と俺にその気はないので、早く興味を失ってくれる事を願うばかりだが。
「はぁ......」
まぁ、そんな嫌なことだけでもない。
その間に嬉しい──というよりかは面白い? 事があった。
それは小鳥遊さんとお昼を食べている時だ。
あの後、毎日ではないが俺は小鳥遊さんと一緒に昼食を取るようになった。
その中で多分、二回目の時だったと思うが、小鳥遊さんが前回の倍の量のお弁当箱を持ってきたのだ。
俺は驚きつつも、その中身に注目したのだが、小鳥遊さんが蓋をそっと開けてその中に見えたのは箱一面に敷き詰められただし巻き玉子だった。
俺は驚きのあまり開いた口が塞がらず、放心状態だったのだが、そんな中小鳥遊さんが
「間違えて作り過ぎたから良かったられいじ君も食べてくれない......?」
と言った時は思わず吹き出してしまうところだった。
その時の小鳥遊さんの真っ赤になった顔といったら、そのなんと言うか──とても良かったとだけ伝えておく。
そんなこんなで以前よりも仲良くなった訳だが、未だに過去の事については進展がない。
だけど、小鳥遊さんが寝たふりの時のような優しい語りを時折見せる事もあり、彼女も少しずつ変わってきたのだと実感出来る。
それは通常時と寝たふり時のギャップが少なくなったといった感じだろうか。
俺自身もここ最近で小鳥遊さんと仲良くなってきている──そう確信出来るほどの時間を過ごしていた。
そして、より仲良くなろうと考えた俺は小鳥遊さんに自分の秘密を伝えることにしたんだ。
「実は俺さ、全然有名じゃないんだけど、曲とか作っててさ」
「作曲って事?」
「そう。編曲とかもまぁ、下手くそだけど自分でやってて」
これを話したのは楽人に次いで二人目だ。
「......すごい」
「まぁ、全然素人なんだけどさ」
「......聴いてみたい」
これを話すということは当然この言葉も俺は予想していた。
勿論その事を分かってて小鳥遊さんに話したのだ。
「あ~、うん。一応曲の配信とかもしてて」
俺はデバイスを取り出し、曲を配信している自身のアカウントを開く。
「教えてくれるの?」
「ちょっと恥ずかしいけど、小鳥遊さんなら教えても良いかなって」
自分の作品を人に伝えるというのは物凄く勇気がいる。
それは称賛だけでなく、批難される事も覚悟しなければならないからだ。
当然、自分の曲を聴いてくれる人が増えるほど、称賛だけでなくマイナスなコメントも増えていった。
だけど、それでも続けているということはきっと音楽というものが好きなのだろう。
期待と不安を胸に俺が小鳥遊さんにデバイスの画面を見せようとした時、
「小鳥遊さ~ん」
俺と小鳥遊さんの間に割り込むように白井が声を掛けてきた。
「こんな雑魚何かと話してないでさ、今日の放課後とかどう?」
俺を強めに弾き飛ばし、白井は小鳥遊さんに話しかける。
なんと間が悪いことか。
「......行かない」
小鳥遊さんはこれを拒否。
困った眉。ややのけ反った姿勢。
心底嫌そうな顔で白井を見つめているのが分かる。
あぁ、白井を一刻も早く小鳥遊さんから遠ざけなければ。
「良いじゃん! こんな何の取り柄もないクソ陰キャなんてほっといて俺と──」
否定はしないがボロクソに言ってくれるじゃないか。
そんな白井は小鳥遊さんの様子に気がつかないまま彼女に手を伸ばす。
見ていられなかった俺が白井の手を掴もうとしたその時──
「やめてっ!」
小鳥遊さんが白井の手を強く叩いた。
「あっ......え?」
普段聞いたことのないような小鳥遊さんの大きな声。
教室に響いたパチーンという手を叩く音。
そして、予想外というような白井の表情。
その瞬間、騒がしかった教室が一瞬で静まり返る。
まるで時が止まってしまったかのように。
周りを見渡さなくても全員がこちらに視線を向けていることが分かった。
「私に触らないでっ」
「いや、俺は......こんな奴よりも......」
「れいじ君はあなたが言うような人なんかじゃない......!」
白井の発言すら許さない小鳥遊さんの覇気。
対する白井はいつもの威勢が全くなく何とも弱々しい。
そんな彼女に俺は驚いていた。
それは小鳥遊さんが初めて見せる怒ったような表情だったから。
「ただ俺は......小鳥遊さんに......」
「白井君と話すことなんて何もない。もう、私に話しかけないで」
「あ......俺......」
小鳥遊さんは白井をバッサリと突き放す。
白井は落ち着きがなく、酷く困った顔をしている。
白井からすれば今まで大人しかった女子にいきなり強く反発され、それをクラス全員に見られたのだ。
それも少しは好意を抱いていたであろう小鳥遊さんに。
きっとクラスの誰に言われるよりも小鳥遊さんに言われた方がダメージが大きい事は想像に難くない。
「......っ!」
自尊心の高い白井がこの状況に耐えられるはずがない。
白井は何かをぶつぶつと呟きながら教室から姿を消すしかなかったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます