第16話 手作りのお弁当
俺は小鳥遊さんの席の側まで来た。
厳密に言えば、今は小鳥遊さんの右斜め後ろの位置に立っている。
この位置からでも分かる綺麗な長い黒髪は艶やかで美しく、その隙間から覗かせる彼女の白い肌はより一層俺の緊張を高めた。
流石にこの位置で静止していると、怪しすぎるので、俺は小鳥遊さんに声を掛ける。
「あ~、小鳥遊さん......」
「れいじ君?」
「その......」
手汗がじわりと滲む。
小鳥遊さんの綺麗な瞳がこちらを一心に見つめていた。
ここまで来たんだ。今更引き返すことなんて出来ないよな。
「良かったら、一緒にお昼どう?」
俺は勇気を出して言葉を紡いだ。
そんな俺の誘いを受けて小鳥遊さんはピタリと動きを止めた。
そのまま数秒ほど沈黙が続く。
あれ、聞こえていなかったのだろうか?
俺は自分の声が届いていなかったのかと不安になり、再度声を掛けようとした時、
「......」
小鳥遊さんがこくりと頷いた。
「大丈夫? 嫌だったら別に──」
「......嫌じゃない」
「本当に......?」
小鳥遊さんは再度頷く。
かなり不安であったが、どうやら昼食の誘いは成功したようだった。
俺は小鳥遊さんの前の机を動かし、彼女と向かい合うように座る。
楽人以外とこうやって昼食を取ることはなかったので、何とも新鮮な気分だ。
小鳥遊さんの机を見ればお弁当箱が置かれていた。
「小鳥遊さんお弁当なんだ」
「えぇ」
「もしかして小鳥遊さんの手作り?」
「そんなに上手じゃないけど......」
小鳥遊さんは恥ずかしそうにお弁当箱の蓋を取る。
すると、丁寧に作られたであろう彩り豊かなお弁当が顔を覗かせた。
「めちゃめちゃ美味しそうじゃん!」
「そう?」
「うん。小鳥遊さん料理も出来るんだね」
成績優秀、容姿端麗に加えて料理も出来るとなるとまさに文句のつけようがない。
きっと小鳥遊さんは良いお嫁さんになるだろうな。
「れいじ君はパン?」
「あぁ、朝用意するのがめんどくさくてさ」
「そうなんだ」
「そうそう」
二人でそんな会話をしながら昼食を食べ始める。
小鳥遊さんの丁寧な食事の所作に関心しつつも、俺は菓子パンを胃に押し込む。
何とも不思議な感覚だが、あんまりじろじろ見るのも失礼な気がするので、俺は視線を机に向けて食べ進める。
すると、小鳥遊さんが箸を置きこちらに視線を合わせた。
「その......」
「ん?」
「良かったら──食べる?」
そして、自分のお弁当を俺の方に近づける。
「あ、いや、俺は......」
「ずっと見てたから、食べたいのかなって」
まずい。
小鳥遊さんを見ないように意識していたら、人のお弁当を凝視するヤバい奴だと思われてしまった。
「それは小鳥遊さんに申し訳ないし......」
「私は大丈夫」
「え?」
「私は気にしないから」
「いいの......?」
なんとなくで返事をしてしまった俺に、小鳥遊さんはゆっくりと頷いた。
そして、お弁当箱から箸で卵焼きを摘み、こちらの方に近づけてきた。
箸を持っていない左手は卵焼きが落ちても大丈夫なよう下に添えられており、すぐにでも卵焼きを受けとるべきだった。
しかし、俺は迷う。
だって、俺の口と肩の中間で固定されたそれは、まるで『あ~ん』をされているような高さだったからだ。
え、これそのままいっていいのか?
流石に手で受けとるか、菓子パンの袋の内側に置いて貰うのが正解だとは分かっている。
だけど、なんとなく普段とは違う小鳥遊さんの圧に当てられて、それが俺の判断を鈍らせたのだ。
俺は悩みに悩んだ結果、
「ごめん、ここに置いて貰ってもいい?」
と菓子パンの袋を指差した。
小鳥遊さんは数秒沈黙した後、卵焼きを菓子パンの袋の内側に置いた。
その時、小鳥遊さんが一瞬不服そうな表情を見せたのは多分気のせいだろう。
俺は気を取り直し、置かれた卵焼きを見る。
見てわかる層の厚さと綺麗な焼き目。これはきっと丁寧に作られたものであろう。
「......いただきます」
そう言って俺は小鳥遊さんの視線を感じながら卵焼きを口の中に放り込んだ。
「どう?」
「!」
それは卵焼き──というよりもだし巻き玉子だった。何層にも重なった卵の食感は心地よく、噛み締める度に、旨味溢れる出汁が口内を侵食する。舌に伝わる塩味は絶妙の一言でずっと口の中に入れていたいと思ってしまうほどだった。
それに小鳥遊さんの手作りという最高のスパイスが俺の神経細胞を刺激し、脳内に幸せの文字が浮かび上がる。
まぁ、どういう事かと言うと──
「めっちゃうまい!」
この一言だった。
「本当......?」
「今まで食べただし巻き玉子の中で一番上手い!」
「そう、良かった......」
小鳥遊さんは胸を撫で下ろす仕草を見せた。
きっとこれを食べられた俺は幸せ者なのだろう。
「それじゃあ、これも......」
すると、小鳥遊さんは続いて俺の菓子パン袋に別のおかずを置いた。
「いや、流石に......」
「そう? じゃあこっちの......」
これまた別のおかずを摘まんでは置いていく。
その迷いがない動作に俺は驚きを隠せない。
な、なんだこれは......
「いやいや、小鳥遊さんの分なくなっちゃうから!」
結局申し訳ないと言いつつも、俺はいくつかのおかずを小鳥遊さんから貰ってしまった。
そのどれもに
「あ、ありがとう」
俺がそう言うと小鳥遊さんは嬉しそうな顔をした。
それは頬笑みというよりも、満足そうな──してやったりという笑みだった。
そんな彼女に俺はこんな顔もするんだなぁという感情を抱く。
最近になって色々な表情を見せるようになったのもきっと俺の勘違いではなかったのだろう。
そんなこんなで満腹になった俺の昼食は終わりの時間を迎えていた。
俺は前の机を元の位置に戻し始める。
そんな中小鳥遊さんがふと呟く。
「毎日じゃなくてもいいから、また一緒にお昼食べてくれる......?」
あぁ、これは俺が先に言わなければいけない言葉だった。
俺の不甲斐ない性格には本当に溜め息が出る。
だけど、そう言ってくれたということは小鳥遊さんにとっても退屈な時間ではなかったということで......
だから、俺にとってそれは非常に喜ばしい言葉でもあったんだ。
「勿論──」
きっとこれからも小鳥遊さんは色々な表情を見せてくれるだろう。
そしていつかは俺と小鳥遊さんの過去について知れる日が来ると信じて。
「──また一緒に食べよっか」
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