第12話 グレビレアの花言葉
朝は最悪な気分だった。
だが、今はそれほどでもない。
それは憂鬱な気分と迫り来る眠気を午前中の睡眠で回復させることが出来たからだ。
授業中に寝てしまうのは良くない事だとは分かっている。
しかし、睡眠の奴隷たる俺は迫り来る睡魔には抗えなかった。
そして、俺は思う。
何故、居眠りはあんなにも気持ちが良いのだろうと。
もしかしたら、授業中に寝てはいけないという背徳感が幸せホルモンの分泌を促進させているのかもしれないな。
「実に興味深い......」
そんな事はさておき、眠気が覚めた俺は小鳥遊さんに昨日のお礼と、ついでにリアについて語らうべく、彼女の席に近づく。
小鳥遊さんはいつも通り凛とした姿勢で椅子に座っている。
その胡蝶蘭のような可憐さは天晴れの一言で、まさにクラスに咲く清純な花そのものだった。
そんな小鳥遊さんに対して、少し前だったら挨拶をするだけでも緊張したというのに、今は段々と慣れ始めていた。
それはきっと、小鳥遊さんといる時間が増えて、彼女の人柄に少し触れる事が出来たからだろうな。
「小鳥遊さん、昨日はオススメ教えてくれてありがとう」
「えぇ、その......聴いてみた?」
「勿論。全部聴かせてもらったよ」
「......どうだった?」
期待半分、不安半分。
小鳥遊さんはそんな様子で俺に感想を尋ねた。
俺は少し溜めを作り、やや大袈裟に自分の気持ちを言葉にする。
「めっっちゃ良かった! 昨日なんて何回も聴いちゃったよ」
あぁ、これは嘘じゃない。
本当にめっちゃくちゃ良かったのだ。
俺自身もリアの有名な曲は元々知っていたのだが、それ以外の曲もかなり良かった。
ジャンルや系統であまり触れてこなかったのを後悔したくらいである。
「......本当?」
「本当、本当。寝るのも忘れちゃうくらい」
まぁ、実際寝てないしな。
「......良かった」
小鳥遊さんは胸の前で手を重ね、ほっとしたような表情を見せる。
今思えば、人に自分のオススメを紹介するのはちょっと勇気がいるもんな。
もし、気に入らないと言われたらどうしようとか、自分の好きを否定されたらどうしようとか、俺はそういうのを結構気にする方だ。
その事を考えれば、オススメを教えて貰えたのは大変ありがたい事であって、やっぱり小鳥遊さんには感謝しないといけないな。
そういえば小鳥遊さんも昨日、新アルバムを買いに来ていたはすだ。
「小鳥遊さんは新アルバムの曲は聴いた?」
「えぇ、勿論」
「俺も聴いたんだけどさ、どれが一番好きだった?」
「どれも良かったけど、私は『
俺はその言葉に喜びを隠せない。
「本当!? 俺も『Grevillea』が一番良いと思ったんだよね」
「そうなの?」
「うん、イントロめっちゃカッコいいし、サビも最高だったし、ギターソロのところなんて──」
興奮のあまり言葉が次々と溢れてくる。
それは是非とも語り合いたいという気持ちが先行してしまったからだろう。
そこで俺はふと小鳥遊さんの顔を見て、気づく。
「あっ......」
小鳥遊さんが今まで見せたことがないような表情でキョトンとしている。
どうやら話に夢中になるあまり、1人で熱くなり過ぎてしまったようだ。
「ごめん、俺ばっか話しちゃって......」
「その......そんなに好きになってくれるなんて思わなかったから」
「ビックリしたよね......?」
「ううん、その......嬉しかった」
しかし、彼女の嬉々たる笑みを見れば、その言葉が嘘でないことが分かる。
俺は嫌われていないようで少しほっとした。
「れいじ君はリア以外にも何か聴くの?」
「俺は結構色々聴いてるよ」
「......そうなんだ」
「うん」
「その......良かったら、れいじ君が他に好きな曲も教えてほしい......リア以外でも」
かぼそい声で話す小鳥遊さん。
「ダメかな......?」
彼女は恥ずかしそうにうつむき、俺の顔を窺うように見上げる。
それはまるで上目遣いのようで──
その仕草に俺の心臓がどきりと高鳴った。
だけど、不安そうな彼女を見て俺はすぐに冷静さを取り戻す。
慣れたと思っていたのに、こんな調子では心臓がいくつあっても足りないな。
「全然大丈夫だよ、俺はリア以外だと──」
それから俺は小鳥遊さんと好きなアーティストや曲について色々と語りあった。
語らう中で少しずつ緊張もほぐれて、俺達はお互いに様々な表情を見せた。
それは時間を忘れてしまうほど楽しくて。
「──って思ったんだけど」
「そう? 私は──」
俺は今まで楽人以外の友人なんていなかったし、他人との接触を避けてきた。
きっと、自分が傷つくのが怖くて、相手を傷つけるのも怖かったんだと思う。
だけど、会話を通じて、自分を知ってもらって、小鳥遊さんの事も少しずつ知っていって。
こうやって少しずつ仲良くなっていく過程に、俺はこの上ない喜びを感じたんだ。
だから、もっと知りたい、話したいと思ってしまうのも自然な事であって──
「小鳥遊さんは分かるの?」
「きっと、グレビレアは──」
こういう時間がずっと続いていけば良いのにな。
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