第10話 CDショップにて


「小鳥遊さん......こんにちは」


 緊張で今も胸がバクバクしている俺は何とか小鳥遊さんに声をかける。


「......こんにちは」


 対する小鳥遊さんも挨拶を返し、こちらをじっと見つめている。


 どうしよう。

 まさかこんな所で小鳥遊さんに会うなんて考えてもなかった。

 小鳥遊さんに会えたこと自体は嫌ではなく、むしろ嬉しいはずなのだが、どうにも心の準備というものが出来ていない。


 それでもこのまま黙っているわけにもいかない訳で......


「あー......何だが外で会うのは珍しいね。小鳥遊さんはここよく来るの?」


「よくは来ないけどたまに」


 小鳥遊さんは普段通り、学校でみるような淡々とした話し方をしている。

 寝たふりしている間の優しい彼女の語りを知ってしまうと、何とも不思議な感覚だ。


 その小鳥遊さんの手には一つのアルバムが握られていた。

 よくよく見れば、それはリアの新しいアルバムだと分かった。


「小鳥遊さんはリアが好きなの?」


「えぇ、数ヶ月前からだけど」


「ヘぇ~、そうなんだ」


 そんな彼女に俺は初めて知ったような態度でうそぶく。


 あぁ、俺は何て白々しいんだろう。

 小鳥遊さんがリアを好きな事は知っているのに。

 だけど、ここで『小鳥遊さんはリアが好きだったよね』と言うわけにはいかないのだ。


「れいじ君は......何しにここへ?」


「俺も最近ちょっとリアにハマり始めてて。新アルバムでも買ってみようかなって」


「そうだったんだ」


 せっかく小鳥遊さんとこの場所で会えたんだ。

 どうせなら彼女の好きな曲──オススメのアルバム何かでも聞いてみるのがいいよな。


「うん。実は俺、まだリアの事詳しくなくてさ、小鳥遊さんのオススメとかってある?」


「......ある」


 小鳥遊さんはそう答え、リアのコーナーにある一つのアルバムに手を伸ばし、掴もうとして──躊躇う。

 その後、少し悩むような素振りを見せて、別のアルバムにも手を伸ばし、これまた手を引いて悩む。


 その小鳥遊さんの迷っている様子から、どうやら複数のオススメがあることが窺える。

 どうせなら一つだけじゃなく、小鳥遊さんのオススメを全部聞いてみるのもいいよな。


「良かったらオススメのやつ全部教えてよ」


「......いいの?」


「せっかくだから色々聞いてみたいしさ」


「それなら──これとこれ。いい曲が入ってるから」


 小鳥遊さんは先ほど悩んでいた二つのアルバムを手に取り、控えめにこちらに差し出す。

 俺は彼女から二つのアルバムを受け取りつつ、ついでに新アルバムも自分の手に取った。


「ありがとう聴いてみるよ」


「えぇ」


 何となくで寄ってみたCDショップだが、思わぬ収穫があった。

 小鳥遊さんにオススメしてもらったアルバムということは、それ即ち小鳥遊さんも気に入っているものという事だ。

 これを機に仲良くなれるかもしれないし、単純に小鳥遊さんの好みを知れたのは嬉しかった。


「助かったよ小鳥遊さん。それじゃ、また学校でね」


 そう言い残し、その場を立ち去ろうとした時──


「......待って」


 俺は小鳥遊さんの声に反応し足を止めた。


 小鳥遊さんは手元のアルバムをギュッと自分の方に引き寄せる。


「その、感想......」


「感想?」


「もし良かったら感想を聞かせてほしい......今度学校で......」


 少しうつむき、不安そうな声で呟く彼女。


 だけどそれは俺にとって願ってもない言葉だった。

 寧ろ、こっちの方からお願いしたかったくらいで──だから答えなんて決まっていた。


「勿論、俺も色々小鳥遊さんに教えてもらいたいしさ」


「......本当?」


「本当だよ」


「......そっか、楽しみにしてる」


 そう答えた小鳥遊さんの顔にもう不安の色はなく、どこか安心したような表情に見えた。


「うん。それじゃ、また明日ね、小鳥遊さん」


「また明日ね、れいじ君」


 今度こそ、俺は小鳥遊さんと別れの挨拶を済ます。


 振り返りざまに小鳥遊さんを見れば、こちらに向かって控えめに手を振っているのが分かった。

 だから、俺も小鳥遊さんに手を振り返そうと彼女の顔を見て......目を見開いた。



 小鳥遊さんが──笑っている。



 それはつい最近どこかで見た表情。

 だけど、決して多くは見れなかった特別なもの。

 そして、小鳥遊さんと関わろうとしたことで知れた大切な──


 そんな小鳥遊さんを見て俺はあることに気づいた。


 小鳥遊さんのクールでミステリアスな表情も素敵だ。寧ろ、そこが良いと言う人も多い。

 だけど、俺は笑っている小鳥遊さんが、寝たふりをしている時の優しい彼女が、時折見せる年相応の少女のような表情が、クールな彼女よりもきっと──



 「好きなんだろうな」




 


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