第8話 夢の中で
「ねぇ~! ──くん!」
ふと目に映ったのは、今はもうほとんど撤去されてしまったであろう遊具達。
俺の視点はやけに低く、それらは何故か見上げるほどに大きい。
その中央で俺に声をかける誰か。
「ここは......?」
どこか懐かしい景観。
そのセピア色の景色は温かく、このまま眠ってしまいそうなほど心地良い。
この場所は──やはり公園だろうか?
それに俺はなにをして......
そうだ。確か誰かと遊んでいて──
「──くん大丈夫? もしかして眠たいの?」
首を傾げ、こちらを不思議そうに覗く少年。
目の前の男の子は誰だ?
顔に靄がかかって良く見えない。
「君は誰?」
「何言ってるの──くん! いっつも───って呼んでくれるじゃん」
少年は少しむすっとして答える。
あぁ、そうだ。
彼は近所の公園で良く遊ぶ───で俺の友達だ。
何故忘れていたんだろう。毎日遊んでいたはずなのに。
「もう帰る時間だね......明日もここで待ってるから!」
「うん」
───がゆっくりと俺に近づいてくる。
綺麗な顔だな。
俺と違ってイケメンで。将来はきっと女子から騒がれる色男だ。
「約束だよ? それじゃ別れの............」
あぁ、そうだ。お別れの時にはいつも────
「──ふがっ!?」
「............れい君?」
至近距離に見えたのはこちらを覗く小鳥遊さんの端麗な顔立ち。
俺は瞼を反射的にシャットダウンさせる。
やべぇ!
「......にゃむにゃむ──スー......スー......」
「寝言?」
「スー......スー......」
数秒後に聞こえてきたのは、微かに分かる制服の擦れるぱたぱたという音。
そして音と共に鼻先を撫でるのは柔軟剤の香りを含んだ優しいそよ風。
きっとこれは小鳥遊さんが俺の顔の前で手を振って、俺が寝ているのか試しているのだろう。残念だが、その手には乗らない。
「スー......スー......」
「寝言......だよね? 起きてないよね?」
「......にゃむにゃむ」
「......うん。大丈夫」
俺は至って完璧な寝たふりを遂行する。
そんな俺には気づかず語りを再開する小鳥遊さん。一瞬、小鳥遊さんと目が合ったような気がしたが、どうやらセーフだったらしい。
ふぅ、危なかったな。
俺としたことがまた寝落ちしてしまったらしい。
今回は対策に対策を重ねたはずだが、それも失敗に終わったようだ。
寧ろ、羊を数えた事でいつもよりも深い睡眠を取れた気さえする。これは今後の睡眠に取り入れよう。寝不足を解消出来るかもしれない。
......今そんな事はどうでも良かったな。
俺は思考を切り替え、全神経を集中させ小鳥遊さんの話に耳を傾ける。
小鳥遊さんが俺に話しかける理由が何かあるはずなんだ。
「────ってね、びっくりしたんだよ?」
あぁ、小鳥遊さんは朝の一件について話している。
どうやら俺にいきなり挨拶されて、小鳥遊さんはびっくりしたらしい。
そりゃそうだ。
俺みたいなあんまり接点のない奴に話しかけられればびっくりするよな。
「でもね、凄く嬉しかったんだ。れい君と話せて」
嬉々とした小鳥遊さんの声。その気持ちの込もった声色に嘘は感じられない。
まさか嬉しかったと思われてるなんて意外だった。
凄いクールな対応だったし、俺はてっきり失敗だと思っていたのにな。
「一言だけだったけど、こんなに嬉しい気持ちになるなんて──可笑しくて笑っちゃうよね」
前から思っていたが、小鳥遊さんはこんなに優しい話し方をするんだな。
もしかしたらクールな小鳥遊さんは仮の姿で本当の彼女はこちらなのではないか?
そう考えても可笑しくはない。
それにしても、小鳥遊さんの中で何故こんなにも俺の好感度が高いのだろうか。
俺の事をあだ名でれい君呼びしているし、あんな陰キャ丸出しの挨拶を嬉しいと言うし、それにキスだって......
何か彼女と接点があればこの好感度にも納得が出来るのだが、生憎と俺にその心あたりが全く無いのだ。
それはもう謎に謎が重なり、俺の思考回路はショート寸前だった。
「それに、困ってる私を助けてくれて──もしかしたらって思っちゃって......」
そんな中、小鳥遊さんが俺の頭を撫で始める。
ドキリと高鳴る俺の鼓動を落ち着かせるように、一定のリズムで頭部を往来する小鳥遊さんの手。
気持ちが良いな。
その優しい感触と暖かさに酔いしれて、再び睡魔が俺を誘う。
願わくばずっとこのままで。
そう思ってしまうほどに彼女の温もりは心地よかった。
だけど、そんな俺の願いは虚しく、小鳥遊さんの手がピタリと止まった。
「────でも、れい君は私を許してくれないよね」
そこで小鳥遊さんの話が途切れる。
その瞬間、まるで時が止まってしまったかのように、教室から音が消えた。
許してくれないって──何の事だ?
俺は彼女に謝られるような事をされた覚えなどない。
それに初めて会ったのだって、このクラスに進級した数ヶ月前で、面と向かって言葉を交わしたのもつい最近の事だ。
もしかして誰かと俺を勘違いしている?
そう思ったが、その可能性は低そうだと結論付ける。
だって、俺の事をれい君と呼んでいるし、寝たふりの関係だって初めてじゃない。
じゃあ、どうして小鳥遊さんは俺に罪悪感を感じているんだ?
そんな思考に
椅子を引くガラガラという音。
どうやら今日の時間はもう終わりらしい。
「────またね、れい君......」
小鳥遊さんがそう呟いて、頬に触れた温かなそれ。
その行為は予想していたはずなのに、何故か俺の心臓はうるさかった。
だけど、俺は素直に喜べはしない。
だって、今日の小鳥遊さんはいつもと違うような気がして──
「............」
何で彼女はあんなに寂しそうな声でキスをしたんだろう。
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