第7話 勇気のお礼を



 俺は今少しだけ気分が良い。

 と言うのも、白井にうざ絡み去れていた小鳥遊さんを助ける事が出来たからだ。


 結果から言えば八割方、楽人のお陰なのだが、それでもちょっと良いところを見せられたという謎の自信が俺を高揚させた。


 小鳥遊さんは──黙ってこちらをじっと見つめている。


 この後、小鳥遊さんに気の効いた一言でも掛けられたら良かったのだろうが、生憎と俺にそんな勇気はない。


 小鳥遊さんに軽く会釈をし、自分の席に戻ろうとした時だった。


「まって......っ!」


 ふと、掛けられたら小鳥遊さんの声。


 自分の心臓がびくっと跳ねるのが分かった。

 振り向けば、小鳥遊さんの少し赤い顔が見える。

 小鳥遊さんは何かを言おうとして、躊躇っているような様子だった。


 顔が赤い小鳥遊さんなんて初めて見る。

 もしかして俺の行動は余計なお世話だった?

 考えてみれば、俺なんかが助けに入らなくても、小鳥遊さんなら上手く白井に対処できたのかもしれない。いや、今思えばその可能性の方が高いな。

 そもそも嫌がって見えたのも俺の主観で、本当は嫌がってなかったとか?

 そうだとすれば本当に余計なお世話だ。


 じゃあ俺の行動って──



「ありがとう────れい──じ君」



 しかし、俺の苦い予想とは裏腹に彼女の口から発せられたのはお礼の言葉だった。


「............!」


「ありがとう」ただそれだけの言葉だったが、俺にとってそれは深く心に響いた。

 軽率な行動だったかもしれないという迷いも、白井に殴られていたかもしれない恐怖も、その全てを吹き飛ばすほどに嬉しかった。


 だから、俺は今までの緊張が嘘みたいに彼女の瞳を真っ直ぐに見ることが出来て、自分でも笑ってしまうくらいすんなりと言葉が出た。


「どういたしまして、小鳥遊さん」


 小鳥遊さんは一瞬驚いたように瞳を大きく見開き、直ぐに表情を柔らかくして微笑んだ。


「────」


 それは笑顔という程ではない。

 だけど、優しい表情の彼女は妙な色気があって、いつものクールな表情よりも親しみやすく魅力的に思えた。


 何より、初めて見たはずの彼女の笑みはどこか懐かしく、見入ってしまうほどに綺麗だったんだ。



 ◆◆◆



 長年身についた習慣にはどうにも逆らえないというものだ。

 兎にも角にも俺の昼寝ルーティーンは変わらない。


 現在時刻は午後四時半を回ったところ。

 始めは騒がしかった教室もずいぶんと静かになった。


 腕を枕にしつつ、机に突っ伏せば心地の良い睡魔が俺を包み込む。これで昼寝の準備は完了だ。


 しかし、このまま寝てしまう訳にはいかない。

 今日という今日は完璧な寝たふりをして、小鳥遊さんが俺に話しかける理由を探らなければいけないのだ。


 前回同様に俺は寝たふりのスタンバイをする。

 だが、このままだと前回みたいに寝てしまう危険性がある。

 だから今回は対策を考えてきた。


 それは羊を数えることだ。


 これはネットの情報だが、かなり効果が期待できるらしい。

 何でも、かなり古くからあるおまじないのようなもので、昔の人達は当たり前のようにやっていたとか何とか。


 正直、羊という動物は見たことがないが、存在自体は知っていた。確か全身をもふもふの毛で覆われた哺乳類だったはずだ。

 それに何かのアニメのマスコットキャラクターになっていたのを覚えている。現代において、生息しているかは不明だが。


 とにかくこれで俺は完璧な寝たふりを遂行する事が出来るというものだ。

 俺は早速目を瞑り、羊を数え出す。


 羊が一匹......羊が二匹......羊が三匹......


 なるほど、確かにこれは良い。

 丸々とデフォルメされた可愛い羊達が俺の頭の中を駆けていく。

 おまじない程度に考えていたが、案外バカにも出来ないな。

 これならいくらでも待っていられそうだ。


 羊が四匹......羊が五匹......ひつ......じ......が......ひつ......


「スー......スー......」







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