第6話 勇気を出して



 憂鬱な午後の授業を耐え凌いだ俺は机に頬杖をついていた。

 ぼんやりとした視界に映るのは背筋をピンと伸ばした小鳥遊さんの佇まい。


 凛々しい目付きと綺麗なラインを描く横顔は美しく、もうそれだけで絵になるというものだ。

 美人あっぱれ。ビバ美人。


 それはそれとしてどうすれば彼女と仲良くなれるのだろうか。

 只でさえ、女性には話しかけ辛いのにこんな事では埒が明かない。


 本当、自分の不甲斐なさには涙が出るな。


 本日もう何度目かも分からない溜め息を吐きつつ、何か良い手はないかと考えていた時だ。


「小鳥遊さん今暇ー?」


 そこへ突如として現れたクソ野郎こと白井が小鳥遊さんに声をかけた。


「暇じゃない」


「それでさー。今日の放課後俺と遊びに行かない?」


「行かない」


「そんな事言わずにさぁー。行こうよ~」


 正直カチンときた。

 一つは小鳥遊さんの事を考えずに馴れ馴れしく話す白井の態度について。

 もう一つは気軽に話しかけられる白井を一瞬でも羨ましいなんて考えた自分に。


 まぁ、コミュニケーション能力の低い俺であってもさすがにあの絡み方が正解だとは思わない。

 それは小鳥遊さんの身体がのけ反り、嫌そうな顔をしている事からも分かる。

 そんな小鳥遊さんに白井は気がつく事もなく、言動はエスカレートしていった。


「良いじゃん、良いじゃん、俺良い所知ってるからさー」


「......やめて」


「俺と遊べるなんてさー、結構ついてると思うんだけど」


 白井が嫌がる小鳥遊さんの肩に手をかけた。

 小鳥遊さんは嫌がりながらも、その手を押し返せない。


 何だあの彼氏面は。

 先日フラれておきながらまだ懲りてないのか。

 あまつさえ、嫌がっている小鳥遊さんの肩を掴んでいるクソ野郎。

 ニヤニヤベタベタしやがって、本当に自分本意な奴だな。小鳥遊さんの事なんて全然見てないじゃないか。


 もう見ていられない。


 俺は席を立ち上がり、小鳥遊さんから白井を引き離すように間に入り、わざとらしくその場にしゃがんだ。


「お前、何?」


「え? ちょっと消しゴム落としちゃって、そこ、どいてくれる?」


「は? お前後ろの席だろ。て言うか、何で消しゴムとか持ってんの? そんな古風なもん授業で使わないだろ」


 確かにほとんどの授業は仮想空間で行うため、消しゴムなどの筆記用具と呼ばれる物を持っている方が珍しい。

 当然、俺も持ってはいないがそんな事はどうでもいい。


 イライラしている白井を無視して、俺は無いはずの消しゴムを探すフリをしつつ、白井をどんどん小鳥遊さんから遠ざけていく。


「お前、俺の事舐めてんの?」


「あれーおっかしいな。ここら辺に落としたと思ったんだけどな」


「てめぇ!」


 そんなふざけた態度に痺れを切らした白井が俺の胸ぐらを掴みあげる。


 すると、激昂した白井の顔がすぐ目の前にあった。

 振り上げられた白井の拳の血管が良く見える。

 俺とは違って鍛え上げられたその腕は太く、殴られれば無事ではすまない。


 気に入らなければ暴力か。

 金持ちの白井家なら学校のペナルティも金で解決できるだろうしな。


 まぁ、俺は白井を小鳥遊さんから遠ざける事が出来たし、ミッションは達成ってところか。


 あと俺に出来ることは軽傷になる事を祈りつつ、ダメージを押さえるために歯を食いしばる事だけだ。

 痛いだろうなと思いつつ、それでも俺は目は逸らさない。やり返しはしない。

 そんな時だった。


「悪い玲二! 俺の消しゴム拾ってくれたんだよな?」


「楽人......?」


 駆け足気味に現れた楽人が俺と白井の間に割って入る。


 白井は掴んでいた俺のシャツから手を放し、楽人に視線を向けた。


 そして、白井の死角を使って、楽人は俺の右手に何かを掴ませる。


「そうなのか? ガクト」


「あぁ、玲二拾ったもの見せてやれよ」


 俺は楽人の言う通り恐る恐る右手を開いて、白井に見せつける。

 すると、俺が掴んでいたのは紛れもない消しゴムそのものだった。


「本当かよ........」


「そういう訳だから。ありがとな玲二」


「お、おう」


 いつも以上に爽やかスマイルの楽人に毒気を抜かれる。

 白井も楽人の登場で落ち着いたのか、いつも通りの表情に戻った。


「それと白井。さっき山川がお前の事探してたぞ? 貸した金がどうとか何とか──」


 楽人の話を聞き、分かりやすく顔を青ざめさせる白井。


「あいつ、覚えてんのかよ......。山川に会ったら俺は帰ったと伝えてくれ。頼んだぞガクト」


「はいよ」


 そう言い残した白井は走って教室から去っていった。


 緊張の糸がほどけた俺は肺の中の空気を一気に放出する。

 慣れないことはするもんじゃないな。


「......ありがとな、楽人」


「何言ってんだよ。俺の消しゴムを拾ってくれたのはお前だろ? 助かったぜ玲二。それじゃ俺は帰るから──またな」


 わざと大きめの声でそう言い残し、楽人も教室から去っていった。

 俺のために周りの目まで気にして......


「............」


 楽人に助けられてしまったな。

 あのタイミングで楽人が来てくれなければきっと俺はボコボコにされていただろう。

 今思えば考えなしの軽率な行動だったのかもしれない。でも、後悔はしていない。


 例え、ボコボコにされていたとしても俺は白井を邪魔していたし、白井の行動を許さなかったはずだ。


 だから無事でいられたのはやっぱり楽人のお陰なのだろう。これは貸しひとつだな。

 俺はもう何度目か分からない貸しを数えつつ、唯一の親友に感謝するのだった。


 

 

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