第4話 夢じゃなかった
睡眠というものは実に素晴らしい。
朝はあんなに憂鬱な気分だったのに、気分スッキリで、もう放課後になっているのだから。
特に世界史の時間は群を抜いて素晴らしい。
担当教師の心地良い声を子守り歌に深い睡眠を堪能する事が出来る。
二倍圧縮された仮想世界でこれなのだ。
きっと彼の声には魔法が掛かっているのだろう。
と、そんなこんなで気分スッキリな俺であるが、今は訳あって寝たふりをしている。
寝たふりをしている理由は昨日の放課後にあった幻のような出来事を再確認するためである。
現実味が無さすぎて、ワンチャン夢である可能性もあるが、それも今日ではっきりさせる事が出来る。
帰りのホームルームから数十分。
人の気配も少なくなってきた。
後は、寝たふりを続けていれば良いわけだが、バレる訳にはいかない。
それはもう完璧な寝たふりを目指す必要があるのだ。
まずは身体全体の力を抜いていく。
そして、呼吸を腹式呼吸に変え、深くゆっくりと息を吐いていく。
この時、口を閉じるのではなく、少し開いてリアリティを追求する。
リラックスした状態で心臓の鼓動を感じながら、
ゆっくりと呼吸を........
呼吸を続け........て........
「スー........スー........」
◆◆◆
「──でね、やっぱり疲れてたんだなって」
「........ふがっ」
「........」
「........スー........スー........」
「起きてないよね........?」
「スー........スー........」
反射的に目を閉じた俺は、咄嗟の寝たふりに成功する。
緊張と焦りから一瞬頭が真っ白になったが、そのお陰で目は完全に覚めた。
どうやら寝たふりをするつもりがガチで寝てしまっていたらしい。
授業中に沢山睡眠をとった筈なのだが、油断していた。
いつ、いかなる時でも寝てしまえる自分が末恐ろしいな。
結果的に思い描いたシチュエーションになったので良しとするが。
そんな俺の寝たふりに気がつかない小鳥遊さんは続けて口を開いた。
「........それでね、ちょっと心配だったんだよ? 家でしっかり寝ているのかな~とか、頑張り過ぎてないかな~って 」
優しく語りかけてくる小鳥遊さんの言葉に胸の高鳴りを覚える。
あの美人でクールな小鳥遊さんが、自分に対して労りの言葉を掛けてくれている。
そう考えるだけでなんとも言えない幸福感があった。
しかし、同時に少し申し訳ない気持ちもある。
それは彼女の知られざる一面を寝たふりをする事で盗み見ている。そう言われても反論出来ないからだ。
「えらい、えらい」
暖かな手の平で優しく頭を撫でられる。
頭を撫でられるなんていつぶりだろう。
きっと初等部、それよりももっと前の話だ。
高等部になって頭を撫でられるなんて少し恥ずかしい話だが、その感触自体に不快感などはなく、むしろ心地よいと感じた。
「それじゃ、またね。れい君........」
静かな教室の自身にだけ聞こえた控えめな口づけ。
まるで、夢の中の出来事のような現実。
遠ざかって行く彼女の足音に気がつく事なく、俺は
何故、小鳥遊さんが自分に話しかけているのか。
何故、れい君と呼ばれているか。
何故、普段は話さず、寝たふりをしている時だけ話しかけてくるのか。
今は分からないが、その理由を知りたい。
小鳥遊さんと仲良くなりたい。
昨日、今日の出来事は、そう思わせるに十分な破壊力があった。
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