第2話 寝たふり男と黒髪美人



「それで、用件は終わり?」


「用件って......。あ~何て言うか、やっぱ今回の話はなかった的な?」


「........? 別に構わないけど」


「よっし、ノーカンな。ノーカンって事で。それじゃ」


 そう言い捨てた白井は駆け足で教室から走り去っていった。


 直接告白をして『ちょっとはやるな』と思っていたが、白井はやっぱり糞野郎だったらしい。

 小鳥遊さんにフラれた事が分かった瞬間に、告白自体を無かった事にしやがった。


 ノーカンって何だ。ノーカンって。

 自尊心の高さから、自分がフラれた事を咀嚼出来なかっただけだろうが。

 それともフラれるなんて考えて無かったのか?

 クラスの中心になったような気でいて、調子に乗っていた糞野郎にはちょうどいい報いだ。


「......」


 とそんな事を考えている内に、小鳥遊さんの足音が聞こえ始めた。

 後は、彼女が出ていった事を確認して、教室から出れば、任務は完璧なのだが......


 コツンコツンと足音がこちらに向かって来る。


 あれ? 小鳥遊さんの席って前の方だよな?

 ロッカーに忘れものでもあるのだろうか。


 そう思っていたが、俺の机の真横辺りで足音が止まる。

 それと同時にガラガラと隣の席の椅子を引く音が聞こえた。


「二人の時間邪魔されちゃったね」


 至近距離でそう呟いたのは確かに小鳥遊さんの声だった。

 それも今までに聞いた事のない優しい声で。


 小鳥遊さんと言えば、美人で完璧ながらも、どこか近寄りがたいクールな印象があった。

 先ほどの白井との会話もそうだが、淡々と声色を変える事なく話すのが基本で、こんな声聞いた事がない。


 もしかしたら、友人間や親しい間柄の人にはそういう一面も見せるかも知れないが、彼女が学校で友人と話している所を見たことがない。


 そもそも誰に対して言ったんだ?


 俺と小鳥遊さん以外にもこの教室にいるのか?

 しかし、先ほどの白井の告白の件もあり、それはないだろうと結論付ける。


 じゃあ誰に向かって......


「今日はもう遅いからまた明日ね。れい君......」


 彼女の甘い言葉が鼓膜を揺らしたかと思った瞬間、右頬の中央に柔らかいが触れた。

 それと同時にふんわりとシャンプーの香りが鼻腔を刺激し、絹糸のようなサラサラとした物が優しく右腕を撫でた。


 何をされて......というか、れい君って誰!?


 突然の事態に頭がパンクする。

 目を瞑っているため、何が起こったのか分からないのだ。


 そんな俺にはお構い無しに、小鳥遊さんの足音は遠ざかっていき、放課後の教室は静寂を取り戻した。


 俺はおもむろに起き上がり、教室を見渡す。


「誰もいない......」


 左隣を確認した後、教室を見渡せど、そこには誰も居なかった。


「って言うことは」


 今の発言は俺に対してと言うことになる。

 れい君って........高校に入ってそんなあだ名で呼ばれた事すらない。

 そもそも、小鳥遊さんとまともに話した事すらなかったのだ。


 それがどうして。

 何故こんな事になっているのか。

 思考を巡らせど、線上に伸びたそれはやがて環状を形どり、同じ場所をぐるぐると回っては完結せず。

 全く持って意味が分からなかった。


「それに........」


 ゆっくりと自分の右頬に触れる。

 温かくて、柔らかくて、少し湿り気を帯びた


 それが何であったのか。

 恋愛経験の少ない俺にも何となく想像がついた。


 窓から流れたきた風が、湿り気を帯びた頬を撫でる。

 柔らかい感触が残るその部分だけが、冷やりと玲二の心の揺らした。



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