第8話

「力を貸してほしいんだ」

 放課後、部活に向かうわずかな時間に、僕は岸川くんに声をかけた。岸川くんは特に驚きもせず、中庭に歩き出した。この時間、部活棟から離れたここは人通りがなくなる。中庭の真ん中には大きな枝垂桜がある。四月の桜の美しさは、得も言われぬほどだ。明治の開校以来、何度も校舎は建て替わったのに、この桜だけは根を張り続けているという。もうすっかり花は落ちて、輝かんばかりの若葉が芽吹いている。

「いいの? 時間、あまりないよね」

「掃除当番は遅れる」

「岸川くん、掃除当番じゃないよね」

「ああ」

 判然としないまま、中庭の端っこで立ちながら話した。加瀬くんが前世の相手とトラブルを抱えていること。安全な再会のために案を練っていること。あるいは再会しないで済む方法を探りたいこと。ただ約束を反故にするだけでは、相手にメディアという力がある以上、こちらが不利。相手が芸能人だから、一般人はそちらに惹かれてしまう可能性が高く、前世を持つひとで行動を起こしたいこと。

「つまり、僕は前世を思い出してる。まだ途中までだけど」

「津久」

 岸川くんの言葉を遮る。

「協力してくれるかな、岸川くん。二週間後の日曜日」

「ああ、部活は午前だけだ」

「ありがとう、ほんとに、心強いよ」

 こっちは岸川くんを入れて四人。純也とふたりじゃ少なすぎて案を練ることも難しかった。それに岸川くんは体が大きい分、抑止力になるはずだ。もちろん絶対にけがをさせられないから、もしもの時は一番に逃げてもらわないといけない。僕はなるべく要点を整理して岸川くんにもわかりやすいように事の経緯を説明した。だいたい終わりかけたところで、しびれを切らした大男が言う。

「俺は前世の話がしたい」

 来た。くるとは思っていたけどやはり来た。逃げられないことだと腹をくくって相談を持ち掛けたはずなのに、緊張する。

「その前に確認なんだけど、その、僕らの前世のことは、加瀬くんのこととは切り離して考えるって約束してほしい」

 我ながら図々しくて自分勝手な言い分だ。言っていて恥ずかしくなる。岸川くんは首をかしげる。

「津久の頼みを聞くのに、条件はない」

 つまり、なにがあっても僕の頼みなら聞くってこと? 言葉の意味を理解し、体が急に熱くなるのを感じた。かっこいい。頼もしい。なのになぜか悔しい。

「あ、加瀬ってあいつか」

 岸川くんは思い出したように頭をかき、それからうーんと唸った。なぜここでひっかかる? もしかして。

「加瀬くんには前世の相手がいる、って理解してる?」

「そうか。そうだな」

 大丈夫だろうか。だいぶいろいろと話したけど、内容、ちゃんと理解できてるんだろうか。

「なんでもいい。津久がそうしたいんなら」

 違うよね。急に少しむっとした。僕がそうしたいからじゃないよね。藤成がそうしたいから、きみはおとなしく従うんだよね。

「僕は、恋愛対象が女性なんだ」

 腹が立ったぶんだけ強い音が出た。岸川くんは「そうか」と言った。落ち着いた声だった。

「前世を思い出しても、それは変わらない。藤成もそうだった。でも藤成と正路くんは子供の頃からのきずながあったから、ああなった。僕らにはないよね。つまり、前世のことは確かに、間違いなく、僕らはそうだったわけだけど、それはつまり特殊な状況下だったからで、僕は今、前世と同じようには考えられない」

 岸川くんはしばらくじっと考え込み、それから首をかしげた。

「言ってる意味が、わからない」

 かなり勇気を出して言ったのに全然通じてない。ぼかした言い方すぎたか。岸川くん、いくらスポーツ推薦とはいえ一応試験に受かってこの学校に来たんだよね。普通科でもそこそこの偏差値なんだよ。数学の文章問題なら、同じパターンをいくつか解けばわかるようになるから、読解力がないってわけじゃないはずなんだけど。

「岸川くんは、前世を思い出す前は女性を好きになっていた? それとも男性? 男性でも僕は全然、いいと思う。岸川くんにどういう性的嗜好があっても、それを否定するつもりはないんだ。だから同じように僕の嗜好を尊重してほしい」

 わかった、と言うように岸川くんは頷いている。その一生懸命さが伝わる表情は正路くんぽくて、なんだろう胸がざわつく。

「岸川くんは今だって女子にすごくモテてるでしょ。甲子園にでたらもっとすごいよ。プロになったらもっともっとだよ。女子アナとか女優さんとか、僕らには想像もつかない恋愛ができるんだよ」

「俺たちが男同士だからダメだって言ってるのか?」

 だいぶ前からそう言ってるよね。さらに一段階イラっといしたけれど、数学の問題を前にする時のようにうーんと唸る岸川くんを見たら、かわいそうになってしまった。

「どうしてもわからん」

 岸川くんはきっぱりそう言った。僕が関西人なら「なんでやねん」とつっこむところだ。

「津久と出逢うために転生して、なんで女や男が絡むんだ?」

 水面に一葉落ちる波紋のように、その言葉で、僕の中になにかが広がった。僕が話した数々の言葉より、岸川くんの一言のほうが、圧倒的に真理だった。岸川くんは本当にわからなくて混乱した顔で僕に訴えている。心が震える。波紋がどんどん大きくなる。この波にのまれてしまいたいと思った。

「岸川くん、僕は藤成とは違う。あんな度胸はないし、軸のぶれない判断力もないし、即決即行動もできない。言いたいことをはっきり言うのは苦手だ。人望もない。あんなふうに、強くて、自分を犠牲にしてみんなのことを守ったり、きみのことを守ったり、できないんだ。前世を思い出すまで、僕は普通に女の子と結婚して普通に子供を育てて普通に癌かなにかで死ぬんだって思ってた。死ぬ時にはわざわざ思い出すほどの記憶はなくて、ここの桜でも思い出すんだろうって、その程度の人間なんだ。きみが逢いたいと思ってる藤成は、もうどこにもいないんだよ」

 僕のことは忘れてほしい。いろんなひとに期待され愛された藤成を、僕に求めないでほしい。惨めになりたくない。自分が無能だと思いたくない。目立たない通行人でいいんだ、映画のエンドロールに大量に流れる名前のひとつ。それなりに幸せを手に入れて生きていくから。

「やっぱり、わからん」

 岸川くんは思いつめた表情でぐっと体を縮めた。その分距離が縮まって、僕らはわずかに近づいた。もう一歩前に出たら岸川くんの体温が伝わってくるかもしれない。慣れ親しんだその温度に引き寄せられそうになる。

「生まれ、立場、親父とおふくろ、しがらみ、全部なしにして最初からやりなおしただけだ。俺には姉しかいないのに、小さい頃は兄を探して泣いた。今でもそれでからかわれる。思い出す前から野球が好きだ。記憶に残ってる最初のサンタのプレゼントはグローブだ。思い出した時には、そうだったのか、と思っただけだ。全部、なるほど。高校は東京のもっと設備がいいところに決まってた。けど思い出したから、相州流があるこの県にした。モメた。大変だった。正路ならもっとうまくやった。正路は俺より頭がいい。喋りもうまい。俺よりは、ひととうまくやれる。それに、どう言えば兄さんがコロリといくかわかってた」

 まじか。

「俺とは違う。俺はなんて言えば津久がコロリといくかわからん」

 いやいやいや。

「俺は最後の兄さんの言いつけを守った。兄さんが死んで十年以上、約束をひとりで守り抜いた。守れなかったことは、ある……がそれは時効」

 思わず噴き出してしまった。岸川くんがほっとしたのが伝わってくる。僕らの間にいつの間にか道ができて、いろんなものをやりとりしている。戸惑いとか、哀しさとか、やりきれなさとか。

「津久を見つけたのはここだった。覚えてるか?」

「え? 一年の時?」

「入学式」

 岸川くんが、青々とした枝垂桜を見上げる。

「体の中から湧き上がって破裂すると思った」

 心臓が、痛いほど脈打っている。手を伸ばせばふれられるのに、僕らはぎりぎりの距離を保つ。この空間の持つ意味が、僕ら両方に流れ込む。語り合うより多くのことがわかる気がした。

「前髪が長くて顔がわからなくて、でもはっきり感じた。やっと出逢えた。いつか必ず出逢うと思ってた、それでも怖かった」

 純也も、こなっちゃんに逢えるか不安がっていた。確かに、雲をつかむような話だ。不安にならないわけがない。こなっちゃんも、きっと、純也に逢いたくて、一縷の望みに賭けてあの展覧会に来たんだろう。まるでおとぎ話の実写版だ。王子様とお姫様が出逢えば、それでめでたしめでたしのはずなのに、現実はそこから問題が発生する。

「あっそうか、それだ」

 ん? 唐突になにを言い出した? 岸川くんを見ると、自分のアイデアに感嘆するように宙を見つめている。

「シロウと俺の違い」

「うん?」

「俺は、同じ学校で多分同じ学年だと思ったからその場でタックルしなかった」

 タックル。

「シロウは加瀬がどこの誰かわからない。この機会を逃したら二度と逢えないかもしれない、だからひとまず拉致しようとした」

「最低じゃん!」

「話し合えば理解し合えると思った。転生してるんだ、当たり前だ、お互い逢いたいはずだ。けど逃げるから、怖いだろ。人生が終わるのと同じだ。なにをするかわからない。だから、加瀬を隠すのがまずい。いつでも逢いたい時に逢えるようにすれば拉致の必要はない」

「それでストーカーになったらどうするんだよ!」

「兄さんの悪い癖だ。判断が早い。早すぎる。話し合うんだ。俺も、苦手だ。けどそれしか方法はない。シロウは頭がいい、加瀬を見つけるために歌手になった。根性と才能もある。逃げたら追いかけてくる」

「それは……確かにそうだけど、リスクが高すぎる。加瀬くんは海外の大学に進学するつもりなんだ、だからそれまで逃げきれば」

「わからん」

 岸川くんは大きくため息をついた。

「加瀬も、シロウに逢いたくて転生を繰り返したんだろう」

 逢いたくて……?

 僕らはみんな、逢いたくて、恋しくて、転生した、はずだ。正路くんも、僕も、純也も、こなっちゃんも。

「僕も加瀬くんも、現世を大切にしたいんだよ」

「転生したのには理由がある。それに気づかないふりをして逃げるから悪化した」

 転生した理由。僕はまだ、死んだ時のことを思い出していない。思い出したらわかるんだろうか。藤成は確かに正路くんを愛してた。けどそれは恋愛ではない。その証拠に、身を引いた。それが正路くんのためだと確信していたから。転生してまでもう一度始める理由。正路くんが大切だからこそ、そんな理由はないはずなのに。きっとなにか計算があるんだ。腹黒い藤成の、利己的な打算が。

「前世、現世もわからん。津久は兄さんと同じだ。頭が良くて、なんでもすぐ調べる、から、いろんなことを知ってる、手先が器用、あと、難しい言葉を使う」

 それは語彙が豊富って言うんだ。大丈夫なのか、正路くんは僕より頭がよかったのにどうなってるんだ。

「兄さんが全部教えてくれた。勉強も、試験の点の取り方も。教授に気に入られる方法。レポートの題材の選び方。兄さんのほうがずっと賢かった」

「そう……だっけ?」

「忘れたのか?」

 少しからかうような、嬉しそうな笑顔。ギュンと心臓が跳ね上がる。同じだ。僕はいつも正路くんが笑うたび、同じ感覚になった。

「俺の評価を上げるために、兄さんはわざとそこそこの成績を取っていた」

 記憶にはなかったけれど、藤成ならやりかねない。藤成にとって正路くんは本当に宝物だったんだ。なににも代えがたい、唯一だった。正路くんが認められ、誰からも愛され、成功することが自分の幸せだとまったく疑っていなかった。

「藤成はね、正路くんの邪魔にならないように家を出た。でも、本当は違う。正路くんの世界が広がって、いろんなひとと出逢って見識を広める中で、自分が見捨てられるのが怖かった。一番いいのは、それまで待つことだってわかってた。きみが僕に興味を失って、きっちり関係が終わってから去れば禍根を遺さない。でも耐えられなかったんだ」

 蘇ってくる。あの時の気持ち。あふれ出てくる。正路くんがきれいな女性と歓談するのを見た痛み。彼の誠実さ勤勉さが評価され人々の中心になっていく。忙しく働いて、僕を抱きしめない一日が生じ、そして増え、僕はその時間を黙って数える。あの眼が、あの手が、僕に向かわない日が来る。カウントが増える恐怖に僕は耐えられなかった。うまく手を離さなければ、迎え入れた時と同じだけ自然に。わかっているのにできないなんて、ありえないことだった。いつも必ずできた。どんな時も決断し、実行したんだ。なのに。

「失いたくなかった。僕にとって一番大切なものだったんだ。こんな未練を誘うような去り方をしてはいけない、わかっていたのに、できなかった。もう見たくなかった。きみは結婚して跡継ぎを作らなくちゃいけないんだ。耐えられない。きみのためにならなにを失ってもいい、だから、これだけは許してほしかった。僕を愛してくれるきみの記憶だけ抱いて生きていくことを」

 あふれた気持ちが涙になってこぼれた。僕は嬉しかったのだ。正路くんに愛されることが、嬉しくて、誇らしくて、この世に存在を許された気がして、だってそうだろう、僕はずっと子供の時から自分がなぜここにいるのかわからなかった。跡継ぎとして貰われたはずなのに役目は既になく、僕を脅かす存在の赤子はあまりにも美しく、なんのために生き、誰から求められるのか、どこにいても所在なく、不安で、悲しかった。正路を育て上げることだけが存在意義だった。なぜなら正路は美しく貴いから。それのそばにあれば、その光を受けて僕もましに見える。指に宝石を飾るのと同じ理由で、僕は正路を愛し育てた。僕自身にはなにひとつ期待は持てない。正路が素晴らしいものに成れば、僕の生にも意味ができる。ただそれだけだったのに。

「きみが僕を愛したから……っ」

 愛されることの喜びは底なし沼のような重力をもって僕を飲み込んだ。あまりにも甘美で、僕は生まれて初めて自分に生きることを許した。肌を重ね合わせることは初めてでもないというのに、心を重ね合わせる歓喜は正路が初めて与えてくれた。その歓喜をまとってこそ、肌を合わせる快感が跳ね上がることも知った。それは他のどの人間ともたどり着けない境地だとわかっていた。失うことはできなかった。どうしても。正路に粉々に砕かれる前に、僕はこの宝を抱いて、逃げるしかできなかった。

 大阪で二年過ごした頃、正路は僕を見つけ出した。下宿先に弟だと偽って、いや偽りというわけでもないのか、大家に取り入り部屋で僕を待っていた。その頃の僕にとって命より大切な宝は正路ではなく、正路との思い出だった。男ぶりがあがった正路に、僕は軽薄に声をかけ、とりあえず寝ておけばしこりなく追い返せるだろうとあたりを付けた。正路は相変わらず下手だった。相手がどうすれば感じるのか知らぬまま、見当違いに欲求を打ち付ける。こいつの嫁はかわいそうだと思った。気の強いモガなら導いてやれるだろうか。こんな筋ばったおもしろみのない男の体ではなく、やわらかな女体を抱けばすぐに僕を忘れるだろう。なにも知らない正路はかわいそうだ。僕がそうさせてしまった。まっさらな心に兄への依存心を植え込み育て、剪定さえせず、恋心にまでさせてしまった。そして今や僕の宝を打ち砕く怪物になり果てた。数日正路は僕の家に居座って飽かず僕を抱いた。もう僕らの関係は壊れていた。僕は変わらず正路を甘やかし、正路は僕に依存した。正路は明らかに間違いに気づいていた。しかし修正の方法を見つけられずにいる。どうにかしなければならない。お互いに、それだけはわかっていた。

 結末はあっけないものだった。外食に向かう途中、交通事故に合った。東京よりさらに荒い運転が多い大阪、整備不良の自動車も多く、事故は珍しいものではなかった。つっこんでくるライトを察知して僕は正路を突き飛ばした。金属がひしゃげる音を聞いた。そして同時に体が潰れる音。僕を抱きかかえ泣き叫ぶ正路。大変な失敗をしてしまったと思った。正路はこんな形の喪失を乗り越えられない。きっと僕の後を追う。もうそれほどまでに、僕らの間違いは入り組んだ迷路にはまり込んでいた。なんとかしないと。僕は、僕の宝は記憶ではなく、ここに生きて息をしている正路であることを思い出していた。手を伸ばした。正路の顔にべったりと血が付いた。喋ろうとして血が溢れた。取り乱す正路を必死につなぎとめる。血を吐き捨て、詰まりかける気管をひゅーひゅー鳴らしながら、かすれる声を出す。

「自死は  転生 できない 生を まっとう 」

 目の前は真っ白でもう見えない。正路の顔さえ見えない。いつも僕を抱く強い腕も感じられない。

「子、を つくっ… 派を 継い」

 どこにいるかわからない。求めて、手を動かすがなににもふれない。もしかして、僕は自分の体を動かせていないのだろうか。命が終わるのだ、そう思った。かまわない、これで死んでいいから、このひとことだけ遺させてくれ。

「次世で」

 遠くで咆哮が聞こえた気がした。仲間を呼ぶオオカミの声。あまりにもせつない。もしかしたら、死を悼んでいるのかもしれない。自分がどれほど悲しく、どれほど大切な相手を失ったか、世界に知らしめるような声だった。

「思い……出した」

 そうだ、僕が正路に強制した。もう一度生まれ変わってやり直すことを。

「僕が、きみを……」

 仏教の輪廻転生。父母がいるかもしれない東北ではなく、大阪を選んだのは、高野山だけでなく京都や奈良も近かったからだ。仏教について、いや正確には転生について知りたかった。生まれ変わって巡り合う方法が、どこかにあるのではないかという一縷の望みだった。もしもやりなおせるなら。こんなに醜く歪めた僕らの関係を、もう一度立て直せるなら。隠していたプライド、出せなかった怒り悲しみ喜びすべての感情、すべてを狂わせた愛情、きっともっと素晴らしいものを作ることができる。次こそ、もう一度。神様、お願いです、もう一度だけ。もう一度だけ、この素晴らしい魂を、こころから愛させてください。

「愛したくて……」

 覆いかぶさるように、岸川くんは僕を抱きしめた。白いワイシャツが重なる乾いた音、強すぎる腕の力、あふれかえる彼の匂い。なにひとつ取りこぼさないよう取り残されないよう僕も力を込めた。僕は声を漏らして泣き続けた。桜は枝垂れを風になびかせ、さわさわと柔らかな音を奏で続けた。転生を望んだのは正路ではなかった。僕だ。僕は、ただもう一度逢いたかったんだ。嘘も打算もなく、ただ心のままに、なににも縛られず、このひとに愛していると伝えたかった。そしてその望みは何十年もの時間を経て、今ここに叶えられた。温かい。記憶と同じ僕を包む身体。これ以上のものはない、この世界のどこにも。僕らは、ずっと、抱き合っていた。


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