第44話 プラチナへ

 翌朝、目覚めると身体が太ももと足の裏が石のように重かった。

 昨日の学園内全力ダッシュのせいだろう。


 なんとか身体を起こし、ストレッチを行いつつ、寮の部屋を見渡す。

 石を積み重ねてできた原始的な建物だ。灯りも自力で調達しなければ無いため、独房に入れられている気分になる。

 ちなみに、一人一部屋で俺の部屋の右隣と左隣にはそれぞれルフスとノーマンがいる。


 しかも、この部屋は俺のために用意された特別仕様だ。

 厳密にはアイアンクラスの生徒特別仕様である。


 ブロンズ、シルバー、ゴールドの生徒はもっと綺麗でちゃんとした寮に入っている。

 ちなみにプラチナの生徒が入る寮は豪邸だった。


 学園内の格差がひどすぎる。

 

 まあ、文句を言っても仕方ない。

 それに、俺はほぼ無料でここに住まわせてもらっている。ジョート家を飛び出してから数年間の洞穴生活に比べれば安心して寝れる場所があるだけありがたい。


 ストレッチを終えて、部屋を出るとタイミングよくルフスとノーマンも部屋から出てきた。


「おはよう!」

「おはようございます」


「おはよう」


 二人に挨拶を返し、そのまま三人で食堂に向かう。

 テーブルの上には既に朝食が準備されていた。


 パン一つと干し肉だ。


 席に着き、食への感謝を込めつつパンにかぶりつく。

 うん、固い。

 肉も固い。


「そういえば、二人ともは今日の予定は決めたのか?」


 なんとなく二人に問いかけると、二人は不思議そうに首を傾げた。


「予定? 学園だし、授業じゃないのか?」

「ええ、私もそのつもりでいましたが……」


 あ、そうか。

 俺は昨日エリスさんに教えてもらったから知っているけど、二人はアイアンクラスに授業が無いことを知らないのか。


 一瞬、二人に教えるかどうか迷った。

 教えればなぜ知っているのかと、確実に追及されるだろう。だが、エリスさんとの関係性は教えられない。


 まあ、教えてもいいか。

 俺にとってはこの世界での初めての友達ともいえる二人だ。それに、俺たちの担任のワッケン先生はかなりやる気がない。

 ちゃんとアイアンクラスの生徒が他クラスの授業に参加してもいいことを伝えてくれればいいが、伝えてくれない可能性だってある。


 俺がなぜ知ったかはたまたま上級生の会話を聞いたとか言ってごまかそう。


「実は、昨日の夕方に偶然聞いたんだけど――」



「――ってことなんだ」


 俺の話を聞くと、ルフスは目を輝かせていた。ノーマンは肉を食うことに必死であまり話を聞いていなかった。


「では、私でもゴールドクラスやプラチナクラスといったトップレベルの授業を受けられるということですか?」


「許可が出ればな」


「なるほど、それはとてもいい情報を聞きました。ありがとうございます」


 そう言うと、ルフスは胸ポケットからメモ帳のようなものを取り出し、仲を真剣に見始めた。


「なにみてんだ?」

「これは、師の教えです」


 ルフスの隣にいたノーマンが中身を覗き込むと、ルフスが静かに答えた。


「魔獣を制御できず、村で腫れ物扱い受けていた私に学園へ通う勧めてくれた師です。師に学園で学ぶべきことをいくつも教えてもらっているので、それを確かめているんです」


「へー。例えば、どんな教えがあるんだ?」


「ノーマンも師の教えが気になるのですか? 仕方ありませんね。では、教えてあげましょう!!」


 ノーマンの何気ない疑問によくぞ聞いてくれたと言わんばかりにルフスはその場に立ち上がる。

 そして、目を輝かせながら人差し指を天に向けて突き出した。


「一つ! 女と遊ぶべし!!」


 ん?


「一つ! 知恵を身に着けるべし!!」


 あ、ああ。よかった。まともだ。


「一つ! できるだけたくさんの女と関係を持つべし!!」


 んん?


「あと一つだけありますが、まあ以上ですね」


 以上かい!!

 その師匠大丈夫? 実はただの童貞とかだったりしない?


「師は学園とは伴侶を見つけるべき場所だと言っていました。『大人になってから女と出会えるなんて思うな。学園内ほど女と気軽に話せて親密になれる場所なんてない。マジで』とも言っていましたね」


 あ、あー。

 ちょっと理解できてしまった。

 前世で俺も少しだが社会人として働いた経験がある。確かに、思えば学校生活ほど多くの他人と深く関われる場所はない。

 とはいえ、いくらなんでも師の教えには個人の私怨が混じっているように思えてならない。


「ですので、私は女性の多いゴールドクラスの授業を受けたいと思います」


 拳を握りしめるルフス。

 とてもではないが、その師大丈夫? とは聞けそうにない。


「ああ、それと魔獣学ですね。実は、私は私に封印された魔獣のことを詳しく知りません。だからこそ、知りたいのです」


 自分に胸に手を当て、しみじみと呟くルフス。

 さっきとは違い、その言葉は正真正銘ルフス自身の願望のように思えた。


「いいじゃん。ノーマンはどうするんだ?」


「俺は筋トレだな! ぶっちゃけ、魔力がない俺には魔法や魔獣関連のことはあまりよくわからん! 俺は頭もよくないしな。対人戦とかの授業は受けるつもりだが、基本は筋トレだ。『筋肉は一日にしてならず』という言葉もあるしな!」


 二の腕の上腕二頭筋を笑顔で見せてくるノーマン。

 

 ノーマンはノーマンなりに自分のやるべきことというか方向性ははっきり決めているらしい。

 

 そうこうしている内に、始業の時間が近づいてきた。


「そろそろ行くか」

「だな!」

「ですね」


 三人で顔を見合わせてから、席を立つ。

 そして、急いで学園へと向かった。


 始業の時間になると昨日同様ワッケン先生がアイアンクラスに入ってきた。

 案の定、ワッケン先生は最低限の連絡事項だけ伝えると、特に何も言わずに教室を出ようとした。


 慌ててワッケン先生の前に立ち、プラチナクラスの授業を受けさせてもらえるようお願いする。

 俺に続いてルフスもワッケン先生に頼み込む。


「……ちっ。どこから嗅ぎつけたか知らねーが、気づかれたなら仕方ねーな。ほら、この紙に自分の名前書いて受けたい授業に行きやがれ」


 とても嫌そうな顔をしながらワッケン先生は俺とルフスに一枚の紙を差し出してきた。


「最初はその紙に名前書くだけでいい。まあ、万が一お前らが問題を起こせば次は必要な手続きも増えるけどな。精々俺とクラスメイトに迷惑かけないように頑張ってくれ」


 俺とルフス、ついでにノーマンが署名したことを確認すると、三枚の紙をもってワッケン先生は教室を後にした。


「なんか気になる言い方だったな」


「そうですか? 問題が起きればワッケン先生にもアイアンクラス全体にも多少迷惑がかかることは普通では?」


 ルフスはそういうが、俺としては引っかかる。

 それなら、ワッケン先生だけでいいのではないだろうか。わざわざクラスメイトと口に出す理由が分からない。


 まあ、考えすぎなだけか。


「普通だよな。まあ、問題なんて起こすつもりないしな」


「そうですよ! それより、早く教室へ行きましょう! 新しい出会いが今から楽しみですよ!!」


 そう言うとルフスは早速ゴールドクラス目指して駆け出して行ってしまった。

 ノーマンはノーマンで既に筋トレを始めている。


 じゃあ、俺も権力と欲望、そして未来の王国を背負う重要人物たちが集うプラチナクラスへ行くか。


 不安はでかい。ただ、ルフス同様これからの出来事にワクワクしている俺もいる。

 




 そう、ワクワクしてたんだよなぁ。


「ハハハ! アイアンらしく煤まみれのようないい色に染まったじゃないか」

「汚らわしい。先生からアイアンの生徒が来るかもしれないとは聞いていましたが、まさか本当にそんな愚か者が来るとは思いませんでしたねぇ」

「さっさと失せろ」


 プラチナクラスの扉を開けた瞬間、俺の顔面に黒い粉が叩きつけられた。

 おかげで俺の制服も体も真っ黒だ。


 そして、そんな俺を見て笑う奴や罵る奴がいる。

 

 ちょっと、性格悪すぎないか?


 とはいえ、中には俺に同情的な目を向けて来るものもいる。どうも、皆が皆俺を嫌悪しているわけではないらしい。


 さて、ここはどう反応するべきだろうか。


 迷っていると、タイミングよく目の前に選択肢が浮かび上がってきた。


《① 「へ、へへ……」と半笑いを浮かべながら見下してくる三人の少年の靴を全力で舐める》


《② 直ぐ後ろにいる少女に「助けてえええ」とスカートにしがみつきながら泣く。鼻水も垂らす》


 ねえ、プライドって知ってる?

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