第43話 交差する運命

「今日から、あなたには私の妹――ミリスを監視してもらうわ」


 エリスさんはヴァイオレットの瞳を俺に向けながらそう告げた。

 ミリス、というと第二王女のことだろう。


 エリスさんの妹と言っていたし、それは間違いない。ただ、なぜ俺が彼女を監視しなくてはいけないのだろうか。


「嫌です」


「そう。なら、あなたが私の下着を見たいと言った上に、本当に見てきた、とお父様にお伝えしないといけないわね」


 国王に!? なんて恐ろしいことを言うんだ!!


「それは勘弁してください!」


「なら、私の言うことを聞いてくれるわよね?」


 い、嫌だ。だが、断らなければ俺の将来は真っ暗だ。

 

《① その先に敗北と社会的な死しかないと分かっていても、戦わねばならないときがある。当たって砕けてやる!!》


《② 当たって砕けたくない。ここは大人しく従おう》


 ②です。

 当たって砕けたくないです。


 まあ、①の気持ちも分かるよ? でもさ、始まったばっかの学園生活をこんなところで終わらせたくないよ。


「分かりました」


「よかった。素直な子は嫌いじゃないわよ」


「俺は人を脅す女性は苦手です」


「なにか言ったかしら?」


「何でもありません!!」


 あ、危ない。

 急に黒い渦を出さないで欲しい。あの正体は分からないが、ヤバイということだけは分かる。


「ところで、監視って具体的にはどうすればいいんですか?」


 急いで話題を変えると、エリスさんは俺の前に一枚の紙を差し出した。

 

 えーっと、なになに。

 アイアンクラスの時間割表?

 へー、こんなのあるんだ。どれどれ? 明日からの俺たちの予定は……。


『 ①朝礼


  ②自習


  ③昼休み


  ④自習


  ⑤終礼 』


 授業ないじゃん! やったー! ってなるかい!


 なにこれ? 明らかに手抜きだよね?


「アイアンクラスには授業を受ける価値もないということですか?」


「さあ? 学園のことなんて知らないわ。でも、重要なのは一番下の注意書きよ」


 エリスさんに言われて、まだ見ていなかった紙の一番下に目を向ける。

 

『なお、アイアンクラスの生徒が希望し、尚且つアイアンクラスの担任と授業を担当する教師の許可が出た場合、希望する授業を見学または参加してもよいものとする』


 え、これってつまり許可が出れば俺たちは好きな授業を受けることが出来るってことか?

 す、すげえ! これなら寧ろアイアンクラスの方がいいじゃん!


「分かったでしょう? 色々な意味で、アイアンクラスは特別扱いなのよ」


「すげぇ。何の授業受けようかなー。やっぱり魔法系かなぁ」


「なにを言っているの? あなたの受ける授業は全て決まっているわよ」


 これからのことに思いをはせていると、エリスさんからツッコミが入る。


「いやいや、俺が受ける授業はこれから決めるんですよ」


「さっき言ったことをもう忘れたの?」


 と、呆れたような表情をエリスさんが受かべる。


 さっき言ったこと……?

 あ、もしかして第二王女を監視するって話か。

 え、じゃあ……。


「あなたはプラチナと同じ授業を受けてもらうに決まってるじゃない」


 い、嫌だああああ!!

 高貴な人ほど身分とか所作とか厳しそうじゃん! 下手なことして「打ち首ザーマス」されたらどうするんだよ。


「安心しなさい。ミリス優しいわよ」


 ”は”ってことは他はそうじゃないってことじゃん。

 まあ、優しい人が一人いるだけマシだと思うか。


「分かりました。第二王女の監視します」


「よろしい。それと、毎晩呼ぶからそこでミリスの様子を報告したもらうわ。ああ、あと言い忘れていたけれどあなたと私の関係については隠しておくこと。特に、ミリスには絶対に隠しなさい。いいわね?」


「あ」


「……まさか言ったの?」


「いや、その一人だけです! 一人だけにエリスさんの友達って言っちゃいました」


 俺の言葉を聞くと、エリスさんは舌打ちをしてから見せつけるように深いため息をつく。

 その仕草は心に来るからやめて欲しい。


「まあ、友達くらいならギリギリ問題ないわ。あなたが何者かに命を狙われる可能性が高まるくらいね」


「え? 俺がですか?」


「当たり前でしょ。あなたを人質にして私から何かを引き出せればラッキー。あるいは、あなたから何か私の情報を引き出せればラッキー。そんな気持ちであなたを狙う奴は必ず出て来るわ。特に、あなたのような貴族ですらない人ならなおさらよ」


 マジで?

 もしかして、あの時俺はキモがられること覚悟で「君の未来の義兄さんだ」って言うべきだったか?


「ち、ちなみにもしそうなったら俺のこと助けてくれたりとかって……」


「するわけないじゃない。あなたは私の下僕よ。使えなくなったなら切り捨てるわ」


「ですよねー」


 薄情とは言えない。

 俺とて仮にも貴族の家で育てられた経験がある。権力が大きくなるほど、面倒ごとが増えるということを少しは理解しているつもりだ。

 それこそ時には犠牲を許容しなければならない時だってある。


「でも、そうね。それであなたに消えてもらわれると私としても面倒なのよね。だから、自衛手段としてあなたに闇魔法を教えてあげるわ」


「本当ですか!?」


「ええ」


 これはラッキーだ。

 俺も闇魔法を扱うからこそ分かるが、闇魔法が引き寄せる性質を持っているからと言って、空間同士を引き寄せワープじみたことが出来る人なんて見たことも聞いたこともない。


 俺自身、そろそろ闇沼に変わる切り札の一つや二つを持っておきたかった。


「よろしくお願いします!」


「いい返事ね。なら、明日から毎晩ミリスの報告を終えた後に闇魔法について叩き込んであげるわ」


「ありがとうございます!!」


「じゃあ、また明日」


 そう言うとエリスさんはパチンと指を鳴らした。

 すると、俺の足元に黒い穴が現れた。


「え……えええええ!?」


 そして、気づいた時には俺は穴に落下し、いつの間にかアイアンクラスの小屋にいた。

 

「とんでもない人に絡まれてしまった……」


 薄暗い小屋の中でため息を漏らす。

 刺激的な学園生活を求めていなかったと言えば噓になるが、だからといって下僕になる学園生活なんて想像していない。

 

 気を取り直して、早く寮に帰ろう。

 疲れたし、ご飯を食べて今日は早めに休みたい。


《① アイアンだからと舐められないようにしよう。今から学園内を全力ダッシュして身体を鍛えよう》


《② アイアンだからと舐められないようにしよう。今から校内に残っている生徒全員に喧嘩を売ろう》


 ああああ!!

 休ませろおおお!!


 広大な学園内を全力で走り回った。

 走り終わり、寮に辿り着くころには既に日は沈んでおり、食事の時間も終わっていた。

 俺は泣いた。



***



「うわー、さっきの奇声あげて走ってた子って、噂の新入生かな? やばかったねー」


「ク……ナン……?」


「あれ? どうしたのミキ? もしかして知り合いだった?」


「いや、違うはずよ……」


「まあ、それはそうだよね。男爵家とはいえあのジョート家の四人の天才の一人がアイアンに所属する落ちこぼれと知り合いなわけないよねー」


「……ねえ」


「なに?」


「死んだ人が蘇ることってあるの?」


「は? なにバカなこと言ってんの?」

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