第42話 エリスの指令
「お前、バカだろ」
と俺の腕に包帯を巻きながらノーマンは呆れたように言う。
「やれやれ。私たちが先生に勝てる確率は五パーセント未満です。愚行と言わざるを得ませんね」
と今度はルフスが俺の脚に傷薬を塗りながら言う。
え、なんで? 最初に噛みついてたの君たちじゃん。
俺ら仲間だよね?
「気持ちは分かるけど、殴りかかろうなんざ思わねーよ。俺の筋肉は暴力のためにあるわけじゃねーからな」
「同感です。それに、不当な扱いなどこれまでにも幾度となく受けてきました。今更、学園での扱いが悪い程度のことで手は出しませんよ」
やべぇ。
こいつらより大人ぶってたけど、こいつらの方が俺より遥かに人生経験が上だ。
いや、まあそりゃそうか。
ノーマンは魔力なしってことで差別も受けてきただろうに、こうして筋肉という自分の武器を見つけてまっすぐ生きてる。
ルフスはルフスで魔獣を封印されたなんて、理不尽なこと押し付けられてるノイン、腐らずにその力と向き合おうとしてる。
あれ? この中で一番ガキなのって俺?
人生二回目なのに?
そうこうしている間に俺の手当てが終わったらしい。
「悪いな、二人ともありがとう」
「気にすんな。偶然とはいえ俺たちがここで出会ったのも何かの運命だろうよ。仲良くやろうぜ」
「ええ、ぜひ」
ノーマンとルフスが笑顔を浮かべながら手を差し出す。
おお……。最初はどうなるかと思ったけど、やっぱりこいつらとなら仲良くやれそうだ。
アイアンクラスである以上、大変なこともあるだろうけど、きっとこいつらとなら楽しい毎日を送れるはずだ。
「ああ。これからよろしくな」
三人で拳をぶつけ合う。
まるで青春の一ページだった。
この後はノーマンとルフスは用事があるということで、解散になった。
また明日の朝に二人には出会うことになるだろう。
さて、俺はこれからどうしようか。
早めに学園のすぐ横にある寮に帰ってもいいが……と、考え事をしていると胸に出来た星の痣が輝いたかと思えば、突然身体が宙に浮いた。
え、え? なんだこれ?
まさか敵襲か!?
状況が理解できず困惑している間に俺の身体はどんどん加速し、高度を上げていく。
そして学園の屋根も優に超える高さまで来たかと思えば、今度は何かに引き寄せられるように急降下し始めた。
「ひえええええ!! 誰か助けてええええ!!」
そんな俺の悲鳴もむなしく、俺の身体は学園の屋上に墜落した。
「あら、思ったよりも早かったわね」
屋上に大の字でうつぶせになっていると、どこかで聞いた声が頭上から降り注ぐ。
顔を上げると、やはり第一王女のエリスさんがいた。
「これは、あなたの仕業ですか……?」
「ええ。闇魔法には引き寄せる性質があるの。それを利用して、マーキングしたものを私が望むときに引き寄せることが出来るようにしたのよ」
「そ、そうですか……」
つまり、俺の胸についた星形の痣がマーキングという訳だ。
「ところで、いつまでも寝てないで立ってくれないかしら?」
「無茶言わないでください。誰のおかげでボロボロだと思ってるんですか?」
言外にあなたのせいですという思いを込めて、エリス様を見つめる。
その目に対してエリスさんは意外そうに何度か瞬きをしたあと、ニコリと微笑んだ。
「そう。なら、責任を取らないといけないわね」
そう言うと、エリスさんは手を広げ小さな黒い渦を生み出した。
え、なにそれ?
「私、実は痛みを消すいい方法を知ってるの」
まじで!?
そういえば闇魔法は引き寄せる性質があるって言ってたし、それを利用して俺が受けたダメージを吸収するとか?
それは凄いぞ!
「それはね、心を破壊することよ」
それ絶対にダメなやつうううう!!
「心が壊れた人って痛みを感じなくなるらしいの。私の闇魔法を使えば、あなたの心を破壊するなんて容易いわ。安心して、一瞬で終わるから」
俺のこれまでの人生を一瞬で終わらせないで!
この人マジでやばいって!
別の方面に凄いよ!
「ああー! なんか元気出てきたなあ! 身体ピンピンですわ!」
急いで飛び上がり、元気ということを証明するべくその場で動き回る。
すると、エリスさんは少しだけ残念そうに黒い渦を消した。
「実験できなかったのは残念だったけれど、元気が出たならよかったわ」
え、マジでやるつもりだったの?
嘘でも、冗談よって言ってよ……。
「さて、そろそろ本題に入りましょうか」
そう言うと、エリスさんは空間に黒い渦を生み出す。そして、俺の襟を引っ張りその中に飛び込んだ。
渦を抜けた先にあったのは、不思議な紋様が施された絨毯の上にベッドとテーブル、そして椅子だけがある簡素な部屋だった。
「とりあえず、先ずは紅茶を入れなさい」
「あ、はい」
部屋を見渡していると、エリスさんから命令される。
理不尽とはいえ、エリスさんは第一王女だ。逆らえばどんな目に遭わされるか分からない。
平気で人の心を壊そうとする人だし。
早速、紅茶をいれるべくポットを手に取る。
さすがは王女様というべきか、部屋の中には水道も通っているしポットを温める魔道具もあった。
美味しい紅茶の淹れ方はぶっちゃけ分からないが、茶葉に湯を注いで蒸らすことが重要だったはずだ。
打ち首にならないように、細心の注意を払わないとな。
茶葉に湯を注ぎ、蒸らす。
俺の予想ではこの蒸らす時間が大事だ。長すぎず、短すぎず、丁度いい時間でなくてはならない。
丁度いい時間ってなんだ?
ええい、もう分からん! 今だ!!
素早くカップを二つ用意し、茶葉が入らないように注意しながら紅茶を注ぐ。
そして、椅子に腰かけるエリスさんに差し出すようにテーブルの上に置いた。
《① まだだ。打ち首を確実に回避するために最後に愛情という名のトッピングを付けよう》
《② まだだ。打ち首を確実なものにするために最後に愛憎という名のトッピングを付けよう》
うん? 同じじゃ……ない!!
愛憎はやばい!
愛憎って多分あれだろ?
私はあなたを愛しているのに、あなたは振り向いてくれない。なら、いっそ一緒に死んで。
みたいなちょっとヤンデレチックな感情のことだろ?
愛憎をトッピングなんてしたら何入れるか分かったもんじゃない! 打ち首を回避どころじゃないだろ!
てか、よく見たら打ち首を確実なものにするためってあるじゃねーか!
確信犯なんかい!
即座に①を選ぶ。
そして、エリスさんに差し出したカップに手で作ったハートを向ける。
「美味しくなーれ、萌え萌えキュン! はい、俺の愛情たっぷり紅茶です」
「……」
エリスさんは軽く引いていた。
パンツを見せてくださいと言っても引かなかった女性が、だ。
「不味くはないわね」
紅茶を一口含むと、意外そうにエリスさんが呟く。
「まあ、愛情が入ってますからね」
「そ、そう」
定番の決めセリフなのだが、エリスさんにはあまり響かなかったらしい。残念だ。
それより、そろそろ本題が気になる。
まさか俺に紅茶を淹れて欲しかっただけ、なんてことはないだろうしな。
「ところで、本題というのは何のことですか?」
手にしていたカップを一度置き、エリスさんが俺を見つめる。
「今日からあなたには私の妹――ミリスを監視してもらうわ」
そして、静かにそう告げた。
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