第41話 ジャスティスパンチ
自己紹介が終わった後は入学式があった。
学園長と国王の話など色々な長い話を聞いている内に無事に終わった。
今はノーマンとルフスと共に俺たちのホームとも呼ぶべき小屋に帰っている途中だ。
だが、周りから「あれがカスのアイアンよ」「カスね」「カスじゃねえか」とひそひそとチクチク言葉を言われている。
「ったく、コソコソと話しやがって。筋肉の風上にも置けねー奴らだ」
と言うのはノーマンだ。
筋肉の風上ってなに? 脳が混乱するから意味不明な言葉を作らないで欲しい。
それより、俺が気になるのはルフスだ。
ストレスをためて魔獣が顔を出しやしないだろうか。
「ルフス、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。あの程度の悪口は慣れていますからね。データでも今日悪口を言われる可能性は八十パーセントとなっていました」
そのデータ、なんか悲しくないか?
まあ、なんにせよルフスが暴れないなら一安心だ。
ああいう陰口をたたく輩はいつの時代もどんな場所にも存在する。一々気にしていたらきりがない。
「てか、あの眼鏡、眼鏡のくせにアイアンかよ。眼鏡で勉強できないって……ぷぷっウケる」
突然、ルフスが足を止めた。
「ん? ルフス?」
「どうした?」
ノーマンと二人でルフスの方に視線を向ける。
そこで気付いたルフスの瞳がちょっと赤くなり始めている。
あ、ヤバイ。
「眼鏡で勉強できなくて、何が悪いんですかああああ!!」
ああ! ルフスが眼鏡外そうとしてる!
「おい、ノーマン! 止めるぞ!!」
「お、おう!」
慌ててルフスの右腕を俺が、左腕をノーマンが抑える。
「放してください! 全ての眼鏡のために、奴だけは、奴だけはここで消さないといけません!!」
「落ち着け! 気持ちは分かるがここで暴れるとまずい!」
「ルフス! 千の筋肉、泣かすべからずという言葉がある!! 冷静になれ!!」
ノーマンが必死に説得するが、ルフスは止まろうとしない。
てか、これはノーマンの説得方法に問題あるだろ。
「意味わからねぇ言葉で説得すんな! 絶対ルフスに何も伝わってないぞ!」
「なに!? 千の筋肉たちを暴力のために使い、泣かせてはいけないという意味だぜ? 知らねえ奴いるのかよ」
「お前以外知らねえよ!!」
「ヒャハハ! 皆殺しだアアア!!」
ああ、やばい! 遂にルフスの内に眠る魔獣が姿を出しやがった!
正気を失ったルフスが俺たちを振り払い眼鏡をバカにした男子学生に殴りかかる。
その瞬間、俺の目の前に選択肢が現れる。
《① 所詮はバケモノ。人間社会に溶け込むことなど不可能だったのだ。諦めて静観する》
《② 「効かないねぇ」と不敵な笑みを浮かべたいので、男を庇う》
マジで②は言いたいだけだろ!
てか、さっきから①はなんなの? なんでそんなにルフスに辛辣なの?
こんなん②に決まってんだろ!
「ひぃぃぃ!!」
ルフスの拳に男子学生が悲鳴を上げ頭を抱える。
だが、ルフスは止まることなくその拳を振り抜いた。
「うおおおお!!」
間に合ええええ!!
ルフスと男子学生の間に割って入る。だが、ルフスは突然足を止めた。
え? なんで?
「ホーリー・レイン!!」
「うぎゃあああ!!」
次の瞬間、光の雨が俺の頭上から降り注ぎ、その熱量に焼かれた俺の悲鳴が響き渡った。
な、なんで……?
「今だ! うおおお!!」
ルフスが足を止めた隙をつき、ノーマンがルフスに眼鏡をかける。
すると、ルフスは正気を取り戻したのか大人しくなった。
よかった。とりあえず、被害は……俺だけで済んだ……。
「ご、ごめんなさい!」
若干焦げた制服を身にまとい、仁王立ちしていると俺に光の雨を食らわせたであろう人物が人込みをかき分けやってくる。
「その、喧嘩を止めようと思っていたのですが、まさか被害が出るなんて……。申し訳ありません!」
俺に頭を下げるのはプラチナブロンドにライトグリーンの瞳が特徴的な美少女だった。
「ふっ……。効かないねぇ」
「えっ? あの、脚が震えてますけど……」
周りの「あいつ、無駄にかっこつけてね?」って視線が痛い
ルフスも大人しくなったし、さっさとここを立ち去ろう。
「効かないねぇ。だから、謝罪もいらない」
「あっ、せ、せめて名前だけでも!」
名前か。
まあ、名前くらいならいいか。美少女に名前を憶えてもらえるなんてそうないことだしな。
「俺はクナン――」
《① 君の未来の義兄さんだ☆(ウインク)》
《② エリスさんの
キモッッッ!!
初対面で君の未来の義兄さんはやばすぎだろ。
そもそもこの人の姉を知らないし。
これなら、②かぁ。
下僕って書いてあるけど、ともだちってルビ振ってあるし、まだマシだ。
でもなぁ、「第一王女と友達ですって!? 不敬ザーマス! 打ち首ザーマス!!」とならないだろうか? 不安だ。
まあ、打ち首まではいかないか。
精々、嫌がらせを受けるくらいだろう。
「――エリスさんの
ウインクをしてから、美少女に背を向けダッシュで駆ける。
これ以上、絡まれると面倒だ。
「えっ、姉さんの……? あっ! 待ってください!!」
背後から俺を呼び止める声がした気がしたが、気にせずに駆け抜けた。
***
小屋に戻った俺たち三人を待っていたのは、不機嫌なワッケン先生だった。
「お前ら遅いぞ。何してた?」
「すいません。ちょっと、色々ありまして……」
「揉め事か?」
「まあ、そんなところです」
ワッケン先生の目が鋭くなる。やはり先生だからか揉め事には敏感なのだろう。
「手は出してないだろうな?」
「もちろんです」
俺の言葉を聞くと、ワッケン先生は「なら、いい」と言った。
「一応、この学園内では身分の違いは関係ないと
「そんな筋肉の風上にも置けない奴ら、許せません!!」
割と先生の言うことは正論だと思うのだが、ノーマンは納得がいかないらしく、立ち上がって抗議する。
「気持ちは分かる。だが、大切なものを守るためには我慢も必要だ。不用意に権力者を怒らせた結果、大切なものを失ってきた奴を俺は何人も知ってる。後ろだてのないお前らは、この学園では正真正銘最底辺だ。諦めろ」
「先生は私たちに権力に屈しろと言うのですか?」
今度はルフスも立ち上がる。
その二人を俺は手で制した。
「落ち着け、二人とも。ワッケン先生は俺たちの敵じゃない」
「そうなのか?」
「ああ。これから俺たちが力をつけ、後ろだてを得ることが出来れば不当な扱いにも抵抗できる。そういうことをワッケン先生は言いたかったんだ。ですよね?」
聞かなくても分かっているが、念のため確認しておく。
すると、ワッケン先生はフッと笑みを浮かべた。
やっぱり俺の予想通りだ。ふっ、また天才ぶりを発揮してしまった――。
「いや、全然違うぞ。普通に大人しくしとけと言いたかっただけだ」
は?
「え、いや、だって笑いましたよね? よく分かってるじゃないかって雰囲気で笑ったじゃないですか!!」
「それは、「何言ってんだこいつ?」という嘲笑だな。常識的に考えてみろ。後ろだてがあろうがなかろうが、自分が受け持ってる生徒が問題を起こしたら面倒くさいだろ? 相手が権力者ならなおさらだ。だから、俺のために大人しくしとけ」
「じゃあ、俺たちがカスとかバカとか言われても黙ってろと言うんですか?」
「事実だろう?」
「なっ!?」
「魔力がないカス、魔獣を身に宿している上に、そいつがいつ暴走するかもわからない危険な奴、そんでバカ。バカはまだしも、ノーマンとルフスに至っては人じゃないと言うものもいるだろうよ。分かるか? お前らはアイアンになるだけの理由を持ってるんだよ」
こ、こいつうううう!!
気だるそうに見えるけど実はいい先生ってタイプだと思ってたけど、全然違うじゃねえか!
百歩譲って、俺がバカはいい。
だけど、自分の境遇を受け入れながらも己の目的のために必死に戦ってるノーマンとルフスを悪く言うことは許せん。
真面目に先生しろ!!
《① 許しておけぬ! 俺のジャスティスパンチが火を吹くぜ!!》
《② いや、待て。やつは王立学園の先生になるほどの男。俺が勝てるはずがない》
バカ野郎! 俺は勝つぞ!
「食らえ!! 正義の鉄拳!!」
拳を振りかぶり、ワッケン先生に飛び掛かる。
ワッケン先生は頭をガシガシとかきながらため息を漏らすと、俺に人差し指を向ける。
「ファイア」
ワッケン先生の人差し指が光ったと思えば、次の瞬間俺の全身は炎に包まれていた。
「あっちいいいい!?」
「「クナン!?」」
うおおおお!!
熱すぎる!
床を転がる俺に、ノーマンとルフスが慌てて制服の上着をぶつけ消火活動に励む。
俺の上着がすっかり燃えてしまった頃にようやく火は収まった。
「言っておくが、俺たち教師は生徒の暴走を止めるためであれば魔法の行使が許可されている。威勢がいい奴は嫌いじゃねーが、喧嘩売る相手は選ぶんだな。じゃあ、また明日」
そう言い残してワッケン先生は小屋を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます