第40話 アイアンの愉快な仲間たち
出鼻こそくじかれたが、それならそれでいい。
横に三つ並んでいる椅子の内で窓側の席に座って静かに待っていると、早速二人目がやってきた。
身長は俺より少し低いくらい。だが、シャツがはちきれんばかりの胸筋と制服の上からでも分かるほどの太い太ももをもった筋肉マンだった。
「おっす! 俺はノーマン。お前もアイアンの生徒か?」
「あ、はい。クナンです。よろしく」
「ああ! よろしくな」
ノーマンと名乗る筋肉マンが手を差し出してくる。
よかった。声はちょっとでかいけど悪い人ではなさそうだ。
こちらも手を開いて、握手に応じようとする。だが、ノーマンは何故か手をチョキの形にした。
「は……?」
「俺の勝ちだな! あーっはっはっは!!」
高笑いを上げながらノーマンは俺の身体をヒョイと持ち上げると、俺を横に置き、さっきまで俺が座っていた席についた。
な、なんだこいつぅぅぅ!!
やばい、俺はアイアンクラスを舐めていたのかもしれない。
こんな変な奴は見たことがない。
ちょっと距離を置こうと思い、今度は扉側の席に座る。
真ん中は嫌だ。
ふとノーマンの方に視線を向けると、ノーマンは何故かパンツ一枚になって陽の光に自分の筋肉を当てて笑っていた。
こわっ。筋肉すごっ。
もう見るのやめておこう。
もう一人、ルフスだったっけ? 男か女かは分からないけど、ルフスはいい人だといいんだけど……。
暫くすると、また扉が開き遂に三人目がやってきた。
身長は俺より少し高いくらい。青い瞳と理知的な表情、そして眼鏡が特徴的な男子だった。
「おはようございます」
とりあえず挨拶してみると、その少年は俺の方を見る。
「おはようございます。君もアイアンの生徒ですか?」
「クナンです。よろしく」
俺が自己紹介すると、少年は安心したように息を吐いた。
「私はルフスです。これからよろしくお願いします。クナンくん」
穏やかな笑みを浮かべるルフス。
おお、普通だ! 仲良くなれそうだ。是非とも友達になりたい。
挨拶を終えたところで、ルフスが教室を見回す。
そこで席が真ん中にしか空いていないことに気付き、固まった。
暫くフリーズしていたものの、直ぐに俺の方に寄ってきた。
「クナンくん、すいません。席を変わっていただけますか?」
「え、ごめん嫌だ」
「え……」
俺の返事がよほど衝撃だったのか、ルフスが固まる。
「バ、バカな。私のデータでは私が端の席になる確率は百パーセントだった。私のデータが崩れる、だと……」
そして、頭を抱えて呻きだした。
え、そんなにショックだった?
「ル、ルフス? 大丈夫か?」
「え、ええ……大丈夫です。あっ」
足を机に引っ掛けたのか、ルフスがよろめく。
その拍子にルフスの眼鏡が地面に落ちた。
「あああああ!!」
突如、ルフスが目を抑え叫び出す。
その目は血に染まったかのように赤くなっていた。
ええ、こわっ。
何が何だか分からず混乱していると、ルフスが更に叫び出す
「ニゲロオオオオ!!」
一際大きなルフスの悲鳴が響き割る。
そして、突然ルフスの身体がビクンと跳ねたかと思えばルフスは黙ってうつむいた。
え、なにこれ? ドッキリ?
「ル、ルフス?」
恐る恐るルフスに手を伸ばす。
次の瞬間、ルフスの脚が俺の腹に突き刺さった。
「なんでえええええ!?」
ルフスに蹴り飛ばされた身体は、木の壁を突き破り中庭の池に落下する。
慌てて身体を起こし、木の小屋に戻ると髪が逆立ち目つきも鋭くなったルフスが俺が座っていた席についていた。
「ヒャハハ! この席はオレのもんだァ!!」
な、なんだこいつぅぅぅ!!
これからの学園生活、不安しかなかった。
***
余りにも癖のあるクラスメイト二人と過ごすことが確定してしまった。
筋肉マンのノーマンに二重人格のルフス。
これからの生活が不安だ。結局席は俺が真ん中、窓際がノーマン、扉側がルフスになった。
ノーマンもルフスも満足気である。ちなみに、ルフスの姿は眼鏡をかけると元の理知的なものに戻った。
「よう、不良品のアイアンたち。今日からお前らの担任となるワッケンだ。よろしく」
教室にやってきた担任の先生が挨拶する。
髪はボサボサで無精ひげを生やした本当に先生か疑いたくなるような人だった。
「じゃあ、自己紹介をしてもらおうか。じゃあ、先ずはルフスだ」
「はい」
緊張した面持ちでルフスが立ち上がる。
「ルフスと申します。普段はなんともないのですが、極度のストレスに晒された状態で眼鏡が外れると、私の中に封印された魔獣が顔を出します。ですが、安心してください。既に魔獣を出さないためのデータはある程度揃っています。いずれ、私が奴を支配する日も近いでしょう」
嘘だろ? さっき、ちょっと席が予想と違ったからってだけで取り乱してたじゃねーか。
なにはともあれ、さっき俺を吹き飛ばしたのはルフス本人ではなく、ルフスの中に眠る魔獣だったらしい。
ルフス本人自体は穏やかで優しそうだ。ちょっと安心した。
「それと、クナンくん、先ほどは申し訳ありませんでした」
申し訳なさそうなルフスが俺の方を見つめる。
すると、俺の目の前に選択肢が現れた。
《① こ、こっちを見るなバケモノォ!!》
《② 気にすんな。俺たちはもう友達、だろ? (ウインク)》
ここで①は選べねぇだろ。
まあ、ぶっちゃけルフスに対する恐怖心が無いと言えば噓になる。でも、一階吹っ飛ばされたくらいで嫌いになっているなら、俺は今頃セレンさんを暗殺しにかかっているだろう。
「気にすんな。俺たちはもう友達、だろ?」
「と、友達……! ふっ、悪くない響きですね」
目を輝かせて俺を見つめるルフス。
よせやい。俺は大したことなんて言ってねえよ。
へへ、と鼻の下をとりあえずこすっておいた。
「じゃあ、次はノーマンだ」
「ああ!!」
ルフスが席に着き、今度はノーマンが立ち上がった。
「俺はノーマン! 生まれつき魔力を持ってないが、この通り筋肉がある! 筋肉はすげえぞ! 筋肉があれば常に元気! どんな勝負にも負けない! お前らも筋肉をつけるといいぞ!」
ノーマンはなんと魔力を持たないらしい。
この世界における魔力なしとは差別の対象だ。中には同じ人間じゃないと言うものさえいる。
それでも、ノーマンは筋肉を鍛えこの学園に入学した。そこに至るまでにとてつもない努力と苦難があったことは言葉にせずとも明らかだろう。
変な奴ではあるが、めちゃくちゃすげえ奴じゃねえか。
「よし、じゃあ最後はクナンだ」
「はい」
さて、自己紹介だ。
これはどうしたものだろうか。軽くふざけて笑いを取りに行くか、それとも無難に行くか。
正直、ノーマンもルフスもキャラが濃い。このままだと俺のキャラがかなり薄くなりそうだ。
いや、わざわざこいつらに合わせる必要はない。俺は敢えて平凡な常識キャラでいかせてもらおう。
《① ふっ。貴様らに名乗る名などない》
《② ヒャハハ! 蠟人形にしてやろうかァ!!》
せめて自己紹介をしろ。
相変わらずふざけた選択肢ばかり出してきやがって……。
大体、名前は既に先生が言ってんだよ。今更かっこつけても遅いの!
すると、新しい選択肢が表れた。
《③ 俺の名はクナン。エリス王女の下僕です☆》
確かに自己紹介だけど!
くっ、全部嫌だ。どうして普通の自己紹介をさせてくれないんだ。
俺はただ平凡に過ごせればそれで満足なのに……。
*
「ふっ。貴様らに名乗る名はない」
「「いや、さっき俺(僕)にクナンですって言ってただろ」」
二人から即座に鋭いツッコミが飛んできた。
なんだか仲良くなれる気がした。
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