第39話 カスも歩けば王女に出会う

 不名誉なことにカスのアイアン認定されてしまった俺は、学園の廊下を歩いていた。

 学園の中は複雑かつ荘厳な装飾がほどこされており、それはさながら前世でいうところのバロック様式の建築物のようにも見えた。


 それにしても、天井が高いし廊下は広くて長いしで凄い学園だ。

 周りを見渡しても明らかに高貴な雰囲気をまとった人とか美男美女があちこちにいる。

 今更なにをと思われるかもしれないが、異世界に来たという感じがする。


 ところで、道に迷った。

 一年のプラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズクラスの場所は直ぐに分かった。四つ並んでいた。

 アイアンクラスはブロンズクラスの横だと思ったのだが、ブロンズクラスの隣は廊下だった。


 え? アイアンクラスは?


 慌てて辺りを探し回った。一階だけじゃなく、二学年、三学年の教室がある二階三階も訪れた。

 結果的に分かったことはアイアンクラスは二階、三階にも無いということである。


 ひょっとすると、アイアンクラスなんてものはこの世に存在しなかったのかもしれない。

 うん、きっとそうだ。先生たちが間違えたんだ。

 そうと決まれば一階に降りてもう一度クラス分けの張り紙を確認しよう。


「やれやれ、カスのアイアンなんてありもしないものに踊らされるとは俺もまだまだ修行が足りないらしい」


「アイアンは存在するわよ」


 ため息を漏らしつつ、階段を降り始めて直ぐ誰かが僕に声をかける。

 慌てて振り返ると、俺と同じくらいの背丈の美少女が階段の上から俺を見下ろしていた。


 ヴァイオレットカラーのロングヘアに同じくヴァイオレットカラーの瞳。

 どことなく大人の色気を感じる美少女だった。


「こんにちは。クナンくん」


「あ、え、なんで俺の名前を?」


「あら、あなたたちは有名よ。一年生のクナン、ノーマン、ルフス。十年ぶりにアイアンクラスの扉を開けた不良品だってね」


 き、綺麗だ。

 セレンさんとはまた別ベクトルの年上の魅力を感じる。


 いやいや、そんなことよりなんだって?

 俺が不良品だって?


《① 「だ、誰が不良品だと!」と怒ってヴァイオレットさんに詰め寄り、段差に躓いたフリしてヴァイオレットさんの胸かスカートの中に飛び込む》


《② 怒ったフリしてしてセクハラなど、それこそ不良品のやることだ。男ならば正々堂々と「パンツ見せてください」と言う》


 俺は不良品だ……ッ!


 《ゲームシナリオ》が不良品と言いたいところだが、実行するのは俺。

 こんなクズ過ぎる行動をする奴が不良品ではないと誰が信じるだろうか。


 なんか、《ゲームシナリオ》くん最近出すぎじゃない?

 ウッキウキで人をおもちゃ代わりにしてくるじゃん。


「すいません! パンツ、見せてください!! 嫌だったら踏みつけてください!!」


 申し訳ないという気持ちを出すべく土下座して、頭を差し出す。

 煮るなり焼くなり好きにしてほしい。


 え、でも待てよ? 嫌だったら踏みつけてくださいって逆に変態っぽくないか?


 し、しまったああああ!


「あ、いや、その俺はマゾとか変態ではないんです! それだけは信じて――」


 顔を上げた俺の眼前に飛び込んできたのは黒い布と傷一つない綺麗な白い肌だった。


 え……あれは、なに……?


「ふふっ、もうおしまい」


 ヴァイオレットさん(仮)がそう言うと、黒い布と白い太ももはスカートの中に姿を隠す。

 ということは、やはりさっきのは……!


「下着を見せて欲しいと言われたのは生まれて初めてだわ」


「あ、はい。俺もです」


「自分から見せたのも初めてよ」


「あ、はい。俺も見せられたのは初めてです」


「責任、取ってくれるかしら?」


 ヴァイオレットさんが問いかける。

 責任、これだけの美少女の下着を見てしまったのだ。どれだけのものを要求されるのだろう。

 俺の身体で足りるだろうか?


「あの、俺の心臓一つしかないんですけど足りますか?」


「一つあれば十分よ」


 と言うと、少女は俺の胸を人差し指でトンと突く。

 その瞬間、俺の胸に星形の痣のようなものが刻まれた。


「約束することは二つだけよ。一つ目は私の呼びかけにはどんな時であろうと応じること。二つ目は、絶対に私の味方でいること。いいわね?」


《① はい!!!》


《② イエス!!》


 おいおい、これそんな軽率に返事していいのか?

 怪しさしかないだろ。いや、でも断ればなにをされるか分からない以上俺に出来ることは一つだけか……。


「はい!!!」


「ふふ、いい返事ね。ちなみにアイアンクラスは屋外にあるそうよ」


 そう言うと、少女は俺の横を過ぎ三階の廊下を歩いていく。

 そして、曲がり角で姿を消す直前にこちらを向いた。


「そういえば、自己紹介をしてなかったわね。パニエラ王国第一王女のエリスよ。よろしくね、下僕くん」


 僅かな嘲笑を含んだ笑みを浮かべると、エリスと名乗った少女は姿を消した。


 ……は?

 第一王女……?

 俺、もしかしてとんでもないことやらかした……?



***



 エリスさんの言われた通り、屋外に出ると明らかに学園の雰囲気に似つかわしくない木造建築の小屋が中庭にポツンとあった。

 小屋は蔓に覆われており、怪しげな雰囲気を放っていた。


 ち、近づきたくねぇ……。


 いやいや、入る前からネガティブなことを考えたって仕方ない。

 それに、アイアンクラスは俺一人じゃない。ノーマンとルフスという愉快な仲間が二人もいるのだ。


 言うならばその二人は俺同様に学園にカス扱いされた仲間だ。

 肩を組み、三人で輝かしい青春を送るんだ!


 決意を胸に、勢いよく扉を開ける。


「おはようございます!!」


 扉の先で俺を待っていたのは、誰もいない真っ暗な教室だった。


 あ、自分が最初っすか。

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