幕間Ⅱ うごめくものたち

 王国の中心地である王都、そこには一人の英雄の像が立っている。

 英雄の名はミカエリス。

 邪竜ウロボロスを他二人の英雄と共に封印することに成功した伝説の剣士である。


 その像の丁度真下に位置する地下に二人の男が相対していた。

 一人はファントムという、セレンをそそのかそうとした男だった。もう一人は額に大きな痣のある灰色の髪をした男だった。


「……英雄の血は手に入れたのか?」


 痣持ちの男が問いかける。

 その問いにファントムは首を横に振った。


「失敗しましたよ。かつてAランク冒険者だったギルドマスターとはいえ、所詮は堕ちた敗者。期待しすぎましたねぇ」


「ふざけるなよ」


 軽い口調でため息をつくファントムを男は睨みつける。

 その鋭い眼光にファントムは「こわいこわい」と呟きながら肩をすくめた。


「銀色の髪に、光魔法の使い手、あそこまでミカエリスの血が濃く出ている女は王族以外にはそうはいない。貴様のミスで計画が一年遅れる。その意味を理解していないなら、ここでオレが貴様を殺してウロボロスへの供物としてもいいんだがな」


 痣持ちの男の魔力がうねり、蛇となってファントムに鋭い牙を向ける。

 それでも、ファントムは冷静だった。


「冗談を。私如きの命は供物にはなり得ないと他でもないあなたが知っているでしょう。それに、ただで帰ってきたとは言いませんよ」


「ほう、確かにそうだな。ファントムという名と共に我が組織の名が王都でも話題になっている。最悪の手土産だ」


「嫌ですねぇ、部下の失態をネチネチと責める上司は嫌われますよ?」


「失敗したにも関わらず悪びれない部下など必要ないがな」


 一触即発というひりついた空気が二人の間を包み込む。


「ふぅ、すいませんでした。次は失敗しません。ですので、今回は許していただけませんか?」


 だが、痣持ちの実力を正しく理解しているファントムは大人しく引き下がった。


「分かっているなら最初からそうしろ。で、お前の手土産はなんだ?」


 ファントムの真剣な謝罪に、痣持ちの男も魔力を霧散させる。

 男としてもファントムが持つ幻を扱う魔法の有用性を認めている。だからこそ、上限関係をはっきりさせておきたかった。


「お嬢様が探し求めている黒髪黒目の男を見つけましたよ」


 予想外だったんか、痣持ちの男は目を大きく見開いた。

 お嬢様とは痣持ちの男にとっては悲願を果たすために不可欠な人物だ。その人物を自分の手駒にするためのキーパーソンがファントムの言う黒髪黒目の男だった。


「名はクナン、闇魔法使いで闇沼を使っているところも確認済みです」


「……出身は?」


「さあ? そこまでは知りませんよ。でも、血を調べれば一発でしょう?」


「それはそうだな」


「それに、そのクナンという男はもうすぐ学園に入学するために王都に来ますよ」


「……なぜそんなことが分かる?」


「毎年、王都の学園は生徒の視野を広げるために有力な冒険者を教師として招聘します。今年はセレンですよ。そして、セレンの弟子がクナンです。ターゲットが二人も王都に来てくれる。これはチャンスではないのですか?」


「……」


 痣持ちの男は黙っていた。

 確かにチャンスだ。だが、王都は王国騎士団の本拠地でもある。

 そう簡単にことを起こせるとは思えない。


「成熟していない若者ほど視野が狭く、欲にかられやすい、ということだけお伝えさせていただきますよ。あとはどうぞご自由に」


 それだけ言い残すとファントムは痣持ちの男に背を向ける。


「待て、お前の目的はなんだ?」


 男にとってファントムは幻のように掴みどころのない男だった。

 底が見えず、目的も見当がつかない。

 今は大人しく自分に従っているが、ファントムが平気で裏切る可能性があることも十分に理解していた。


 呼び止められたファントムは振り返る。その表情は満面の笑みだった。


「快楽ですよ」


 そして、ファントムは姿を消した。


 ファントムがいなくなってから痣持ちの男は忌々しそうに舌打ちをする。


「ふざけた奴め……。まあいい。ウロボロスを復活し、その力を得れば全てがオレの手中に納まるのだから」


 それから、ファントムが消えた方とは逆方向に歩き始めた。

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