第37話 ありがとう(セレン)視点

 ノーキンと激闘を繰り広げた日から一週間が経過した。

 クナンはまだ目を覚まさない。


 貯金を使い、隣の街からも治癒魔法を使い呼びクナンを治療してもらったがダメージは大きく、回復には時間がかかるという話だった。

 

「私は、弱いな」


 弟のテルスが眠る墓石の前でポツリと呟く。


 クナンの命があっただけよかったと思うが、もっと自分に力があればとは思わずにはいられない。

 あの時も、そうだった。


「私は助けられてばかりだ。たくさんの人が支えてくれて、今がある。それなのに、私はお前の幻影を追いかけ何も見ようとしていなかった」


 テルスは何も答えない。

 当たり前だ。


「だが、これからは全てを受け止めて生きていこうと思う。私の弱さも、認めたくない現実も、お前の死も、全部だ」


 テルスに宣言し、墓石の前に花と結局渡せず終いだった煙管を一本置いておく。

 そして、煙管の先端に煙草を入れ、火を点ける。ついでに、もう一本煙管を取り出し、そちらにも火を点ける。


「生きていたら、今日で二十歳か。初めては二人で、だったな」


 生前、テルスと約束していたことだ。

 アリスさんを見て煙管に憧れていたテルスと私はそう約束した。


 約束通り、煙管を加え煙を口に含む。


「……苦いな」


 最初に感じたのは僅かな苦み。だが、直後にスーッとした清涼感が口の中に広がった。


 煙管を口から外し、テルスの煙管の横に並べておく。嫌いな味ではないが、一人で好んで吸うほどではなかった。


「ああ、そうだ。お前に話しておきたいことがあったんだ」


 約束のことと私のこれからについてはこれくらいにしておこう。

 それより、テルスにはずっと話したいことがあった。


「私に弟子が出来たんだ。お前に少しだけ似た強い男だ」


 それは、クナンの話だ。


 

***



「とまあ、これがクナンという男だ。今は寝込んでいてな……。図々しい願いだとは思うが、クナンにお前からも力を貸してやって欲しい」


 一通り話終えたところで、テルスにクナンのことを頼む。

 心優しいテルスのことだ、きっと力を貸してくれると思う。


 しかし、改めてクナンとの出来事を振り返っていて思い出したが、私はクナンに二回も愛していると言われていたのか。

 

「……本気だと思うか?」


 試しにテルスに問いかけるが、返事は当然ない。代わりに煙がゆらゆらと揺れるだけだ。


「流石に本気ではない、よな? 私はもう二十歳を超えているが、クナンはまだ十五か六くらいだ。そもそも、私たちは師匠と弟子の関係だからな。まさか、そんなことあるはずがない」


 正直、悪い気はしていない。

 悪い気はしていないが、クナンはまだ生前の弟と同じくらいの年齢だ。

 まあどこか幼さが残っているところは可愛いと思うし、一方でノーキンの前に立つときのあいつは大人のような頼りがいがあった。


「いやいや、私は何を考えているんだ。ふう、ここ最近クナンの看病で寝不足だったからな。少し疲れているみたいだ」


 少し頭を冷やした方がいいかもしれない。

 大体、愛してるなんて私もテルスによく言うじゃないか。愛をなんでも恋愛だと思うことは少し脳内がお花畑過ぎたかもしれない。


 さて、時間もいい頃だしそろそろ帰ろう。

 テルスにはまた何度でも会いにくればいい。


「セレンさん、横失礼しますね」


 テルスに「また」と伝えようとすると、突然横にクナンが現れた。


「なっ、ク、クナン!? 生きていたのか!?」


「え、助けてくれたのセレンさんですよね?」


 あ、ああ、そうだった。

 つい慌てて変なことを言ってしまった。いや、それよりだ。


「寝ていたんじゃないのか?」


「ああ、目覚めたんですよ。セレンさんにはいろいろとしてもらったみたいで、ありがとうございました」


 礼を告げるクナン。

 その様子はいつも通りといった感じで、動揺している様子はない。

 この感じだと、さっきの発言は聞かれてない、か?


「……聞いたか?」


「え、なにをですか?」


「いや、分からないならいいんだ。それより、どうしてここに?」


「目覚めたときに、アリスさんにセレンさんがここにいると教えてもらいました。ここまで来た理由は、セレンさんにお礼を伝えたかったのと、義弟くんに挨拶をしておこうと思ったので」


「挨拶? お前が私の弟にか?」


「ええ、まあ、将来的なことを考えると必要なんで」


 将来? まあ、クナンからすれば師匠の弟だから必要……か?

 

 クナンはテルスの墓石の前でしゃがみ込むと手を合わせる。

 

 不思議な祈り方だ。宗教によっては死者に祈りを捧げる際に手を合わせるものもあるというが、クナンは王国の国教である聖教とは違うのだろうか。


 そんな僅かな違和感はクナンが発した小さな声によって吹き飛ばされた。


「セレンさんを必ず幸せにすると誓います」


 は?


 は!?


 思わずクナンの顔を二度見した。

 だが、クナンは何事もなかったかのように立ち上がると平然とした顔で「帰りますか」と言ってきた。


 いや、いやいや、さっきの発言はどういうつもりだ?

 幸せにすると誓う? プロポーズか?


「セレンさん? どうかしましたか?」


 どうかしたのはお前だ。


 出かけた言葉を必死で押し込み、頭をフル回転する。

 どうする、どんなことを言えばいい?

 いや、待て。ここは思い切って聞いてもいいんじゃないか?


 ああ、そうだ。そうしよう。

 

「何を伝えたんだ?」


 意を決してクナンに問いかける。

 平静を装ったが、心臓の音はやけに大きく聞こえていた。


「セレンさんを幸せにすると誓っただけですが、なにか?」


「ああ、そうか。それだけか」


「はい、それだけです。じゃあ、ギルドに戻りますか。アリスさんが待っていると言っていましたし」


 顔色一つ変えずにそう言うと、クナンは歩き始めた。


 そうか、それだけか。

 いや、それだけじゃないだろ。

 なにを私は普通に流しているんだ。クナンもクナンだ。

 簡単に幸せにするなんてことを他人の家族に誓うな!


 まずい、ダメだ。心の中がぐちゃぐちゃだ。

 考えがまとまらない。


「クナン、お前は先に帰っていろ」


 クナンに表情を見られないよう、背を向けながら告げる。


「え、なんでですか?」


「なんでもだ。いいから、先に帰れ」


「……分かりました」


 幸い、クナンは渋々といった様子ながらも引き下がってくれた。

 遠ざかるクナンの足音を聞きながら、あることを伝え忘れていたことに気付いた。

 クナンが私の表情をはっきりと見えないであろう位置まで離れたところで、クナンの名を呼ぶ。


 すると、少し遅れてクナンが振り返った。


「ありがとう」


 もし、クナンに出会わなければ私の人生は大きく違っていただろう。

 偶然と言えば偶然だが、私はこれを運命だと思っている。


 打算で始まった関係だが、私はクナンの師匠になることを選んでよかったと心から言える。


 だから、ありがとう。

 私と出会ってくれて。私を助けてくれて。


「ひゃっほい! セレンさんに感謝してもらったぜ! やっほい!!」


 飛び跳ね、全身で喜びを表すクナン。

 子供っぽいと言えばそうだが、感情を全身に出すタイプの人は嫌いじゃない。


「だが、流石にちょっと子供過ぎるか?」


 テルスが眠る墓石に問いかける。

 テルスは何も答えない。ただ、ゆらゆらと二本の煙管から伸びる煙が一つとなり天に昇っていくだけだった。



*************


 これで第一章は終わりです。

 途中、長い間更新しない期間がありましたが、想像より多くの方に読んでいただいていて驚いています。

 第二章については、また書き次第更新していくつもりです。


 よろしければこれからもご付き合いいただけると嬉しく思います。

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