第36話 目が覚めて
眩しい光に目を開けると、見覚えのある天井があった。
この天井を見るのはこれが三度目だ。一度目はセレンさんに喧嘩を売って吹っ飛ばされた時、二度目はブラビットにボコボコにされた時、そのどちらも目を覚ました俺を待っていたのはノーキンの顔だった。
二度あることは三度あるというが、流石に今回はノーキンではないだろう。
となると誰だろうか。
思い切って身体を起こす。
そこにいたのは、
「むにゃ……へへっ、アニキ、オイラたちも遂に悪の帝王を倒したでやんすね……」
いつだか俺を襲ってきたチンピラの一人だった。
まあ、別にセレンさんがいてくれるなんてこと期待してなかったからいいけどね。
全然、これっぽっちも気にしてないし。
とりあえず、俺が寝るベッドによだれを垂らしているチンピラの肩をゆする。
「ん……? 誰でやんす……か……って、起きてるぅぅぅ! でやんす!」
後から取ったつけた感じになるなら、無理に「やんす」言わなくていいんじゃないだろうか。
「ア、アニキー! アニキー!!」
俺の姿を見てチンピラは直ぐに身体を起こすと、急いで部屋を飛び出していった。
そして、暫くするとアニキと呼ばれている男を引き連れて戻ってきた。
「おお……ルーキー! 目覚めてよかった!!」
「やんす!!」
感極まったのか、涙ぐみながら二人がひしっと抱きしめて来る。
まるで親友か家族を相手にしているかのようだ。
悪い気はしないが、喜びよりは困惑の方がでかい。
俺はそこまでこの二人と仲良くなかったし。
「あ、あのー、色々と聞きたいことがあるんですけど……」
「ああ、そうだよな! ちょっと待ってろ、お前が目覚めたら新ギルドマスターに呼ぶように言われてんだ!」
「新ギルドマスター?」
首をかしげるが、俺のことを放って二人は再び部屋を飛び出した。
なんというか、忙しい二人組である。
それにしても、新ギルドマスターとはどういうことだろうか。
ノーキンがセレンさんに襲い掛かる危険な男だったということは分かっているが、もしかしてそれが原因で解雇されたのだろうか。
ていうか、俺の記憶はノーキンにまたがれてタコ殴りにされたところで途切れている。
俺が無事に街に戻ってこれていることから考えて、恐らくセレンさんも無事だとは思うが、不安は残る。
まあ、その辺は新ギルドマスターとやらに聞くことにしよう。
丁度よく、ノックの音がして部屋の中に新ギルドマスターと思しき人物が入ってくる。
「おはようございます、クナンくん」
穏やかな笑みを浮かべ、丁寧に頭を下げる新ギルドマスターの正体はアリスさんだった。
***
挨拶をすると、アリスさんは俺のベッドの傍にある椅子に腰かけた。
「アリスさんが新ギルドマスターなんですね」
「ええ」
正直驚いた。
アリスさんは受付嬢だったから、立場的には低いと思っていた。
「先ずは謝罪とお礼を。クナンくん、この度は私たちのギルドに所属していたノーキンがご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げるとともに、セレン、ゲッス、クッズの三人と協力し、罪人ノーキンの捕縛に尽力したことに対して深く感謝申し上げます。本当にありがとうございました」
と言うと、アリスさんは頭を下げる。
「あ、え、ノーキンって罪人だったんですか?」
確かにノーキンは俺をぶん殴ってきたし、セレンさんに覆いかぶさっていたし、なんか怪しげなことを言っていたけど……いや、罪人と言われたらギリ納得できるぐらいのことはしてるか。
「知っていてノーキンの野望を阻止しようとしたのでは?」
「あ、ああ、すいません。ちょっと記憶が曖昧で……」
「そうですか。まあ、一週間も寝ていましたし無理はありませんね」
「一週間!?」
え、そんなに寝てたの?
道理でお腹が空いているわけだ。
「ええ。そうですね。では、順に今回の顛末をお話させていただきます」
「よろしくお願いします」
それからアリスさんはノーキンの野望とセレンさんとの因縁、そして【ウロボロス】という組織について話し始めた。
知らない情報てんこ盛りで困惑しっぱなしだったが、何より驚いたのはちゃんとノーキンが悪い奴だったということである。
《ゲームシナリオ》の言ってたこと本当だったんだ……。
ノーキンとのファーストコンタクトで《ゲームシナリオ》が「お前の野望を潰して見せる(キリッ)」みたいなことを言わせてきた時は何言ってんだこいつ、と思ったものだがまさか本当にその通りになるとは思わなった。
やっぱり、この能力って結構凄いのかもしれない。
「……というわけで、ノーキンはセレンにより捕縛されました。【ウロボロス】の構成員と思しきファントムという男には逃げられてしまったようですが、セレンとあなたのおかげで【ウロボロス】という組織の存在、そしてその目的の一部が明るみになりました。この情報は王国のみならず、世界中で共有されることになると思います」
なんか凄い評価されてる。
もしかして、俺は結構凄いことをしたと思われているのだろうか。
*
《① 「俺、なにかやっちゃいましたか? キリッ」と髪をかき上げながら全力のどや顔で言う。キリッもちゃんと口に出して言う》
《② かっこつけてノーキンに立ち向かっておきながらボコボコにされて気を失ってたやつが何を誇れるというのか。調子に乗るな、ミジンコ以下の下等生物め》
あ、《ゲームシナリオ》くん、お久しぶりです。
いや、うーん。
①はちょっと嫌だなぁ。
俺、なにかやっちゃいましたか? だけなら言ってもいいかもしれないけど、キリッは口に出したくない。
髪をかき上げてどや顔も絶対違うじゃん。あのセリフって、無自覚な天然がやるから価値があるものでしょ。
確信犯がやったら逆にダサいって。
そうなると、②なんだけど……まあ、概ね②については俺も同意だ。
でも、これだけは言わせてほしい。
それって、あなたの感想ですよね?
もはや選択肢とかじゃないじゃん! 最後のミジンコ以下の下等生物のところなんてお前が言いたいだけだろ!!
なんとか言ってみろよ、《ゲームシナリオ》くんよぉ!!
《③ 「それって、あなたの感想ですよね?」》
そうだよ!!
てか、会話のためだけに無駄に選択肢増やしてんじゃねえ!
しかも、③を選んでもアリスさんとの会話が成立するようになってるところが絶妙に腹が立つ。
まあ、流石に②かな。
*
「俺はなにもしていません。かっこつけたけど、ただノーキンに殴られるばかりで、手も足も出ませんでした」
俺の言葉を聞いたアリスさんはおかしそうにクスリと微笑んだ。
ちょっ、傷つくのでやめてもらっていいですか?
いや、まあかっこつけておきながらボコボコにされるやつが滑稽でおかしくて仕方ないって気持ちになるのは仕方ないと思うんですけど、表情に出さないようにしてもらえると助かります。
「失礼しました。ただ、セレンも同じことを言っていたので、少しおかしくて」
どうやら、アリスさんが笑った理由は俺が滑稽だからではないらしい。
それならよかった。
それにしても、セレンさんが同じことを言っていたとはどういうことだろうか。
「『結果的に、ノーキンを倒したのは私だ。だが、クナンがいなければ勝てなかった。あいつの執念が私を生かし、ノーキンを倒したんだ。だから、クナンをたくさん褒めてやって欲しい』と、セレンはどこか嬉しそうに言っていましたよ」
胸が熱くなる。
俺がしたいことをした結果だから、誰がどう思おうと気にしないつもりだった。
でも、セレンさんは違う。
セレンさんがそう言ってくれたなら、きっと俺の行動は無駄ではなかったのだろうと思える。
「セレンなら、街の西にある墓地にいますよ」
「え……」
「会いたい、と顔に出ていますよ。行ってあげてください。セレンもきっと喜びます」
どうやらアリスさんにはお見通しだったらしい。
ここまで言われて行かないわけにはいかない。
「すいません、ちょっと出てきます」
「はい、朝ご飯を用意しておくので戻ってきたらセレンと食べることをお勧めします」
アリスさんに一礼し、部屋を飛び出す。
そして、そのまま西の方に向かった。
***
一週間寝たきりだったからか、身体は重かったが何とか墓地に辿り着いた。
墓地中を見渡していると、少し離れたところにあるやや小さめの墓石の前にセレンさんは立っていた。
恐らく、セレンさんの前にあるのが弟の墓なのだろう。
二人きりの時間を邪魔するのも気が引ける。ここは大人しく墓地の入り口付近で待っておこうかな。
*
《① 折角だから未来の義弟に挨拶しておこう。「お姉さんのことを幸せにします」と真剣に誓う》
《② 折角だからシスコンの弟に挨拶しておこう。「イェーイ、弟くんみってる―?」とセレンさんの肩を組んでダブルピースする》
ふざけんなよ。マジで。
もっとセレンさんと弟くんの気持ち考えろよ。
好きでもない男に「幸せにします」って言われても恐怖でしかないし、俺だったら、急に肩を組んできてダブルピースする奴とは仲良くなれねーよ。
今はセレンさんにとって弟くんとの大切なひと時なの!
邪魔しちゃいけないの!
だが、《ゲームシナリオ》は新たな選択肢を増やす気はないのかピクリとも動かない。
く、くそっ……分かったよ! だったら、やってやらぁ!!
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