第35話 醜さと美しさ
「……誰だ?」
「セレンさんを愛している一番弟子だ」
「雑魚が、粋がるなよ」
クナンに向けてノーキンはそう吐き捨て、睨みつける。
十五のガキ。ノーキンにとって因縁の少年と同じ生意気なガキだった。
ノーキンはガキが嫌いだ。特に、十五のガキが。
力を得るためにセレンを狙ったのも、セレンが将来有望なガキだったからだ。
今やセレンはガキでは無くなったが、結果的にセレンの弟を殺し、力を得たという結果に当時のノーキンはこの上ない高揚感を感じていた。
弱い奴を潰すときこそ、己の強さを自覚できる。
弱い奴は俺に黙って潰されていればいい。
それにも関わらず、セレンも目の前にいるクソガキもノーキンに抗ってくる。
ノーキンより弱いくせに、だ。
「まあ、好都合だ。そこで転がっているセレンがお前の方が俺より強いとかいう妄言を吐きやがる。だから、教えてやらんとなぁ。俺の方がお前より強い!!」
地面を蹴り、ノーキンはクナンに殴りかかる。
ノーキンの拳をクナンは間一髪で躱す。そして、ノーキンの腕に触れた。
「闇沼」
その瞬間、ノーキンの右拳が黒い渦に呑み込まれる。
その渦はノーキンから魔力を奪い取ったあの魔獣が放った渦に酷く似ていた。
「捕らえたぞ、ノーキン」
勝ち誇ったような笑みをクナンが向けて来る。
苛立たしい。
その顔も、その魔法も、全てが俺を苛立たせる。
苛立ちを隠すことなく、クナンを睨みつけるとノーキンは左手をクナンにかざした。
「ライト」
一瞬、ノーキンの手が発光する。それと同時にクナンの闇沼が消える。
ノーキンはすぐさま右拳を引き、今度は確実にクナンの腹に拳を叩き込んだ。
「がはっ」
余りの衝撃にクナンの身体が宙に浮く。
その無防備な身体を掴むと、ノーキンはクナンを地面にたたきつける。
そして、その腹を力強く踏み抜いた。
「オ゛オ゛ッ」
声にならない叫びがクナンの口から漏れ出る。
その姿をノーキンは見下ろしていた。
「闇沼。闇魔法使いなら誰もが使える魔法だ。魔力を吸収するという強力な効果を持っている反面、光があると効果が弱まる。その魔法については誰よりも調べてるんだよ。諦めろ、雑魚が」
許してください。助けてください。
ノーキンはその言葉を期待していた。だが、クナンの返事はノーキンの足を掴むことだった。
「闇、沼……!」
黒い渦がノーキンの足を捕らえ、魔力を吸い取っていく。
「ふざけるな……っ! ライトォ!!」
黒い渦に左手を向け、光魔法を発動する。
すると、再び黒い渦は姿を消した。
その瞬間、ノーキンは全力を込めてクナンの腹を踏み抜く。
「ガ……ッ」
クナンの口から血と吐瀉物が飛び散り、ノーキンの足を汚す。
だが、ノーキンは気にすることなくクナンにまたがり、その胸倉を掴む。
「お前は負けた。お前は、俺より弱い! 弱い奴は、弱い奴らしくみっともなく泣き叫べ! 命乞いしろ! 強い奴に抗うなぁ!!」
息を荒くしながら、ノーキンはクナンを睨みつける。
そのノーキンの手首をクナンは掴み、再度口を開く。
「や、み……ぬま……」
その言葉はノーキンが期待する言葉ではなかった。
「無駄だと言っているのが分からないのかぁ!!」
ライトを発動し、クナンを殴る。
それでもクナンはノーキンの身体に手を伸ばす。血まみれで地べたに這いつくばる姿は、ノーキンからすれば醜くて仕方がないものだった。
それでも、クナンの瞳は強い輝きを放っていた。
ここで、初めてノーキンはクナンを恐れた。
クナンの諦めの悪さに対してじゃない。クナンの瞳にだ。
黒い瞳。だが、その奥には輝きが宿っている。
どれだけ絶望的な状況でも希望を見ている。己の信念から決して目を背けずに戦う意思が宿っている。
どこか美しさすら感じるその瞳は、ノーキンにとって決して忘れられない彼の弟子が絶体絶命の危機に見せる瞳と同じだった。
殺さなくてはならない。
こいつは、今ここで確実に息の根を止めねば俺の脅威になるかもしれない。
右拳に魔力を込め、振り上げる。
そして、クナンの顔面目掛けて振り下ろす。
だが、その拳をクナンは両手で受け止める。
ノーキンから奪った魔力を使っているからか、クナンの力も相当なものだった。
それでも、ノーキンの方が上だった。
いっそう力を込め、ノーキンは確実にクナンを仕留めにかかる。
「さっさと、くたばれえええ!!」
「いいや、くたばるのはお前だ」
不意に、ノーキンの耳にそんな言葉が飛び込んできた。
思わず顔を上げたノーキンの目の前にはクナンの槍を握り、構えるセレンの姿があった。
バカな……。セレンは既に動けなくなったはずだ……。
いや、それよりこの状況は不味い。
ノーキンは既にセレンとの戦闘、クナンとの戦闘で消費した魔力に加え、クナンの闇沼もあり、既に魔力をほぼ使い切っている。
ウロボロスの魔力便りのノーキンはウロボロスの魔力が切れればただの筋肉だるまに成り下がる。
「ファントム! 早く俺にウロボロスの力を寄越せ!!」
慌てて少し離れたところでこちらの様子を伺っている黒いローブの男を呼ぶ。
セレンに一度倒されかけたときに、ウロボロスの力をノーキンに与えた男だ。ノーキンにとってはウロボロスという組織を紹介してきた人物でもある。
ファントムと呼ばれた男はノーキンの叫びを聞き、ため息を漏らしこそすれど動こうとはしなかった。
「やれやれ、勝手に名前を呼ばないでいただきたいですねぇ」
「早く、早くしろォ!!」
「残念ながら、あなたにポンポン渡せるほどウロボロスの力は安くはないのですよ。それに、あなたも言っていたではないですか。弱い奴は強い奴に抗うな、とね」
「黙れぇ! 俺は弱くない! 俺は、俺はァ!!」
「そうですか? でも、今のあなたの姿はとても醜く見えますよ」
嘲笑を浮かべながら、そう言い残すとファントムと呼ばれた男は姿を消した。
その瞬間、ノーキンの運命は決まった。
「今度こそ、終わりだ」
槍を構えたセレンが走り出す。
「や、やめっ……そ、そうだセレン! お前を次期ギルドマスターに推薦してやろう! お前が望むならウロボロスの力を分けてやる! もしかすると、ウロボロスの力があれば死んだ弟だって蘇るかもしれないぞ! 弟だってきっとそれを望んで――」
「――ライトニング」
一閃。
ノーキンの視界は真っ白に染まる。自らの敗北が迫り来る中、ノーキンはただ立ち尽くし、心の中で文句を吐き捨てることしか出来なかった。
ふざけるな。セレンもクナンも俺に負けた。弱かった。
あいつだってそうだ。俺より弱い雑魚だった。
なのに、なぜ立ち上がれる。抗うことが出来る。
ああ、クソ――羨ましい。
次の瞬間、ノーキンの身体を強烈な衝撃が襲う。
その衝撃に耐えることなど出来るはずもなく、ノーキンは吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられた。
「ノーキン、お前の言う通り私は弱い。一歩違えば、私はお前と同じ道を歩んでいただろう。だが、ようやく私は受け入れ難い現実に向き合う覚悟が出来た。さらばだ、ノーキン。私は弟の死を受け入れて、生きていく」
静かにセレンは宣言する。
だが、既にノーキンは気を失っており、その言葉を聞けることはなかった。
********
主人公視点で書きにくかったので、第三者視点(ややノーキンより)で書かせていただきました。
次回から主人公視点に戻ります!
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