第34話 ノーキンという男
ノーキンという男には才能があった。
特に、近接戦闘においては紛れもなく同年代でトップクラスの逸材だった。
ノーキンが冒険者となったのが彼が十五の時だ。
それから、確実に実力を積み上げ二十歳になる頃にはAランク冒険者まで上り詰めた。
二十三になる頃には名実ともに街で一番の冒険者となった。
いずれは伝説のEXランク冒険者になってしまうのではないかと周囲の人はノーキンを褒めたたえ、ノーキンもそうなるものだと信じていた。
だが、いつまで経ってもノーキンがEXランク冒険者になることはなかった。
EXランク冒険者になるためには偉業が必要だ。
一国を滅ぼしかねないほど強大な魔獣を倒す、世界を揺るがすほどの発見をするなど、いずれにせよ後世にまで名が轟くような偉業だ。
もしも、ノーキンが心からEXランク冒険者を目指していたなら、ノーキンは己の力を高めるために長年自分が過ごしてきた街を飛び出しただろう。
だが、彼はそれをしなかった。
王国にはこんなことわざがある。
”ブラビットの角となろうともドラゴンの尾となるなかれ”
強き者たちの中で下の方にいるくらいなら、弱い者たちの中で一番になれ。
そういう意味を含んだことわざだ。
ノーキンはそのことわざを知っていたわけではないが、自然とそうなった。
彼は街一番という立場に満足し、居心地のよさを感じてしまったのだ。
そして、その満足感がノーキンの成長を止めた。
セレンがクナンに語った通り、実力者は勘を身に着けている。
そして、その勘は使わなければ使わないほど衰えていく。
街一番の冒険者となったノーキンにとって、他の冒険者は彼の立場を脅かすほどのものではなかった。
更に、ノーキンが強かったからこそ、魔獣たちもノーキンがいる街を恐れた。
結果的に、ノーキンに敵はいなくなってしまった。
そうして、一年、二年と月日が流れるたびにジワジワとノーキンの実力は衰えていった。
当時のギルドマスターはノーキンの状況を危惧し、ノーキンに街を出て冒険することを勧めた。
だが、その時には既にノーキンの年齢は30に差し掛かっていた。
今更冒険などする気はないとノーキンは聞く耳をもたなかった。
そんなある日、街に一人の少年がやってきた。
十五歳の子供だった。
冒険者になりたいと語るその少年の目はいつかのノーキンのように輝いていた。
これがノーキンにとっての悲劇の始まりだった。
ギルドマスターの勧めもあり、ノーキンはその少年の師匠となった。
冒険者を引退した後ギルドマスターに推薦してもらうという条件付きで、渋々ノーキンはその役目を請け負った。
少年は弱かった。
Aランク冒険者のノーキンからしてみれば当然のことだった。
ただし、その少年はひたむきだった。
毎日ノーキンの言葉をメモにまとめ、宿に戻ってからも反復する。
最初の方は中々魔獣にも勝てなかった。
だが、たった一度、格上との戦闘で勝利したことをきっかけに少年の実力はメキメキと上がっていった。
気付けば少年はBランク冒険者となり、Aランク冒険者も目前という位置まで来ていた。
それでも、まだノーキンの方が実力は上だった。
もしも、ここでノーキンが弟子の少年に触発されて、再び冒険者として研鑽の道を歩もうとしていればこの話はノーキンにとって悲劇にはならなかっただろう。
だが、ノーキンは弟子の成長に対しても「まあ、俺よりは弱いな」と本気で向き合おうとせず、己の実力を過信していた。
そして、遂にノーキンが全てを失う日がやって来た。
スタンピードという魔獣の群れがいっせいに押し寄せる災厄が街を襲ったのだ。
ノーキンとその弟子はもちろん、街やその周りの街からもスタンピードを治めるために冒険者や王国の騎士がかき集められた。
戦いが幕を開けると、ノーキンはすぐさま魔獣の群れに突っ込み、魔獣の群れの最後方を目指した。
スタンピードの元凶は大抵が強すぎる魔獣の存在だ。
その魔獣を恐れ、逃げてきた魔獣たちの群れによりスタンピードは発生する。
つまり、元凶の魔獣を倒してしまえばスタンピードの勢いは弱まる。
スタンピードを経験したことがないノーキンはスタンピードという現象をそう認識していた。
だから、街一番の冒険者として元凶を倒しに向かったのだ。
これが間違いだった。
スタンピードとは魔獣たちの生存本能によって引き起こされる。
仮に魔獣が自分たちに迫る強敵よりも人間たちの方が危険だと判断すればスタンピードなど起きない。
事実、王国の精鋭が集う王都やEXランク冒険者がいる街ではスタンピードが起きないという研究結果まで発表されている。
つまり、ノーキンのいる街に向かってスタンピードが発生した時点で、ノーキンより強い魔獣がいることは明白だったのだ。
だが、ノーキンはその事実を知らなかった。
そして、ノーキンは元凶の魔獣の下までたどり着いてしまい、返り討ちにあった。
相手にすらならなかった。
ノーキンの全力の拳は魔獣が口から出した黒い渦に呑み込まれた。
そして、そのままノーキンは自身の魔力を全て奪われ、力尽きた。
更には魔物に弱体化の呪いを受け、内臓を抉られた。
己の死を覚悟したノーキンが取った行動は命乞いだった。
助けてくれ、許してくれ、もう歯向かわないから、だから見逃してくれ。
言葉が通じるかも分からない魔獣相手に、なりふり構わずノーキンは叫び続けた。
圧倒的な実力を前にしては、戦意など欠片も残らなかった。
だが、魔獣は無慈悲にもノーキンを殺そうと腕を伸ばした。
ノーキンも死を覚悟し、目を閉じた。しかし、ノーキンが死ぬことは無かった。
一人の少年がノーキンを庇うように魔獣に相対したからだ。
その少年こそがノーキンの弟子だった。
少年は自身の師匠と街を守るために、決死の覚悟で拳を振るい魔獣に立ち向かった。
勝てるはずがなかった。少なくとも、ノーキンにとって自分よりも弱い少年が自分が勝てなかった相手に勝っていいはずがなかった。
だが、少年は死闘の中で著しい成長を遂げ、遂には魔獣を打倒した。
街に戻ると、三日三晩街中が少年を褒めたたえた。
逆に、ノーキンは魔獣による弱体化の呪いが原因で冒険者を引退せざるを得なくなった。
挙句の果てに、少年が討伐した魔獣は放っておけば一国を滅ぼしかねないほどの化け物だったらしく、少年は偉業を成し遂げたとして、ノーキンがかつて目指していたEXランク冒険者となった。
ノーキンは全てを失った。
力も、名誉も、賞賛の声も、全てを少年に奪われた。
自分よりも弱かったはずの少年に、だ。
だからこそ、力を求めた。
全てを取り戻すために、自分よりも弱いはずの少年が自分よりも強いという事実を否定するために。
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