第33話 VSブラビット(主人公視点)
「ギュルアアア!!」
「ギャアアア!」
ブラビットの爪が俺の横腹を抉る。
余りの痛みに、思わず膝をついた。
威勢よくブラビットの変異種に啖呵を切ってみせたものの、やはりこの魔獣は俺にとって格上だった。
しかも、ブラビットの変異種の体毛は黒く、月明かりだけが頼りの夜の戦闘は余りにも俺に不利だった。
「そ、そんな……悪の帝王の十倍強いって自分で言ってたルーキーが一方的に嬲られるなんて……」
「や、やっぱりあの魔獣は強かったでやんす……。こ、このままじゃあいつが……」
「くそっ! あいつも俺らの恩人だ! 助けに行くぞ!!」
少し離れたところからチンピラ二人の声がする。
助けて! と背後に視線を向けるが、チンピラたちは大量のブラビットたちにいつの間にか囲まれていた。
「くっ! こ、こいつら! どけぇ!!」
「どっかいけでやんす! オイラたちは、恩人を助けないと……ッ!」
「「「「キュッキュッキュッ」」」
ボスの邪魔はさせないとばかりにブラビットの群れはチンピラたちの行く手を阻む。
そうこうしている内に、ブラビットの変異種は俺の前から姿を消し木々の中に溶け込む。
月明かりさえ届かない木々に紛れ込まれては、もうどこにいるか分からない。
ほんの少しの草木のざわつきに敏感に反応してしまう。
最早いつやられてもおかしくない状況だった。
くそっ、こうなったら一か八か勘で攻撃するしかない……ん、勘?
どこかで聞いたことのある勘というワード。
それもかなり大事なことだった気がする。
ああっ!! そうだ、あれだ!!
******
それはある日の修行中の出来事だった。
毎日毎日、格上の魔獣と戦わされ死にかける日々に嫌気がさした俺はセレンさんに堂々と文句を言うことにした。
『やい、セレンさん! 毎度毎度、格上の魔獣の相手ばかりさせやがって、おかげで毎日疲労困憊で泥のように眠る日々だ! セレンさんは俺を殺す気なのか!?』
勇気を振り絞り、ため口まで使った。
細剣で吹き飛ばされる覚悟もしていたが、帰って来たのは予想外の言葉だった。
『人にしろ魔獣にしろ、実力者ほど勘がいい』
『?』
俺の問いに対する答えになっていない。
急に何を言っているんだろう、と思った。
ポカンとした顔の俺を横目にセレンさんは更に言葉をつづける。
『人によっては偶然というものもいるが、違う。実力者はあらゆる変化に敏感なんだ。風の流れ、草木の音、筋肉の収縮、魔力の流れ……上げればキリがないが、それらの些細な変化から相手の動向を読む。それが、勘だ』
『ほえぇ』
『鋭い勘は経験によって会得できるものだ。つまり、死闘を繰り返せば戦闘に関する勘が磨かれる。逆に、戦いから離れたり、格下の絶対に勝てる相手とだけ戦っていたりすれば勘は鈍る』
ここまで来てようやくセレンさんの言いたいことがなんとなくわかってきた。
『だから、俺を格上の魔獣と敢えて戦わせてたんですか?』
その問いかけにセレンさんは肯定しなかったが、否定もしなかった。
そう、この時からだ。
俺がセレンさんに対して、「え、セレンさんいい人すぎ?」と思ったのは。
まあ、ここで終わればこの話はいい思い出だった。
問題はここからだった。
《① 黙れ、小娘!! 俺は楽をして生きたい! 苦労せず強くなる方法を教えろ!!》
《② カンねぇ。それなら俺も一つ持ってますよ。そう、俺とセレンさんが恋に落ちる予感をね☆(ウインク)》
黙るのはお前だ。
自らの《ゲームシナリオ》とかいうふざけた能力に文句を吐き捨ててから、②を選んだ。
苦渋の決断だった。
「カンねぇ。それなら俺も一つ持ってますよ。そう、俺とセレンさんが恋に落ちる予感をね☆」
セレンさんが俺に向ける無表情が、俺が持っていた数少ないカンが一つ失われたことを表していた。
******
次の瞬間、膨張した魔力を頭上から感じ咄嗟に右に飛ぶ。
地響きが鳴り響いたかと思えば、俺がさっきまでいた場所にはブラビットの変異種が飛び降りていた。
あ、あぶねぇ。
セレンさんに言われたことを思い出していなかったら、周囲のざわめきばかり意識して、頭上からの攻撃には気付けなかった。
まさか、こんな大事なことを忘れていたとは……。
いや、それよりよく俺セレンさんに告白出来たな!?
こんなやり取りがあったら普通諦めるだろ!
あ、でもこの時に希望の欠片もないセレンさんの無表情を見ちゃったから、ショックのあまり忘れていたのか。
確かに、あの光のない目は今思い出しても震えてくる。
何はともあれ、勝機が見えてきた。
視覚や聴覚ばかりを頼りにしていてはダメだ。
ブラビットの魔力を感じ取れ。そうすれば、こいつの動きが俺にも少しは読み取れる。
「ギュル……?」
些細な変化に気付いたのか、ブラビットはさっきまでとは違い足を止め、こちらの様子を伺う。
セレンさんに言わせれば、敵である俺の僅かな変化を察知するブラビットの変異種はある程度の実力者なのだろう。
しかし、これは困った。
俺が狙うのは一発逆転のカウンター。攻撃してくれないと困る。
《① ブラビットの変異種から冷静さを奪おう。そうだ、あいつ群れのボスっぽいし他のブラビット襲おうぜ!》
《② 奴も所詮は獣に過ぎぬ。教えてやればいいのだ。ただ待っているだけでは大切なものの血を見ることになるということをな》
これ、①も②も同じじゃないか?
正直、いくら魔獣とはいえ卑怯なことは気が引けるなぁ。
いや、そんなことを言っていられる場合じゃない。自然界はやるかやられるかの戦いだ。②を選ぼう。
なにより、セレンさんの命がかかっているのだ。俺は鬼になる!!
「くくくっ、いいのか? そんなところで突っ立っててよぉ」
「ギュル?」
「そうやって、ただ待ってるだけじゃあ大切なものの血を見ることになるかもしれないぜぇ?」
こちらを警戒している様子のブラビットに槍の先端を見せつける。
この挑発で乗ってくるならよし、乗ってこなければ宣言通り血を見てもらうしかないだろう。
「ギュ?」
当たり前だが、魔獣に言語が通じるはずもなくブラビットの変異種は首をかしげていた。
残念だ。残念だが、仕方ない。
「忠告はしたぞ! どうなっても知らないからなぁ!!」
声たかだかと宣言し、槍を突き刺す。
俺の右手に。
「いってえええええ!?」
は!? え、なんで!?
なんで自分の右手に刺したの!?
ま、まさか……大切なものってブラビットの変異種にとって大切なものじゃなくて、俺にとってってことだったのか……?
《せやで》
てめええええ!! そういう時はちゃんと詳しく書いとけよおおお!!
ドバドバと流れる血。
困惑するブラビットの変異種。
ええい、やっちまったものは仕方ねぇ! なるようになれだ!
「見ろ! 血だ!! お前の大好きな血がこんなに流れてるぜ? ほら、放っておいたら新鮮な血がどんどん地面に吸われてく。お前はそれを黙って見てるだけか?」
「ギュルアアアア!!」
俺の血がよほど勿体ないと思ったのか、これまでで一番の咆哮を上げ、ブラビットの変異種は突進してくる。
何はともあれ、これはチャンスだ。
素早く背後の木々に姿を消す。
だが、ブラビットの変異種は血の匂いで俺の居場所が分かるはずだ。
ここに来たのは、姿を隠すためじゃない。
木の幹に背中を当て、意識を研ぎ澄ます。
重要となるのはタイミング。周囲から草木のざわめきが聞こえ始める。
やはり敵もバカではない。俺が何かすると読んでかく乱しに来ている。
音に惑わされるな、目を頼りにするな。
魔力の流れ、そして相手の行動パターンを読め。
背後には木、頭上にも枝があって上と後ろからは来にくい。
となると、前か右か左だが……俺は知ってるぜ。
「アナウサギって穴を掘るウサギがいるってことをな!!」
ここだ!
身体を捻り、地中から伸びるブラビットの腕をギリギリで躱す。
躱されたことが予想外だったのかブラビットの変異種の目が僅かに揺れた。
夜、月明りもほとんど差し込まない木の陰。そして、俺の目の前で無防備となっているブラビットの腕。
条件は揃った。
「こっからは食うか食われるかの勝負だ。呑み込め、闇沼!!」
宙に現れた漆黒の渦がブラビットの腕を呑み込む。
そして、その魔力を吸い始めた。
「ギュッッ!?」
異変に気付いたブラビットは渦から腕を抜こうとするが、腕は抜けない。
「お前の魔力が底をつくか、俺が解除するか、はたまた意識を失うか、そのどれかじゃなきゃ、闇沼は解除されない」
俺の言葉自体を理解したわけではないだろうが、俺を倒せばいいと認識したのだろう。
ブラビットは闇沼に吞み込まれていないもう一方の腕で俺の胸を貫こうとする。
だが、その腕は俺を貫く前に範囲を広げた闇沼に呑み込まれた。
夜で月明りもほとんどない木々の中とはいえ、これほど大きな闇沼を発動できたのは初めてだ。
どうやら、俺もそれなりに成長しているらしい。
「これで、俺もお前も手出しは出来ない」
「ギュルルッ」
悔しげに呻くブラビット。
だが、きついのは俺も同じだ。
さっきから、ブラビットの魔力が異質な上に量が多過ぎて身体が受け付けない。
吐き気と頭痛がやばすぎる……!
流石に通常個体とは違う変異種と言ったところだろう。
だけど、時間もない。ここで躊躇ってはダメだ。
一気にこいつの魔力を吸い上げる。
「これで、終わりだあああ!!」
「ギュルアアア!」
ブラビットと俺の悲鳴交じりの叫びが空に響き渡る。
そして、遂にブラビットの変異種はゆっくりと静かに地に伏せた。
「頭、いてぇ……」
幸い、俺の意識はまだあった。
だが、全身を襲う激痛と吐き気がやばい。その癖、妙に全身に力が漲ってる。
「「「キュ!」」」
だけど、休む余裕はない。
ボスを倒されたことに気付いたブラビットたちが俺の方に次々とやってくる。
しかし、飛び込んできたのはブラビットたちだけではなかった。
「させるかああ!!」
「やんす!!」
「行け、ルーキー。お前の好きにしろ!!」
「あの変異種を倒したでやんす。お前は、オイラたちと違ってただ守られるだけの奴じゃないでやんす!」
どうやらブラビットたちはこの二人が止めてくれるらしい。
ありがたい。
「ありがとう、ございます!」
お礼を告げ、槍を片手に森の奥へと走り出す。
*
身体中が疼く。
何かに引き寄せられるかのように、ひたすらに足が動く。
どこか自分の身体なのに自分のものではないかのような感覚すらあった。
だが、それでいい。この先にセレンさんが待っている気がするから。
徐々に人の気配を強く感じ始める。
あと少し、あと少しでセレンさんに会える。
そして、深い木々の隙間を抜けた先で視界に飛び込んできたのは、瞳を閉じるセレンさんとセレンさんに覆いかぶさるノーキンの姿だった。
《① まさか二人がそんな関係だったとは……。大人しく手を引こう》
《② 引かない。だって俺は――》
選択肢を最後まで見ることなく、選ぶ。
ここまで来て、引いてたまるか!!
吐き気ごとブラビットの変異種から奪った魔力を槍に込める。
そして、全力で投げつけた。
放たれた槍がノーキンを押しのける。
その隙に俺はセレンさんの前に立つ。
「……誰だ?」
槍の勢いを止めたノーキンが眉を顰め問いかける。
「セレンさんを愛してる一番弟子だ」
セレンさんに手を出すつもりなら、先ずは弟子の俺に挨拶してもらおうか。
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