第31話 自業自得(主人公視点)
時系列的にはセレンが主人公のドS発言を否定した辺りからです。
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セレンさんはドSではなかった。
その衝撃の事実に俺の脳は完全に思考停止していた。
これまで俺は何度かセレンさんにしばかれている。
俺はそれがセレンさんの趣味だと信じていた。いや、信じたかったというべきだろうか。
セレンさんがドSなら、セレンさんの俺をしばく行為は好意からだというかなり都合のいい脳内変換が可能だった。
だが、セレンさんはドSではないという。
ここで一つ考えたい。
一般的な感性を持つ人がしばきたいと思うような人はどんな人だろう。
答え、なんか嫌いな奴。
ちくしょう!!
ふう、一旦落ち着いて考えよう。
セレンさんが俺を嫌いということが事実だとしよう。
その場合、セレンさんが放った「お前の全てを寄越せ」というセリフも意味合いが変わってくる。
セレンさんが俺に好意を抱いているなら「お前の全てを寄越せ(好き好き好き~! お前の心も体も誰に譲らないゾ♡」という意味だろうが、セレンさんが俺に嫌悪感を抱いているなら「お前の全てを寄越せ(大人しく命を差し出せ、小僧)」という意味になる。
絶望した。
脳内お花畑な俺と女心の難しさに絶望した!
俺が悩んでいる間にセレンさんは弟のことを抱きしめている。
そして、俺の頭の中で完成しかけていたセレンさんとのほのぼのした未来が音を立てて崩れ落ちていく。
現実って、厳しいな……。
遠い目をしながら地面に膝をつく。
もうこのまま眠ってしまいたい。
だが、神はまだ俺を見捨てていなかった。
なんと驚くべきことにセレンさんに抱きしめられていた弟が姿を消したのだ。
まだだ。まだ終わってない!
俺の、俺たちのほのぼのスローライフはこれからだ!!
「あの、セレンさん……?」
弟が消えた余韻に浸っているセレンさんの背後から恐る恐る声をかける。
振り返ったセレンさんの表情は穏やかなものだった。
よし!
殴りかかってきてない!
ほっとしたのも束の間のことだった。突然セレンさんは何かに気付いたように険しい表情を浮かべると、なにかを考え始めた。
「セレンさん?」
無視しないでーという思いを込めて、再び声をかける。
次の瞬間、セレンさんの腰から抜かれた細剣が俺の顔横をかすめた。
「ひえっ」
むりむりむり。
これから俺たちのほのぼのスローライフが始まる?
むりでしょ。
だって、セレンさんはこんなに怒ってんだぜ? この人、やっぱ俺のこと嫌いだろ。
よし、諦めよう。
もともとセレンさんは俺からして高嶺の花だったんだ。
「あ、セレンさん。俺、先に帰りますね。あと、なんか色々とすいませんでした」
突然姿を現した男性との話し合いに夢中になっているセレンさんに小声で謝罪を入れてから、その場を離れる。
「はぁ。なんか疲れたなぁ」
今更痛みがぶり返してきた脇腹をさすりながら、森の中を慎重に歩く。
セレンさんから弟をNTRするという邪念に身を任せここまで来たが、結果は俺がセレンさんに好かれていないという事実を知っただけだった。
こんなことなら、一度フラれたときに大人しく身を引くべきだった。
セレンさんにも申し訳ないことをした。
嫌いな人に「胸が大好き!」とか「お兄ちゃんって呼んでもいいですか?」と聞かれる恐怖は計り知れないだろう。
自身の行いを反省しつつ、街に向けて慎重に歩いていると、物音が聞こえてきた。
一度足を止めて木の陰に隠れて大人しくしていると、物音は俺が来た道の方に遠ざかっていった。
夜の森ということを考慮すると魔獣だろうか。
セレンさんは大丈夫だろうか?
*
《1.俺の愛するセレンさんに何かあってはいけない。魔獣を追いかけ、セレンさんの無事を確かめよう》
《2.セレンさんに嫌われていることを忘れるな。そもそも、セレンさんはAランク冒険者だ。怪我人の俺が心配する必要ない》
*
これまでセレンさんが関わることについては奇行が目立った《ゲームシナリオ》にしては割とまともな選択肢だ。
セレンさんは心配ではあるが、《ゲームシナリオ》の言う通り俺は怪我人だ。
足手まといになっても申し訳ないし、大人しく街に帰ろう。
2番を選び、引き続き街に向けて慎重に歩いていく。
道中、小型の魔獣に遭遇することもあったが、なんとか倒すことが出来た。
そして、遂に森の出口が見えてきた。
よし。とりあえず怪我の応急処置はセレンさんにしてもらったし、家に着いたらもう一度怪我の処置だけして寝よう。
……そういえば、冷静に考えたらあの時セレンさん割と必死に応急処置してくれたよな。
もちろん、セレンさんがただ心優しい人という可能性もある。
だが、セレンさんは一度とはいえ俺とお出かけまでしてくれたのだ。
そこで、ふと足を止め、来た道を振り返る。
俺は何かを間違えてしまったのかもしれない。
いや、正しかったはずだ。
俺は事実に基づいて冷静に判断したはずだ。
なら、なぜこんなにも胸騒ぎがするのだろう。
立ち止まり考える。だが、答えは出てこない。
暫くすると、足音が聞こえてきた。魔獣かと思い姿を隠すが、その正体は二人の男だった。
「はぁ、はぁ……! ア、アニキ! 早いでやんす!」
「バカ野郎! 急がねえと、あの人がどうなっちまうか分かんねーだろ! それに、あのルーキーの命だって危ないんだ! 俺たちの恩人二人の危機だ! 気合入れて走りやがれ!!」
しかも、見覚えがある。
そうだ。こいつらは……。
「チンピラコンビじゃん」
「「ん?」」
俺のつぶやきが聞こえたのか、チンピラ二人は足を止めこちらに顔を向ける。
視線が綺麗にぶつかった。
「あ、ああああ!! アニキ! ルーキーでやんすよ!」
「叫ばなくても分かってる! だが、こいつは好都合だ。ルーキー、俺たちについて冒険者ギルドに来てくれ!」
切羽詰まった表情でチンピラ二人はまくしたてる。
冒険者ギルドに向かう分には構わないが、状況が何も理解できない。
「別にいいけど、何かあったのか?」
「あったもなにも、支部長のノーキンがウロボロスってやべー組織と通じてたんだよ!」
「しかも、ノーキンはルーキーとオイラたちの恩人であるAランク冒険者のセレンさんを狙ってるらしいでやんす!」
「今はセレンさんが時間を稼いでくれてるけど、正直ノーキンに押されてた。とにかく! お前とセレンさんは俺らの恩人だから――って、どこ行くんだルーキー!」
話が終わる前に俺は駆けだしていた。
セレンさんに嫌われている? 俺が心配する必要はない?
そうだよ。
そうかもしれないけど、俺はセレンさんのことが大切なんだよ!!
大切な人になにか悪いことが起こるかもしれないなら、迷わずその人の下に向かうべきなんだ。
何も無かったら俺がピエロになるだけだ。
でも、何かあってからじゃ遅すぎる!
こんな当たり前のことに気付いていたはずなのに、適当な理由並べてセレンさんから距離を置こうとしたんだ。
そりゃ、胸騒ぎがするのも当然だ。
大馬鹿野郎め。
いつだって俺の行動の選択権は俺にあるんだ。なら、俺が望む選択を選ばなきゃダメだろ!
「キュッ!」
ん? なんだ? なにかを踏んづけたような感触がしたんだが……。
足を止め、足元を見つめる。
そこには俺に踏みつぶされ、口から血と内臓を吐き出しているブラビットの亡骸があった。
「ッスー」
これ、やばくね?
冷や汗をかいていると、ザザザと草木が揺れる音が周囲から聞こえだす。
そして、いつの間にか俺とチンピラ二人を大量の赤い目が囲んでいた。
まずい。間違いなくこいつらは俺の命を狙っている。
だが、俺はここを無傷で突破しなくてはならない。ここはブラビットたちをビビらせるしかない!
先ずは槍を全力で一振り。
この一撃はブラビットたちを刺激しないために、敢えて当てない。
だが、その風切り音に恐れたのか一部のブラビットたちは少し後ろに下がった。
よし、これならいけるぞ。
「驚いたか? だが、俺はまだ一割も本気を出していないぞ?」
「「なっ!?」」
俺の後ろに控えるチンピラたちが驚きに目を見開く。
違う、驚かせたいのはお前らじゃない。
「しかもだ、俺の戦闘力はおよそ五百三十万だ。分かるか? あの悪の帝王の十倍の力が俺にはある」
「ア、アニキ、悪の帝王って誰でやんすか?」
「分からねぇ、分からねぇが、悪の帝王だぞ!? 多分めちゃくちゃすげえ奴だ!」
「じゃ、じゃあ、その多分めちゃくちゃすげえ奴の十倍の戦闘力があるあのルーキーは多分ハチャメチャに強いってことでやんすか!?」
「違いねぇ! へっ、ブラビットたちに囲まれたときはビビっちまったけど、活路が見えたぜ! やってやってくださいよ! ルーキーさん!!」
やばい。
なんか後ろのチンピラたちが俺の言葉を真に受けてしまっている。
いや、でもブラビットたちも心なしかビビってる気がするぞ!
これはいける。これなら押し切れる!!
「大人しく立ち去るというなら見逃してやる。さあ、選べ! 逃走か敗北をなぁ!!」
「「ヒュー! ルーキー、ヒュー!!」」
俺の言葉にブラビットたちもただならぬ気配を感じたのか、ぞろぞろと後退し俺の前に道を作る。
よしよし、やけくその作戦だったがうまくいってよかった。
これで一安心だな。
ふう、と安堵のため息をつき顔を上げると、いつの間にか俺の目の前によく肥えたブラビットの変異種がいた。
「ギュルゥ?」
変異種は俺の顔を品定めするようにのぞき込む。
その変異種の後ろではブラビットたちが「やっちまってください! アニキ!」と言わんばかりに「キュッキュッ!」と鳴きながら飛び跳ねていた。
フッ……ビビらせるつもりが藪蛇だったか。
「ア、アニキ……あいつは!!」
「あ、ああ。俺たちが手も足も出なかった奴だ……! あいつは不味い、いくらルーキーでも……」
「待つでやんす、アニキ。あのルーキーの背中を見るでやんす」
「はっ!! あの、俺に任せろと言わんばかりの背中は……!!」
「アニキ、あのルーキーは多分めちゃくちゃすげえ悪の帝王の十倍強い奴でやんす! あいつなら、きっと……!」
「ああ。あのルーキーなら、きっと……!!」
背中にビンビンと期待の眼差しが突き刺さる。
何を勘違いしているんだ。俺の背中には哀愁と諦めしかないぞ。
前方の魔獣、後方のやけに期待してくるチンピラ二人。
自分で蒔いた種とはいえ、この魔獣を呼ぶことになったのも、チンピラ二人が過剰なまでに俺に期待しているのも俺の責任だ。
やるしかない。
「ギュルアアアア!!」
「ちくしょう!! かかってこいやあああ!!」
俺、この戦いで生き残ったらセレンさんにもう一度思いを伝えるんだ……。
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