第27話 黒幕

 NTR。

 それは人によっては性癖であり、人によっては吐き気を催すほどの行為。

 

 ちなみに俺は時と場合によるが、基本は苦手派である。

 

 しかし、今夜俺はそのNTRをする。

 ターゲットは俺の師匠でありブラコンのセレンさん。今は亡き弟に恋するセレンさんを俺に振り向かせるのである。


 作戦はこうだ。


『セレンさん、探しましたよ』


『クナン……。諦めろ。お前は私の弟ではない』


『そんなに弟がいいんですか!?』


『そうだ。私はブラコンだからな。弟以外の男など虫けらに過ぎん』


『いいでしょう。それなら俺にだって考えがあります』


『なんだと?』


『俺は、今日からセレンさんの義弟になります! よろしくね、お姉ちゃああああん!!』


『な、なんだってー! クナンが私の義弟に!? くっ、ブラコンの血がクナンを求めてしまうー。スキダー。アイシテルー』


『ふっ。俺を養ってくださいね、セレンお姉ちゃん』


 完璧だな。

 姉弟の盃をかわすためにお酒も購入済みである。


 問題はセレンさんの居場所だ。

 街中を探し回っているのだが、一向に見つからない。


「ん? おお、クナンか。こんなところでどうした? セレンでも探しているのか?」


 声のした方に視線を向けるとスキンヘッドの支部長・ノーキンさんがいた。


「あ、ノーキンさん。実はそうなんですよ。セレンさんの居場所知りませんか?」


「セレンなら東の森へ行ったぞ」


「あー、そうなんですね。じゃあ、僕は森に行きますね」


 ノーキンさんに頭を下げる。


 それにしても、運がよかった。

 まさか、たまたまノーキンさんが僕がセレンさんを探している最中だと知っていて、なおかつセレンさんの居場所まで知っているなんてことがあるとは思わなかった。


 凄い偶然もあるもんだ。


《① 本当に偶然か? 全てはヤツの手のひらの上じゃないのか? 裏をかいてノーキンに殴りかかる》


《② 支部長のノーキンさんが黒幕のはずがないッッッ!! ノーキンさんをバカにするヤツはこの俺が許さないぞッッッ! それはそれとして、念のためノーキンさんに聞いてみる》


 確かに。

 俺もまさかノーキンさんが黒幕だとは思っていないが……てか、そもそも黒幕ってなに?

 なにか事件って起きてたっけ?


 まあ、なんにせよ確認は大事だ。②を選んでみよう。


「ノーキンさん、あなたが黒幕なんですか?」


「ギクッ!!」


 え、ギクッて言ったよ。

 嘘だろ? 仮にノーキンさんが黒幕だったとしても、ギクッなんてあからさまな反応するのか?


「そ、そんなはずないだろ! ふざけたこと言ってるとギルドから追放するぞ!」


 うわ、言ってることが小物だ。

 俺、ちょっとだけノーキンさんのことスキンヘッドで頼りになる大人な人と思ってたけど勘違いだったかもしれない。


「そもそも、だ。仮に俺が黒幕だったとしてもお前はセレンの下に向かわざるを得ない。なんせセレンは今頃死んだはずの弟と再会している頃だろうからなぁ」


 な、なんだと……!?


「ッ。それが、最初から狙いだったんですね」


「果たしてどうだろうな? だが、急がないと不味いんじゃないのか?」


 そういうことだったのか。

 セレンさんがブラコンになったこと。その黒幕こそがノーキンさんだったのだ。

 そして、セレンさんを狙う俺の計画を邪魔するために、ノーキンさんは再び何らかの手段でセレンさんと弟を再会させ、セレンさんを取り返しのつかないブラコンにしようとしているに違いない。


 そこから予想出来ることは一つ。


 ノーキンさんは姉弟ものが大好物の人なのだ。

 だからこそ、実の姉弟で思いあっているセレンさんたちを至高と考えているのだろう。

 

 そうはさせない。

 俺はセレンさんの義弟となり、養ってもらうのだ。


「お前の思い通りにはさせない。セレンさんは、俺が……ッ!!」


「ククッ。お前には無理だ」


 血が繋がっていない俺には無理だと笑うノーキン。


 ノーキンを睨んでから、東の森へと飛びこむ。


 血が繋がっていない方が世間体的には便利だってことを俺が証明してやる!



***



 駆ける、駆ける、駆ける。

 ひたすらに森の中を駆ける。叫ぶ余裕もない。


 今こうしている間にもセレンさんは弟と愛を確かめ合っているかもしれないのだから。

 手を繋ぐはセーフ。キスはアウト寄りのギリセーフ。

 それ以上は完全アウト!


 森の奥まで来たところで人の話し声が聞こえた。

 そっちに急いで向かうと、セレンさんと誰かの姿が見えた。


 あれが弟だろうか。死んで蘇ったからか随分と血の気がない顔だ。

 とりあえず、最悪な事態には発展していないらしい。それどころかキスもしていないようだ。


 だが、油断は出来ない。

 セレンさんほど綺麗な姉相手ならば、弟がいつ暴走したっておかしくない……って、あいつセレンさんに抱き着こうとしてやがる!


 くそっ、そうはさせるかああああ!!


「させるかあああああ!!」


「「ッ!?」」


 セレンさんと弟の間に飛び込む。

 突然姿を現した俺に弟とセレンさんが目を見開いていた。


 そして、ブスリと嫌な音が俺の脇腹から聞こえてきた。


「え……」


 ブ、ブスリ?

 あ、知ってる。この感じ、前世でもあった。

 音のした場所が熱くなって、痛くて……そうそう、こんな感じで熱い場所に手を置いたらべったりとした液体が付着しててねって、刺されてるうううう!?


「ク、クナン! おい、大丈夫か!?」


 セレンさんが顔面蒼白でナイフが刺さった俺の脇腹を抑える。

 止血したいんだろうけど、めっちゃ痛い。


「しっかりしろ! くそっ、手持ちが少ない……!」


 俺の手当てを急ぐセレンさん。

 その姿を見て、不謹慎にも俺はちょっと嬉しくなっていた。


 それにしても、まさかセレンさんの弟がセレンさんを刺すという凶行に及ぶとは思っていなかった。


「ははっ。そいつが僕の代わりってわけだ。あの時も同じだったよね? 姉ちゃんはそうやって僕らを盾にして生きてる」


 必死に俺を手当するセレンさんの背後から弟が声をかけてくる。

 その声にセレンさんの表情がこわばった。


「やめなよ。そうやってさも大切にしてますって演技するの。どうせ、そいつがいなくなったらまた代わりを見つけるんでしょ? 僕の代わりにそいつを選んだみたいにさあ!!」


「ち、ちがっ「なにが違うのさ!」


 弟は目を血走らせ、憎々しげにセレンさんを睨みつけていた。

 睨まれたセレンさんは今にも泣き出しそうなほど弱々しい表現だった。


「なにも違わない。いつでも一人で突っ走って、必死で追いかける僕らのことを考えているようで考えてない。だから、僕は死んだ! 姉ちゃん、いや、僕を殺したお前を僕は絶対に許さ……ッ」


「お前、バカなのか?」


 思わずそう口に出していた。

 いや、だってそうだろう。


 俺からすると、どう考えたってこいつの言ってることはすべて嘘でしかないのだから。

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