第26話 NTR

『さあ、こっちへ来い』


『セ、セレンさん、やめてくれ! 俺は痛いのは嫌いなんだ!』


『安心しろ。直ぐに快感に変わる。それに、なんでもすると言ったのはお前だろう?』


『だ、だからって、細剣を尻にぶっ刺したいなんて嫌――アーッッッ!!』




「はっ!! ゆ、夢か……」


 目覚めるとベッドの上だった。

 布団からはほのかに甘い香りがする。なんかいい匂いだ。


 それにしても、まさかセレンさんがSに目覚めてしまったとは……。

 これからどう付き合っていけばいいのだろうか。

 俺もMに目覚めた方がいいのだろうか。


 一先ず身体を起こし、周囲を見渡す。

 どうやら俺は部屋の中にいるらしい。机と椅子、それからベッドがあるだけの簡素な部屋だ。


「ん? 手紙?」


 ベッドの横にある机の上には一通の手紙があった。

 便せんには「クナンへ」と書かれていた。


 セレンさんの置手紙だろうか。


 早速便せんの中から手紙を取り出し、読み始める。


『 クナンへ


 先ずは謝罪をさせて欲しい。初対面でつっかかったことに始まり、今日お前を殴ったこと、そして何よりお前の好意を利用したこと、本当にすまなかった』


 書き出しはそんな感じだった。

 初対面と今日殴られたことは理解できるが、利用したというのはどういうことだろうと思いつつ続きを読み進めていくと、セレンさんは急に弟の話をし始めた。


『私には弟がいた。決して才能に溢れていたわけではないが、優しく、勇敢な自慢の弟だ。頭に生えたアホ毛や撫でると照れくさそうにするところが愛くるしい。世界一可愛くてかっこいい弟だ』


 あ、この人ブラコンだわ。

 聞いてもないのに弟の自慢話をする辺り間違いない。

 それから数行にも渡ってセレンさんの弟自慢は続いた。申し訳ないが殆ど読み飛ばさせてもらおう。


『魔獣の大量発生で父と母を失ってからは、弟と共に生きてきた。私にとってかけがえのない唯一の愛する家族であり、守るべき存在だった。だが、弟は私を庇って死んだ』


 そこからは当時のことが記されていた。


 夜に助けを求める冒険者たちのために、「ギルドに任せよう」という弟の言葉を遮り森に飛び込んだこと。

 森の奥地で一際強い魔獣に出会ったこと。

 魔獣を倒し、冒険者を助けることに成功した直後に何者かに襲撃されたこと。

 そして、襲撃者の拳に貫かれかけたセレンさんを庇い、弟が死んだこと。


『あのとき、私に力があれば、そもそも弟の言う通りギルドに任せていれば、弟をついてこさせなければ……弟は死ななかった。まだ子供だった私は、目の前で苦しんでいる人を救えるという甘い理想を信じていた。そして、最も大切な人を失った』


 ほんの少しだけ、セレンさんが俺に突っかかってきた理由が分かった。

 あの時の俺は調子に乗っていたし、前世の記憶から冒険者という職業に少なからず夢や希望を抱き、理想を思い描いていた。


 だが、現実はそう簡単じゃない。

 それを知るセレンさんだからこそ、理想を夢見る俺のような新人冒険者にいら立ったのだろう。


『弟は私のせいで死んだ。これは、紛れもなく私の過ちだ。だから、今からお前に伝えることは大切な人に庇われた弱い人間の紛れもない本音だ』


『生きてくれ』


『己の身を犠牲にしてまで、誰かを助けようとすることは尊い行いだ。弟に助けられた私に弟の行動を否定することなど出来るはずがない。それでも、私は弟に生きて欲しかった』


 それは紛れもないセレンさんの本音だった。


『クナン、お前は私の弟に少しだけ似ている。もちろん、容姿や声は私の弟と比べればクナンは路傍の石程度だ』


 やっぱりあんたブラコンだろ。

 俺をわざわざ下げなくていいじゃん。


『だが、お前の生き方は弟に近い。私のために己の身を全て捧げようとするのは、弟とクナンだけだ』


 ん? 全てを捧げる……?


『だから、お前は生きろ。必ず生き残れ。その上で助けられる人がいるなら助けたらいい。自分が死ぬことで、涙を流す人がどこかにいることを忘れるな』


『最後に、机の上にある小包は弟に渡そうと思っていたものだ。本来は私自身が墓前に供えるべきなのだろうが、私は少し急用が出来た。お前に託す。墓の位置はアリスさんにでも聞いてくれ。

 ありがとう。お前に出会えて本当によかった。さようなら』


 手紙はそこで終わっていた。


 手紙を閉じて、息を吐く。


 この手紙を読んだようやく分かった。

 今まで俺は重大な勘違いをしていたのだ。


 セレンさんが俺のことを好き?

 違う。


 セレンさんは俺が好きだったのではなく、俺と弟を重ねて見ていたのだ。

 つまり、セレンさんが本当に大好きで、愛していたのは弟だったのである。


 しかも、注目すべきは『セレンさんのために全てを捧げようとするのは』というところだ。


 『全てを捧げる = 愛してる』のようなものだから、セレンさんは弟と相思相愛だったのだろう。


 「俺のこと好きなんじゃね?」と思わせるような態度を見せたのは、俺と弟を重ねていたからということだ。


 以上のことを踏まえ、セレンさんの気持ちの変化を簡潔にまとめるとこういうことだろう。


①弟、死んじゃった。悲しい。


②なんかちょっと弟に似てるやつ来た。好きかも……。


③やっぱこいつ弟じゃねーわ。


 ちくしょう!!

 ブラコンのセレンさんだからこそ、弟かそうでないかの差はでかかったということだろう。


 いや、そもそも俺に弟を失ったセレンさんの傷を癒せるくらいの包容力があれば……!


 しかも、セレンさんは中々の鬼だ。

 恋敵である弟に、自分の代わりにプレゼントを渡して欲しいなんて拷問に等しい。

 渡したいなら自分で渡しにいけよ!

 その方が弟さんも喜ぶだろうよ!


 期待していた分、落胆も大きい。

 せっかく、これからセレンさんとのイチャイチャ生活が幕を開けると思ったのに……。



《① 諦めるのはまだ早い。セレンさんをNTRしよう》


《② 諦めよう。大人しくNTR野垂れ死にしよう》


 NTR使いたかっただけだろ、お前。


 一応、言っておくと俺は生粋の純愛派だ。

 いや、でも流石にNTR野垂れ死には嫌だ。


 やるしかない。俺は、セレンさんを弟の呪縛からNTRしてやる!

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