第25話 真意
***<セレン視点>***
「お前の全てを私に寄越せ」
口をポカンと半開きにしたまま、クナンが固まる。
信じられない、そう言いたげな表情だった。
僅かな時間が永遠のように長く感じられる。そして、その時間は少しづつ熱くなっていた私の頭を冷静にしていた。
私はなにをバカなことを言っている。
本気でこいつの未来を捨てていいと思っているのか?
いや、だが先に求めてきたのはこいつだ。なら、私がこいつをどうしようとそれはこいつの望み通りの結果ではなかろうか。
沈黙の末に、先に痺れをきらしたのは、私だった。
「どうした? 怖気づいたか?」
恐らく悩んでいるであろうクナンへの挑発じみた問いかけにクナンは真っすぐに答えた。
「いいですよ。俺の身体も、心も、将来も、全部セレンさんに託します」
恐ろしさすら感じるほどの、綺麗な淀みのない瞳だった。
寧ろこれから訪れるであろう自身の未来への希望すら感じさせる輝きまで、その目にはあった。
狂ってる。
お人よしなんて優しいもんじゃない、バカどころの愚か者ですらない。
こいつは、クナンは狂人だ。
誰かのために自分の身を平気で投げ捨てられる。自分の幸せよりも、他人が幸せになる姿を心の底から望むことが出来る。
そういう、ごくまれに存在する狂った人間を私はよく知っている。
なぜなら、それは――。
「だから、セレンさんも自分の思いを誤魔化さないでください」
固まる私にクナンは優しく語り掛ける。
まるで、私の本心に気付いているかのように。
「ほ、本気か……?」
「ええ、もちろんです」
クナンが微笑む。
その笑みが、死に際の弟の顔と重なった。
そこで、ようやく私は理解した。
クナンは弟なんだ。
いや、厳密には弟ではない。だが、あの日の弟と同じだ。
死なせてはいけない。
誰かのために自分の身を差し出せるこいつだからこそ救えるものがたくさんある。
だけど、クナンの生き方は弟と同じで早死にしかねない生き方だ。
自己犠牲は、最悪の場合最も守りたかった人を悲しませる。
それだけは、クナンとこれからこいつが出会う人のために、その道だけは歩ませるわけにはいかない。
しかし、この大馬鹿はきっと口で言っても理解しないだろう。
ゆっくりとクナンに歩み寄る。
すると、クナンのやつは生意気にも私の唇に人差し指を当てた。
「セレンさん、一旦止まりましょう。俺はセレンさんを愛しています。だから――」
俺の全てを好きにしてください、とでも言おうとしたのだろうか。
全く、こいつは本当に……。
「いいんだ」
それ以上は言わせない。
言わせるわけにはいかない。
「私がどうしたいのか、嫌というほどよく分かった。それは、他でもないクナンのおかげだ」
クナンの腹部に拳を叩き込む。
クナンの表情は驚きに染まっていたが、私が鍛えただけありまだ意識はあるようだった。
思えば、出会ったときから根性はある奴だった。
遠慮は無用だろう。寧ろ、これから私がすることを考えれば遠慮だけは絶対にしてはいけない。
意識があれば、こいつは必ず余計なことをする。
だから、ここでお別れだ。
「な、なんで……?」
「ありがとう、じゃあな」
困惑しているクナンに鞘から抜いた細剣を叩き込む。
クナンの身体は宙を舞い、そして地面に激突して動かなくなった。
クナンが動かなくなったことを確認してから、直ぐに私はクナンの身体を抱えて宿屋に入った。
自分の部屋に入り、クナンをベッドに寝かせる。
そして、棚から紙を取り出し、手紙を書き始める。
こうして自分の思いをさらけ出すことは苦手だが、ありのまま書き綴ろう。
どうせこれが最後だ。そう思えば書くことも自然と浮かんできた。
書き終えた手紙と棚にずっとしまわれていた小包を出す。
中身は一本の煙管。
タバコに憧れていた弟にいつかプレゼントしようと思い、弟の生前に買っていたものだった。
手紙を下敷きにし小包を置く。
「身勝手な師匠ですまない」
そして、部屋を後にした。
*
宿屋を出て、東の森へ真っすぐに向かう。
既に日は落ちており、森に近づくほど人気はどんどんと無くなっていく。
その途中、一人の男と出会った。
「よう、こんな時間にどこへ行くんだ?」
「支部長……」
特徴的なスキンヘッドに大柄で筋肉に包まれた身体のその男は支部長のノーキンだった。
こんな時間に東の森へ続く道中になぜいるのか。
「支部長こそ、なぜこんなところに?」
「見張りだよ見張り。普段は冒険者に任せるんだがな。今日は見つからなかったから仕方なく俺がやってんだ」
いくら代わりがいないからといって見張り程度にわざわざ支部長が出てくるのかという疑問はまだあるが、今はそれを気にしている場合ではない。
「そうですか。では、私はこれで」
「おいおい、俺の質問への返答はなしか?」
「すいません」
ここで止められるわけにはいかない。
私にはやるべきことがある。
逃げるようにして森の中へと駆け込む。
後ろは振り返らない。
暗い森の中を走り抜ける。
偶然にも私にとっては都合よく魔獣に襲われることはなかった。
そして、以前あの男に出会った場所で足を止める。
私の視線の先には切り株の前で佇むあの男がいた。
薄汚いローブに、気味が悪い笑み。間違いない。
「こんばんは。おや、一人ですか?」
私に気づいた男は不気味な笑みを貼り付けたまま問いかける。
「ああ」
「おかしいですねぇ。私はあなたともう一人黒髪黒目の少年を連れて来るようにお願いしていたんですけどねぇ」
「そんなやつは見つからなかった」
「見つからなかった?」
ジロリ、と男の鋭い視線が私を射抜く。
ここで私は敢えてシラをきった。
その返答によっては、私は腰にさげた細剣を抜かなくてはならない。
「おかしいですねぇ。あなたは確かに黒髪黒目の少年と一緒に歩いていましたよねぇ?」
「ほう。つまり、お前は私がそいつと知り合いだと知りながらそいつの身を欲しがったというわけか」
案の定、男は尻尾を出した。
そもそもの話、弟を助けたがっている私の目の前に現れて、偶然私が弟子にしたクナンの特徴をもつ少年を連れて来いということが怪しい。
つまり、こいつは私とクナンの身を欲しがっていることになる。
「生憎と私の弟子を何処の誰とも分からない奴に渡すわけにはいかない」
私が細剣を抜き、構えても男は冷静だった。
「おやおや、いいのですか? 弟に会えなくなりますよ?」
確かにその通りだ。
これは私が待ち望んだ死んだ弟に出会う千載一遇のチャンスだ。
それでも、クナンを犠牲にするやり方は間違っている。
「覚悟の上だ」
突然、男は口をおさえてクツクツと笑い出した。
「なにがおかしい?」
「いえ、なに。弟さんが報われないと思っただけです」
「なんだと?」
「そうでしょう? 命を賭けてあなたを救った。だが、そのあなたは何処の誰とも分からない少年に自分の影を重ね、命を投げ捨てるほどあなたを大切に思っていた自分より、その少年を優先しようとしている。所詮あなたにとって弟などどうでもよい存在だったのでしょう?」
「ふざけるな!」
私の声に驚いたのか森の木から一斉に鳥が羽ばたく。
私にとって弟がどうでもいいだと?
冗談だとしてもそんなことを言われて冷静でいられるはずがなかった。
「おー、怖い怖い。ですが、あなたの弟はどう思っているでしょうねぇ?」
含みのある言い方に、どういうことか問い詰めようと一歩踏み出す。
それとほぼ同時に男は懐から一体の人形のようなものを取り出し、私に向ける。
すると、手のひらサイズだった人形は瞬く間に男と並ぶほどに成長し、髪を生やし、服まで身につけていく。
人形の成長が止まり、その顔をあげたとき、余りの衝撃に私は言葉を失った。
「久しぶり、お姉ちゃん」
人形の姿も声も、紛れもなく死んだはずの弟そのものだった。
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