第24話 エンダ……ア……?

「お前の全てを寄越せ」


 夕暮れ時、沈みゆく太陽で赤く染まる街の中、セレンさんは確かにそう言った。

 

 確かに俺はなんでもすると言った。

 だが、全てだ。

 この身も、心も、これから先の人生も、それら全てをセレンさんは求めたのだ。


 そんなの、そんなの……告白じゃないか!!


 流石にクールな俺も固まらざるを得ない。

 まさかセレンさんが俺のことを好きだったとは……いや、思えば前兆はあったのかもしれない。

 

 最初にやけに突っかかってきたところは、前世で読んだラブコメ漫画を彷彿とさせるものだったし、胸に触れられるという出来事があったにも関わらず俺と師弟関係になるなんて普通はあり得ない。


 そう考えれば、あれもこれもどれもセレンさんの照れ隠しだったのではなかろうか。

 俺が誤って「姉」呼びしたときに、苦々しい口調だったのも『お前には姉ではなくマイハニーと呼んで欲しいな……ポッ(頬を赤らめる音)』と考えれば辻褄が合う!


 俺はなんて愚かだったのだろう。

 セレンさんの真意に気付くことが出来ず、遂にはセレンさんの方から告白させてしまうなんて……。


 正直、セレンさんのことは師匠として見ていたがセレンさんがそのつもりなら、俺だって大歓迎だ。

 なんていったって、セレンさんは年上のお姉さんであり、面倒見がよく、美人である。

 これほどのいい人に文句を言うやつがどこにいるのだろうか、いや、いない!!

 

「どうした? 怖気付いたか?」


 俺にとっては一瞬のことだったが、現実ではそれなりの時間が経過していたらしく、セレンさんは挑発的な瞳で俺を見つめていた。


 ここでセレンさんに失望されるわけにはいかない。

 今後、俺がこんなに綺麗で面倒見がよくて、しかもAランク冒険者というお金持ちの女性に求められることなど無いだろう。

 田舎で奥さんとほのぼのイチャイチャスローライフを送るには、セレンさんを逃がすわけにはいかないのだ。


「いいですよ」


 はっきりとセレンさんに聞こえるように返事をする。

 セレンさんは口を閉ざしたまま俺をじっと見つめている。


「俺の身体も、心も、将来も、全部セレンさんに託します。だから、思いを誤魔化さないでください」


 もう一度、はっきりとセレンさんに俺の意思を告げる。

 今度こそ俺の思いが通じたのか、セレンさんは目を見開いた。


「本気か……?」


「ええ。もちろんです」


 俺の覚悟は既に出来ている。

 さあ、『愛してる』でも『アイラブユー』でも『ウォーアイニー』でも、かかってこい!

 すぐに『エンダアアア!!』と叫んでやる。


 ウッキウキでセレンさんの告げる言葉を待つ。


 やはりセレンさんは言いづらいのか、何度か口を開きかけては閉じるを繰り返す。

 それから顔を伏せてしまった。


 数秒間、一瞬のようにも永遠のようにも感じられる時間が流れた。

 とうとう覚悟が決まったのか、セレンさんは吹っ切れたような澄んだ瞳で俺を見つめると、ゆっくりと顔を近づけてきた。


 こ、これはまさかキスか!?

 ど、どうしよう! 俺、セレンさんを満足させるような大人のキスの仕方なんて知らねーよ!

 

 あたふたと心の中で喚いている間にもセレンさんは俺にどんどん近づいてくる。

 そして、セレンさんと俺の影が触れ合うほど近づいた時にその正体は天使か悪魔か、俺の前に選択肢が突き付けられた。



《① 欲望のままに食らえッ!》


《② 童貞がゴチャゴチャやかましいッ! 大人しくくらえッ!》


 え、なんかキャラクター違うくない?


 言いたいことはなんとなく分かる。要は、自らがっついて食らいにいくか、童貞らしくセレンさんに身を任せて大人しくキスをくらうかという話だろう。


 でも、君そんな肉食系みたいな口調だったっけ?


 そんなことを考えていると新たな選択肢が目の前に浮かび上がってきた。


《③ 大人のキスが分からないなら、学べばいいじゃない。(辺りにいる大人たちに手あたり次第キスして回る)》


 お、いいね。

 そうそう。これだよ、これ。

 女性ではなく大人としているところに俺とおっさんを結ばせようという《ゲームシナリオ》の魂胆が透けて見えてて非常にいい。


 別に選ぶわけじゃないけど、やっぱりこの誰が選ぶんだよっていうこのちょっといかれた選択肢が無いと安心しないよな。


 ③は消去でいいとして、選ぶなら①か②だ。

 だが、生憎と俺はキスの経験に乏しいお子様だ。そうなると②が無難に思える。

 よし、②でいこう。


《④ 告白も向こうからでキスまで受け身。果たしてそれでセレンさんの心を満たせることが出来ると思っているのか?》


 む。

 《ゲームシナリオ》にしては痛いところをつくじゃないか。

 確かに、セレンさんが年上で面倒見がいいからってなんでもかんでも頼りにするのはよくないかもしれない。


 寧ろ、俺も積極的に自分の気持ちを表現するべきか。

 しかし、俺はキスのやり方なんて知らない。


《⑤ そもそも、人前で大人のキスなんてあまりしない方がいい。紳士ならば、ここは一度セレンさんを止め、宿屋でベッドインしてから貪り食らうべきだ》


 いや、貪り食らうなんて言う奴は多分紳士じゃない。


 うーむ。安易に②を選ぼうとしていたが、これから俺が足を踏み入れるのは大人のお姉さんとの恋愛というまだ知らぬ領域だ。

 下手にがっつくのもよくないと思うし、《ゲームシナリオ》の忠告通り受け身すぎるのもダメな気がする。


 人前で大人のキスをあまりしない方がいいという⑤の考えにも頷ける。

 よし! ここは⑤だ!


 べ、別にセレンさんを貪り食らいたいなんて思ってないから!

 ただ、ちょっと添い寝くらいならやってみたいかもって思っただけだから!

 か、勘違いしないでよね!!



 近づいてくるセレンさんの唇に人差し指を当てる。


「セレンさん、一旦止まりましょう」


 セレンさんは僅かに目を見開き動きを止めた。

 

 ここからが重要だ。ここでセレンさんに俺がセレンさんを求めていないと勘違いされるわけにはいかない。

 きちんと、俺はセレンさんが好きだと伝え、その上でキスはもう少し待ってほしいということを理解してもらう必要がある。 


「俺はセレンさんを愛しています。だから――」


「いいんだ」


 俺の言葉を遮ったのはセレンさんの穏やかな声と、頭に優しくのせられた暖かな手のひらだった。


「私がどうしたいのか、嫌というほどよく分かった。それは、他でもないクナンのおかげだ」


「セレン、さん……ッ!?」


 腹部に衝撃を受け、地面に膝をつく。

 信じられないことに、拳を出したのは今も俺に向けて微笑むセレンさんだった。


「な、なんで……?」


「ありがとう、じゃあな」


 気づいた時には俺の身体はあの日と同じように宙を舞っていた。

 夕暮れ時ながら未だに青さを残す空を眺めながら、俺は一つの仮説に辿り着いた。


 何度もたたきのめされた初対面。

 助けない宣言からの放置プレイ。

 俺の全てが欲しいというセレンさんの言葉。

 やけにセレンさん関連でSMを強調していた《ゲームシナリオ》。


 そうか、セレンさんは……人を痛みつけることに快感を覚えるドSだったのか。


 地面に後頭部を打ち、俺の意識はそこで途絶えた。

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