第23話 影
***<セレン視点>***
クナンに連れられて来た場所は武器屋だった。
クナンに武器を買ってやった場所であり、私が弟と初めて武器を買った場所でもある。
店主はあの時から何も変わっていない。
無口でいい武器をひたすらに作り続けている。
「セレンさんはなにか欲しい武器はありませんか?」
暫く店の中を見ていると、クナンが不意に問いかけてきた。
「いらない。私にはこれで十分だ」
腰にぶら下がる細剣に目を落とす。
この街で冒険者を始めた日から苦楽を共にしてきた一振りだ。
この細剣には数えきれぬ思い出が詰まっている。
『お姉ちゃんには細剣が似合うよ。ほら、このスラッとした形とかお姉ちゃんそっくりじゃん!』
『誰が貧相な身体だって?』
『だ、誰もお姉ちゃんの身体が貧相だなんて言ってないよ!!』
目を閉じれば瞼の裏に蘇る。
弟と過ごした日々のことが。
もう一度、もう一度だけあの日々を取り戻したい。
「セレンさん」
名前を呼ばれたことで、意識を今に引き戻す。
私の目の前には弟ではなく、弟子のクナンがいた。
「次のお店に行きましょう」
「ああ、そうだな」
クナンと共に店主に一礼してから、店のドアノブに手をかける。
それと同時に滅多に自分から話さない店主の声が背後から聞こえた。
「また、二人でいらっしゃい」
「はい!」
元気よくクナンが返事をする。
だが、私は店主の顔を見ることなく店を後にした。
*
次にクナンに連れてこられたのはオシャレな服屋だった。
「好きに服を見てください」といってクナンは早々に姿を消した。
思えば長い間服を買っていなかった。
弟が死ぬ前は弟の服を買うために何度か来た覚えがあるが、死んでからは恐らく一度も無い。
私にとっての服は身を守るためであり、決して人に見せるためのものでは無くなっていたからだ。
どうせ私の身は夜には他人のものだ。
今更、見た目に気を遣おうとは思わない。
だが、今ここでやることがないのも事実。
仕方なく店の中を歩いていると、一着のドレスが目についた。
家族や有力な商人の娘が着るような生地のいいドレスだ。
装飾こそ少なめで色も空色とシンプル。
だが、身体のラインがハッキリと出るデザインでかなり着る人を選ぶタイプのドレスだった。
そんなドレスに私の目が止まった理由は一つ。
弟がいつか私にプレゼントすると言っていたドレスだからだ。
『お姉ちゃんもたまにはオシャレしなよ』
『いや、私はいい。それに貧相な身体の私では豪勢な服など似合わないだろうからな』
『まだ武器屋のこと根に持ってたんだ……。あ、じゃあこれとかどう?』
『なんだこれは? ドレス? そ、そんな高いもの買えるわけないだろう!』
『でも、このスラッとしたドレスきっとお姉ちゃんに似合うよ! 決めた! 僕、いつかこれをお姉ちゃんに買う! そんで、お姉ちゃんが世界一綺麗だって皆に自慢するんだ!』
結局、弟はこのドレスを買う前に亡くなった。
今や、私の手元にはこのドレスを買えるだけの金もある。
弟からのプレゼントではないが、弟はドレス姿の私を見てどんな言葉をかけてくれただろうか。
それだけでも、知りたかった。
ふと、横からの視線を感じ、そっちに視線を向ける。
そこにはじっくりと私を見つめるクナンの姿があった。
「そんなにジロジロ見て、どうかしたか?」
「なんでもありませんよ。それより、そのドレス気に入ったんですか?」
クナンが指差すのは私の手の中にあるドレスだった。
「……いや、なんでもない」
返す言葉は見つからず、結局私はドレスを元の位置に戻した。
クナンはなにか言いたげな視線を向けてきていたが、それを無視しひと足先に店を後にした。
*
「まだ行く店があるのか?」
「次が最後なので、お願いします!」
クナンに頼まれ、最後に来た場所は様々なものが売っている雑貨屋だった。
「じゃあ、俺はなんかいい感じのものがないか探しますね! セレンさんもこれ欲しいなーってものがないか探してみるといいですよ!」
店内に入るや否やクナンはそれだけ言い残して奥の方に消えていった。
服屋のときも武器屋のときも思ったが、ただ何も買わずに店内を回るだけなら私は必要なかったのではないだろうか。
まあ、どっちにしろこれが最後だと思いつつ店内を歩く。
雑貨屋というだけあり、生活必需品から嗜好品まで様々な商品が置いてある。
その中でも一際目立つ場所に、煙管がいくつか並んでいた。
タバコと呼ばれる葉っぱの煙を吸うための道具だ。
独特の匂いを放つタバコには中毒性があり、禁止されている地域もあるが、心労の多い冒険者たちなどを中心に人気を集めている。
私たちに冒険者の基礎を叩き込んだアリスさんも愛用しているものだ。
何気なく煙管を一つ手に取る。
私が前に買った時より、幾分かコンパクトになっている。
そういえば、前に買ったときは煙管は買ったが、肝心の葉っぱの方を買っていなかった。
葉っぱの入った小袋を手に取り、少し考えてから再びその小袋を置いた。
そして、その場を後にした。
なにかを買い終えたクナンと共に店の外に出ると、アリスさんに出会った。
アリスさんは私にとってはいつもの調子で煙をふかしていた。
「アリスさん、タバコ吸うんですね」
少し意外そうにクナンは尋ねる。
私にとってはいつも通りだが、受付嬢としてのアリスさんの姿しか知らないクナンにしてみれば確かに意外だったのだろう。
「ああ、あなたは知らなかったわね。受付嬢の時は出来るだけ綺麗な姿を意識しているのよ。もしかして、タバコは嫌いだったかしら?」
「いえいえ! 寧ろ、大人の女性って感じがして素敵です!」
タバコの独特な匂いや中毒性からタバコを毛嫌いする人もいるが、クナンはどうやらそうでもないらしい。
寧ろ、少しだけ興奮気味なところを見るに「大人っぽくてかっこいい」と思っていそうだ。
そんなところにも弟の影が見え、思わず顔をしかめた。
クナンの言葉に弟の影を見たせいか、その後の会話はあまり耳に入ってこなかった。
気づけばアリスさんは立ち去っており、私とクナンは今度こそ家に帰るために二人で歩き始めた。
会話は無かった。
*
宿屋の前についたがクナンは押し黙っていた。
約束の時間は近い。
「まあ、いい気分転換になったんじゃないか。じゃあ、またな」
弟の影をクナンに見出してしまった今、クナンを犠牲にする覚悟が揺らいだからだろうか。
時間は無いが、おそらく私はクナンと距離を置きたがっていた。
だが、バカは私の気持ちを更にかき乱すように足にしがみついてきた。
「なんでもするから離れないでえええ!!」
「は、離れろ!」
「いやだああ! 捨てないでえええ!!」
最悪だ。
もう本当に最悪だ。
バカは泣いているが、泣きたいのはこちらの方だ。
私と別れて、いつものようにダンデやバッカスたちとギルドで酒でも飲んでいればいいんだ。
そうすれば、私はお前に手を出せなかったと言い訳できた。
お前を、仕方なく見逃すという選択を選べたんだ。
なのにこいつは。
バカを引き剥がそうと足を振り回していたが、やめる。
「分かった」
私が呟くと、クナンは静かに顔を上げた。
きっと、心のどこかで私は止まりたかったのかもしれない。
既に亡き弟のために誰かを犠牲にしていい理由など存在しないのだから。
だが、もう遅い。
そんなに離れたくないなら、傍にいさせてやる。
「なら、お前の全てを寄越せ」
地獄の底まで、付き合ってもらおう。
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いつも読んでいただきありがとうございます。
私用で年末年始は忙しく更新が滞っておりました。
書き溜めも無くなりつつあるので、これからは更新頻度が落ちるかもしれませんが、出来る限り毎日投稿していくつもりなのでよろしければこれからもご付き合いください。
レビュー、フォロー、コメントなどして下さった方々、本当にありがとうございます。
いつもとても励みになっております。
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