第21話 おでかけ

「セレンさん、おはようございます! 今日も綺麗ですね!」


「ああ、おはよう」


 日課のセレンさんの挨拶を済ませ、そのまま二人で朝食を共にする。

 そして、宿屋を出る。


 当然ながらセレンさんの格好は私服ではなく冒険者スタイルだ。

 

「さて、今日も行くか」


「ちょっと待ってください」


 いつも通り森の方へ一歩踏み出すセレンさんを呼び止める。


「セレンさん、今日は俺と一緒にお出かけしませんか?」


「しない」


 そして、セレンさんをお出かけに誘ったが、断られた。


 う、うっそー。

 断られるなんて思ってないよ。

 好感度それなりに上がったかと思ってたけど、もしかしてまだ低かった?


「休みたいなら、そう言え。それなら、私は自由に動かせてもらうぞ」


「ちょっと待ってください!!」


「なんだ?」


 怪訝な表情でセレンさんが振り返る。

 

 どうする? ここで言葉選びを間違えれば断られることは目に見えている。

 セレンさんでさえ、「えー、何それ行きたい!」となるような完璧な誘い文句はないのか?


 くそっ! ダメだ。女性の誘い方なんて前世でも教えてもらったことない!


 俺が悩んでいる間にもセレンさんの眉間にどんどん皺が寄っていく。

 「何かあるなら早くしろ」と言われているようだ。


 そして、こんな窮地に颯爽と現れるのはいつものあいつだった。


《① 泣く》


《② 鳴く》


 なにいってんだ、こいつ?


 ①はまだ分かる。でも、②の鳴くってなんだ?

 すげー気になる。同じ”なく”だし、②にしてみるか。


「チー!!」


 ふぁ!?

 鳴くって麻雀のことかよ!


「き、急に叫ぶな! びっくりするだろ!」


「ポン!!」


 セレンさんが止めようとするが、一度鳴き始めた俺の口は止まることを知らない。


「カン!!」


 最後まで鳴き切ると、静かな時間が流れる。

 セレンさんの表情は依然として険しい。寧ろ、さっきよりもより難しい表情になっているようだった。


 終わった。

 

 前世でもいきなり鳴きだす奴とお出かけしたい人なんていないだろう。

 ましてや、この世界には麻雀なんて存在しない。セレンさんからすれば、俺はいきなり奇声を上げたヤバイ奴だ。


「確か、お出かけがしたかったんだよな?」


 完全に諦めきっていたのだが、セレンさんはなにも気にしていないといった優しい顔を向けていた。


「い、いいんですか?」


「ああ、たまにはそういうのもいいだろう。だから、その、まあ……落ち着け」


 セレンさんの表情はやけに穏やかで、その声も酷く暖かなものだった。


 あ、これ完全にヤバイ奴だと思われてるわ。


 ま、まあ、何はともあれお出かけできるのだからいいか!



***



 気を取り直して、セレンさんと共に最初に訪れたのは武器屋である。

 以前、セレンさんに槍を買ってもらった場所でもある。


「セレンさん、なにか欲しい武器ありますか?」


「ない。私にはこれがあればいい」


 セレンさんが大事そうに撫でているのは俺を幾度となく吹き飛ばした細剣である。

 

 うーむ。どうもあの細剣には相当な思い入れがあると見た。

 ここはやめて、次へ行くか……。





 続けてやってきたのは服屋である。

 思えば俺はセレンさんの冒険者装備以外の服装を見たことがない。


 スレンダーな体型に、俺よりも少し高い身長。

 胸こそ控えめだが、臀部と太ももに関してはボリュームがあり、非常に魅力的である。


 下半身に関しては、前世のセクシー女優にも引けを取らないくらいだ。

 きっと色々な服が似合うに違いない。


「そんなにジロジロ見て、どうかしたか?」


 武器屋よりは幾分か興味がありそうな様子でドレスなどを手に取って見つめていたセレンさんが、俺の視線に気づいたのかこちらを向いた。


「なんでもありませんよ。それより、そのドレス気に入ったんですか?」


 下半身を見ていました、なんて言えば冷たい視線を向けられることは確実だ。

 無難な返事をしてから、話題を逸らす。


 セレンさんの手には青い空のように美しいドレスがあった。


「……いや、なんでもない。行こう」


「え? い、いいんですか?」


「ああ」


 俺を置いてセレンさんは店を後にする。

 

 セレンさんはなんでもないって言ってたけど、あの感じ、絶対なんかあるよな?

 買うかは別としてとりあえず値段だけでも……ひえっ!


 や、やめておこう。到底今の俺に手を出せるような代物じゃない。



 服屋の次にやってきたのは雑貨店だ。

 正直ここが最後のチャンスだ。


 ここでセレンさんが俺でも買えそうなものを欲しがる様子があれば、それを買う。

 そうでなければ、最早お手上げである。


 頼む! なにかセレンさんが気に入るようなものよ、あってくれ!!


 そんな俺の願いが通じたのか、セレンさんは急に足を止めた。

 セレンさんの視線の先にあったのは煙管だった。


 暫くの間、セレンさんは煙管を見つめていた。

 

 隅からこっそりと様子を伺っている俺にその表情は見えないが、あれだけじっくり見つめているものが嫌いなものなはずはないだろう。


 よし、あれだ。

 あれにしよう!


 セレンさんが煙管の前から立ち去ったことを確認してから、急いでセレンさんが見ていた煙管を手に取り店員に渡す。

 セレンさんにバレないようにラッピングまでしてもらえば準備完了である。


 これはいいものが買えた。

 後は、頃合いを見て渡すだけだな。


「機嫌がよさそうだな」


「はい! いいものが買えました!」


「それはよかったな」


 セレンさんと二人で雑貨屋を出る。

 すると、雑貨屋の横で煙管を吸っている女性を見つけた。ていうか、アリスさんだった。


 アリスさんも店から出てきた俺たちに気付いたのか、こっちに軽く手を振っていた。


「こんにちは。二人とも楽しそうでなによりね」


 普段と口調が違うことに少し驚きつつも、挨拶を返す。


「こんにちは。アリスさん、タバコ吸うんですね」


「ああ、あなたは知らなかったわね。受付嬢の時は出来るだけ綺麗な姿を意識しているのよ。もしかして、タバコは嫌いだったかしら?」


「いえいえ! 寧ろ、大人の女性って感じがして素敵です!」


「ふふ、ありがとう。セレンは……嫌いだったわね」


「え」


 慌ててセレンさんの方に顔を向ける。

 確かにセレンさんは僅かながら険しい顔になっていた。


 や、やらかしたあああ!!

 嘘だろ!? あんなに煙管を見てたのは、憎たらしくて見てたってこと!?

 貴重な俺の所持金があああ!


 その後のことはよく覚えていない。

 気づいたらアリスさんはどこかに行っていて、セレンさんの宿屋の前についていた。


「まあ、いい気分転換になったんじゃないか。じゃあ、またな」


 セレンさんの背中が宿屋の中へと消えていく。


 プレゼントしようと思っていたものはセレンさんの嫌いなものだった。

 セレンさんへのプレゼント大作戦は大失敗だ。

 それでも、このまま終わるわけにはいかない。


《① プレゼントはわ・た・し♡》


《② なんでもするから捨てないで!》


 普段なら欠片も頼りにならない《ゲームシナリオ》も、今の俺には救いの手だ。


「セレンさん!」


 セレンさんの名を叫ぶ。

 セレンさんが振り返る。


「なんでもするから捨てないでえええ!!」


 セレンさんの脚にしがみつく。


「なっ!? は、離れろ!」


 セレンさんの強烈な蹴りが頬に直撃した。

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