第20話 面倒見

 セレンさんとの師弟関係が始まってから早いもので十数日が経過した。

 この十数日間、セレンさんに叩きのめされた数は数え知れず、相変わらずセレンさんは俺が魔獣に襲われても助けようとはしなかった。


 セレンさんの素っ気なさも相変わらずである。


 だが、気づいたこともある。


 一つ目。


「セレンさん、昨日教えてくれたことを今日も確かめたいんですけど、今から大丈夫ですか?」


「ああ。構わない」


 セレンさんは面倒見がいい。

 朝や夜でも俺がお願いしたことには意外と応えてくれる。


 二つ目。


「バッカスさん、少し戦い方について教えてもらえますか?」


「お、おお!? セレンが俺に!? 俺なんかでいいのか? 冒険者ランクはお前の方が上だろ?」


「私の戦い方はあいつにはあまり役に立ちそうにないので、ぜひお願いします」


 セレンさんは面倒見がかなりいい。

 俺に戦い方を教えるためにバッカスさんから話を聞いているとは予想もしなかった。


 ちなみに、この話は酔ったバッカスさんに直接聞いた。

 その直後にバッカスさんはセレンさんに気絶させられていた。


 他にも俺のために闇魔法を扱う冒険者にも話を聞いていたらしい。


 その話を聞いた俺のトキメキメーターは急上昇。

 セレンさんに恋する五秒前だった。


 ちなみに、そんな状況で《ゲームシナリオ》が黙っているはずもなく。


《① セレンに告白する》


《② あ、あんたなんて好きになったりしないんだからね! と言う》


《③ 惚れてまうやおおお! と叫ぶ》


 という三択を突き付けられた。


 選ばれたのは③だった。



 三つ目。


「うめえ! お肉うめえええ!! あ、お肉無くなっちゃった……」


「私のを食べるか?」


「え、でもそれはセレンさんのお肉……」


「遠慮するな。食べればいい」


「お姉ちゃん……!」


 セレンさんは面倒見がめちゃくちゃいい。


 お肉を分けてくれた時には「お姉ちゃん」と思わず言ってしまった。

 その後、苦々しい顔のセレンさんから「二度と私をそう呼ぶな」と言われたのですぐにやめたけど。


 ちなみに、お肉は半分こにした。


 セレンさんは少しだけ目を丸くしてから、「ありがとう」と蚊の鳴くような声で呟いていた。


 しかも、最近になって気づいたが、俺が魔獣と戦っているときセレンさんは常に魔獣の意識内にいるのだ。

 これがどういうことかというと、魔獣は俺と戦いながらも俺よりはるかに強いセレンさんの動向を気にしなくてはならないということだ。


 これのおかげで今まで俺は格上の魔獣と戦っていても死ななかったわけである。


 この事実に気付いた時の俺の気持ちが分かるだろうか?


 セレンさん……! ちゅき!! である。


《① ちゅき! とセレンに伝えに行く》


《② 感謝の気持ちを込めてプレゼントをセレンに送る》


 一人で考え事をしていると、またも選択肢が浮かんできた。


 しかし、②については中々にナイスアイデア。

 ここは②を選ぼう。

 

 そうと決まれば今日は早めに寝るだけだ。


 セレンさんに紹介してもらった宿屋の一室で俺は静かに目を閉じた。





 翌朝、早速俺はセレンさんの部屋の前に向かった。


「またか」


 俺の姿を見つけると、セレンさんはため息を漏らした。


「おはようございます!」


「はあ、毎朝よくも飽きずにやれるな」


「毎朝セレンさんの顔を見ると元気が出ますからね! やらない理由はありませんよ!」


 諦めたような表情で一階へ降りるセレンさんについていく。


 これは最近の俺の日課である。

 一応、言っておくとこれも選択肢の仕業だ。


 一時期、俺はセレンさんとどうにか仲良くなれないかと画策していた。

 その時、突き付けられた選択肢が次の三つだ。


《① セレンさんに毎日告白しよう! (セレンさんと付き合えるまで続く)》


《② セレンさんを毎日お姉ちゃんと呼ぼう! (セレンさんが姉じゃなくなるまで続く)》


《③ セレンさんに毎日挨拶しよう! (この街を出るまで続く)》


 迷うことなく③を選んだ。

 

 最初こそ渋々やっていたが、最近は普通に楽しくなってきて寧ろ積極的にやっているまである。


「聞いているのか?」


「あ、すいません。聞いてませんでした」


 一人で考え事をしていると、セレンさんに問いかけられる。

 何かを話していたようだが、聞いてなかった。


「私は今日用事があって、街を出る。だから、お前も自由に行動しろ」


「分かりました!」


 丁度いい。

 もとよりセレンさんへのプレゼントを用意しようと思っていたところだ。

 セレンさんがいない今日のうちに買ってしまおう。





「セレンさん、いってらっしゃい」


「ああ」


「これって、夫婦みたいですね」


「バカなことを言ってないで、きちんと鍛錬しておけ」


「あ、はい」


 セレンさんを見送ってから、向かうは冒険者ギルドだ。

 俺はセレンさんの趣味嗜好をまるで知らない。プレゼント選びをするなら、やはりセレンさんについて俺より詳しいであろう人に聞くのが一番である。





「「セレンが欲しがっているものだぁ?」」


 ギルドの酒場でバッカスさんとダンデさんの声が重なる。

 当初はアリスさんに聞く予定だったが、この二人に捕まったため、急遽相談相手を二人に変えた。


「俺は知らねえなぁ。ダンデ、分かるか?」


「いや、生憎と俺も分からない」


 残念ながらバッカスさんとダンデさんには思い浮かばないらしい。


「まあ、プレゼントなら酒がいいぞ。上等な酒で喜ばない奴はいないからな!」


 そう語るのはバッカスさんだ。

 

 お酒か。だが、セレンさんがお酒を飲んでいるところって余り見ないしなぁ。


「バカ言え。酒で喜ぶのはお前だろう。それより、デートにでも誘ったらどうだ。そこで欲しいものをさり気なくリサーチして購入しておく。その日の夜にベッドの上で渡せば、完璧だ」


「アホか。坊主はてめえと違って、下心無しでプレゼント送ろうとしてんだよ! 少しは自重しろよ、エロ親父!」


「お前のような酒カスに言われたくないな」


 気づけばダンデさんとバッカスさんの言い合いが始まってしまった。

 

 しかし、中々にダンデさんの意見は参考になった。

 ベッドの上はともかく、セレンさんと出かけることで好きなものを探るというのは中々にいい気がする。


「アドバイスありがとうございます」


 今も言い争う二人にお礼を告げ、今度はアリスさんのもとへ向かう。

 アリスさんが座る窓口にも人がいないので丁度よかった。


「アリスさん、少しいいですか?」


「はい。構いませんよ」


 アリスさんが時間に余裕があることを確かめてから本題に入る。

 セレンさんにお礼がしたいこと。

 お礼のためにお出かけをしたいが、どういった店に行けばいいか。


 俺の唐突な質問にアリスさんは丁寧に答えてくれた。

 前世含めても数えるほどしか家族以外の女性と二人きりで出かけたことのない俺からすると非常に有意義な時間だった。


「クナンくんはセレンのことが好きですか?」


 話も終わりに差し掛かったところで、不意にアリスさんは俺に問いかけた。


「好きですよ」


 好きじゃなかったら、自ら積極的にお礼をしようなんて思わない。

 

 俺の答えはアリスさんにとっても満足のいくものだったのか、静かに微笑んでいた。


「セレンをお願いします」


 お願いされるのは寧ろ弟子の俺の方な気がする。

 アリスさんの本意はよく分からないが、お願いを無碍にする理由もない。


「はい!」


 元気よく返事をしてから、ギルドを後にする。


 まだセレンさんは帰ってこないので、今のうちにお出かけ先の下見をしておこう。

 お出かけで回る先は武器屋、衣服が売っている店を中心にアクセサリーショップなどなどだ。

 

 下見した感じも問題なし!

 後はセレンさんを誘うだけだな!


 明日が楽しみだ。

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