第17話 仮初めの勝利
目を覚ますとベッドの上だった。
窓からは朝日が差し込んできている。
どうやらセレンさんの一撃で俺は朝まで寝ていたらしい。
恐ろしい。変異種の魔獣の一撃でさえ、半日経たずに目を覚ませていたというのに……。
とりあえず、もう二度と《ゲームシナリオ》のことは信じない。
胸に強く誓いながらギルドの一階へ降りる。
朝にも関わらず、ギルド内では冒険者たちが活発に行動していた。
冒険者たちは俺が姿を見せた途端に一斉にこちらに視線を向け、ひそひそと俺の方を見ながらなにやら話し合っていた。
若干の居心地の悪さを感じていると、人ごみをかき分けダンデさんが俺の方に歩み寄ってきた。
「よう、坊主。歓迎するぜ、俺たち貧乳大好きクラブにな!」
「は?」
ひ、貧乳大好きクラブ?
こんな朝っぱらからダンデさんはなにを言っているのだろうか。
「ん? なんだよ、呆けた顔して。他でもないお前が昨日叫んでたじゃねーか」
叫んでた……?
ま、まさかセレンさんに言い放った「貧乳大好き宣言」のことか!?
なんてこった。
確かに「貧乳大好き!」と叫んだ奴に出会ったら「へー、あいつ貧乳派なんだ」と周りの人が視線を向けてくることも納得である。
しかし、これは困った。
恐らくダンデさんは俺のことを同じ貧乳派だと信じているのだろう。
それはそうだ。
貧乳大好きと叫んでるんだから。
だが、実際のところ俺は貧乳派ではない。
かといって巨乳派というわけでもない。
強いて言えば両方とも好き派である。
「その、ダンデさん。昨日のはなんというか……」
「そう、縮こまらなくてもいい!」
騒ぎが大きくなる前にダンデさんに本当のことを伝えようとするが、それより先にダンデさんは俺の肩に優しく手をかけた。
「俺は感動したんだ。日増しに勢力を強める巨乳派の圧に、俺たちは知らず知らずのうちに屈しかけていた。事実、俺だって巨乳の素晴らしさは認めている。それでも、やっぱり好きなものは好きなんだ」
この人はなにを言っているのだろう。
いや、男としてそういう話題に食いつきたくなる気持ちは分かるが時と場合を考えるべきじゃなかろうか。
「坊主の叫びにハッとさせられたぜ。今こそ俺たち貧乳派は立ち上がるべきだと感じた。ここで巨乳派の圧に屈しちまえば、やがてこの世界は巨乳こそが正義のつまんねー世界になっちまう。色んな人がいていいように、色んな胸があっていいんだ! なあ、そうだろ!?」
凄く熱く語っているが、その内容は女性の胸についてである。
はじめはダンデさんのことを大人っぽくて渋さを兼ね備えた大人の男性と思っていたが、それはとんだ勘違いだったらしい。
この人はアリスさんが言っていた通り紛れもないただのエロ親父だ。
早く止めよう。これ以上この人と同じ存在だと思われると俺までエロ親父だと思われてしまう。
ほら見ろ、周りの人たちだって冷めた目で……。
「お前らもそう思うよな!?」
「「「うおおお!!」」」
なんで仲間がいるんだよ。
もうやだ。冒険者ギルドは変態の巣窟なのか?
「ちょっと待ちな」
ダンデさんたちの暴走が始まろうかという時に、声を上げたのはもじゃもじゃの髭に大きな体のバッカスさんだった。
「バカのバッカス」なんてダンデさんには言われていたが、ダンデさんと言い合いをしているバッカスさんならダンデさんを止めてくれるかもしれない。
いや、止めてくれ! 頼む!!
「さっきから黙って聞いてたらやれ貧乳がなんだ巨乳がどうだとおかしなことばっかり言いやがって」
やれやれといった様子でため息をつくバッカスさん。
おお! なんか期待できそうだぞ!
いけ、バッカスさん! 貧乳派の暴徒たちを鎮めてくれ!
「巨乳は正義に決まってるだろうが!! なあ、てめえら!?」
「「「うおおおお!!」」」
お ま え も か 。
「ダンデ、今の世論が既に出た答えなんだよ。それは覆らない」
「いいや、大きさが全ての時代は終わりだ。これからまだ誰も知らねえ新時代がやってくるんだよ」
俺を挟んでダンデさんとバッカスさんが睨み合う。
最後のセリフだけ切り取ればまるでこれから世界の命運をかけた戦いが始まるかのようだ。
まあ、実際は巨乳派と貧乳派の争いなわけだが。
てか、周りの奴も止めろよ!
ギルド内にも女性はたくさんいるだろ!
その人たちはきっと俺たちのことを虫けらを見るような目で……見てない!?
まさか、この論争を温かく見守ってくれるというのか!?
あ、いや違うわ。
あれ、完全にこっちのこと諦めて無視してる目だ。
あんたら今までどんだけバカなことしてきたんだよ……。
「その新時代を担う男がこの坊主だ。あのセレン相手に堂々と貧乳派であることを叫ぶなんてこと、よほどの強い思いが出来なきゃ不可能だ。俺はこいつに賭けたくなった!」
ダンデさんの俺への期待値どうなってんだ。
頼むからやめてくれ。
「確かにその坊主はただもんじゃねえ。だが、まだガキだ。ダンデ、てめえなら分かるはずだ。大人の、しかも豊満な女性の圧倒的な包容力をな」
「くっ! そ、それは……!」
「坊主、悪いことは言わねえ。こっちに来い」
「行くな坊主!」
手招きするバッカスさん率いる巨乳派。
引き留めるダンデさん率いる貧乳派。
そんな中、俺はというと非常に焦っていた。
理由は単純だ。
こんな分かりやすい分岐点を用意されたら、《ゲームシナリオ》がウッキウキで選択肢を突き付けてくることが目に見えているからだ。
そうはいかない。
ヤツが選択肢を出すより先にこの話を終わらせてやる。
「あ、すいません。俺、ちょっと依頼受けたいなって思ってるんでここで失礼しますね」
よし!!
選択肢が出るより先に言ってやったぞ!
遂に俺はあの忌々しき《ゲームシナリオ》に勝利したのだ!
後は、大人しくこの場を離れるだけだな。
ダンデさんとバッカスさんに背を向け、足早に立ち去ろうとするが、その両肩を掴まれた。
「「待て」」
その日、俺は思い出した。
「依頼なら後から俺たちがいくらでも手伝ってやる」
「ああ。それより今は……」
「「お前の気持ちを聞かせてもらおうか」」
答えを先延ばしにしようとすると、追及してくるタイプの人間がいることを。
そして、答えを求められれば一度は振り払ったヤツが再び俺の眉間に銃口を突き付けてくる。
《① 俺は巨乳派ですよ(ネットリした視線をバッカスの胸に向けながら)》
《② 俺は貧乳派ですよ(ネットリした視線をアリスの胸に向けながら)
《③ セレンさんの胸が世界一!(天高く人差し指を突き上げながら)》
く、くそったれがあああ!!
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