第16話 貧乳派

「「ゲ、ゲーム?」」


 突拍子のない提案に加害者二人の声から困惑の色が見て取れた。

 そんな二人に向けてクナンは更に言葉を重ねる。


「なあに、簡単なゲームだ。二人が改心したというなら、これから二人には誰に対しても胸を張れるような生き方をしてもらう」


 その提案はある意味、なによりも重い罰であった。

 一度でも道を踏み外した人間が立ち直ることは難しい。


 背負った罪は消えることがない。故に、罪を犯したという過去が足を引っ張ることもある。

 心に巣くった犯罪を犯すという選択肢は生涯つきまとう。


 クナンの提案したことの重さを理解しているのか、加害者二人も押し黙っていた。


「期限は二人が死ぬまで。死ぬまで胸を張って生き抜けばお前らの勝ちだ。今回の一件は全部無かったことにしよう。ただし、それが出来なかった場合、あるいは自ら生きることを諦めたときは……」


「そ、そのときは……?」


「二人仲良く死で償ってもらおうか」


 淡々とクナンは告げる。


 自殺も許さない。これ以上の罪を犯すことも許さない。

 どれだけきつくても、死にそうになっても誰かを食いものにせず生き抜け。

 

 きつい。

 きつい条件だが、優しい条件でもある。


 だが、加害者二人からすれば事実上の死刑宣告と変わらないだろう。


 なんせ、あの二人が受ける罰はクナンが与えたものに加え、ギルドから課される魔獣の生息域の調査がある。


 強い魔獣の餌が山や森の中から減れば、魔獣たちは当然餌となる人間がいる街までやってくる。

 それを未然に防ぐためにも、魔獣の生息域に足を踏み入れその生態系を一定期間調査することはこの世界においては必須事業だった。


 そして、その調査を任されやすいのが冒険者だ。


 だが、この生態系の調査は最も死亡率の高い依頼でもある。


 調査は長期間かつ広範囲で行われる。

 Aランク冒険者ですら迂闊に足を踏み入れない地にも向かわなければならない。

 当然、数多くの獰猛な魔獣に会敵する。


 そんな危険度の高い魔獣の調査を行う調査隊にはあるルールが存在する。

 そのルールは、『調査中は如何なる理由があろうと一人以上の生存者を残すことを最優先とすること』だ。


 調査結果が人々のもとに届かなくては意味がない。

 だからこそ、調査隊が魔獣に会敵した際には魔獣の気を引ける囮を使うことが推奨されている。

 その囮こそが、罪を犯した人間というわけである。


 つまり、あの二人はほぼ間違いなく死ぬ。

 生き残れる可能性があるとすれば、積極的に他の罪人に囮役を押し付けることくらいだが、クナンのいうゲームをクリアするためには囮役の押しつけは出来ないだろう。


 加害者たちのやり直したいという気持ちを無視して現実は二人を追い詰めていく。

 それらに最後まで抗えるか、それとも途中で折れて再び罪人へと堕ちるか。


 なるほど。確かにこれは人の弱さを試すゲームといえる。 


「そのゲーム、受けるぜ」

「そんなこと言われる前から、オイラたちはもう道を間違えないこの赤き心臓に誓ったでやんす」


 二人の声には少しの震えもなかった。

 力強く、だけど静かな声は二人の強い意志を感じさせるものには十分だった。


「ふっ。精々頑張るんだな」


「ありがとな、ルーキー……いや、クナン。今日のことをオレは二度と忘れない」

「オイラもでやんす。もし、オイラたちが生きて帰れたら……いや、また必ずどこかで会おうでやんす」


 話し合いは終わったのか出口に加害者二人とアリスさんがやってくる。

 加害者二人は私の姿に最初こそ目をギョッとさせたものの、直ぐに「あ、あのときは助けてくれてありがとうございました!」とお礼を告げ、その場を後にした。


「あの子のこと、任せたわね」


 アリスさんも私の耳元で小さく呟いてから、ギルドの一階に向かっていった。


 アリスさんの姿が見えなくなってから、私は部屋の扉を開けた。


「へぶっ」


 次の瞬間、私の胸に黒いものが当たった。

 黒いものは鼻をさすりながらゆっくりと顔を上げる。


「い、いったぁ。なんで扉開けたら壁があるんだよ……あ、セレンさん」


「悪かったな。壁のような胸で」


 クナンの表情が凍り付く。

 悪気が無かったとはいえ、女性の胸にぶつかっておきながら壁呼ばわりしたのだ。

 同情の余地はない。


 しかし、私もこいつには「新人潰し」を行ったという大きな負い目がある。

 ここは寛大な心で許すべきだろう。


「まあ――「俺は!!」

 

 私の言葉をクナンは遮る。

 そして、拳を点に掲げた。


「俺は! 貧乳が大好きだあああああ!!」


 そして、とんでもない大声で叫んだ。


「黙れ」

「へぶらいっ!!」


 思わず手が出た。

 当たり所がよほどよかったのか、バカ面を晒しながらクナンは気を失っていた。


「支部長とアリスさんはこいつのどこを評価したんだ……」


 ため息を漏らし、クナンの身体を一先ずベッドの上に寝かせてから部屋を後にした。




***<side end>***



「そのゲーム、受けるぜ」


 巧みな言葉回しにより見事デスゲームという訳の分からない罰を与えることに成功した。

 チンピラ二人もやる気になっているようだし、よかったよかった。


「ありがとな、ルーキー……いや、クナン。今日のことをオレは二度と忘れない」

「オイラもでやんす。もし、オイラたちが生きて帰れたら……いや、また必ずどこかで会おうでやんす」


「あ、うん」


 デスゲームの主催者に感謝を告げる参加者というおかしな構図を生み出してから、チンピラ二人は部屋を後にした。

 

 これから彼らの”人生”という名のデスゲームは始まるのだ。


 アリスさんが出ていくと、部屋の中には俺一人だけになった。

 身体はもう元気だし、ベッドから出よう。

 そもそも今日の俺の目標はセレンさんの弟子になることだ。


 よし、セレンさんを探すぞ!


 頬を手で叩き、気合を入れて部屋の扉を開ける。

 そして、直後に固い壁のようなものにぶつかった。


「へぶっ」


 くっ!? な、なんだ?

 トラップか!?


 ぶつけた鼻をさすりつつ顔を上げる。

 目の前には美しい白銀の長い髪に鋭い目つきの美女がいた。ていうか、セレンさんだった。


「あ、セレンさん」


「悪かったな。壁のような胸で」


 セレンさんの氷の視線!

 こうかはばつぐんだ! クナンの目の前は真っ暗になった!


 ……。

 いやいや、固まっている場合じゃない!

 

 このままではセクハラが原因で俺は壁のシミに変えられてしまう。

 なにか気の利いたセリフでセレンさんの機嫌を取らねば!


《私が協力しましょうか?》


 お、お前は《ゲームシナリオ》! 

 お前は引っ込んでろ! どうせ碌でもない選択肢出してくるんだろ。


《今回は自信があります。信じてください》


 どの口が言ってんだ。


《思い出してください。デスパイダーに勝利したとき、私がいなければあなたはどうなっていましたか?》


 そ、それは……。

 確かにあの時の俺はこいつに救われた。


《そうでしょう? 窮地にこそ、私の選択肢は輝きます。今回も任せてください。それに童貞のあなたに女性がときめく言葉選びができるのですか?》


 これまで選択肢を出すばかりだった《ゲームシナリオ》がこんなにも自信満々に語ってきたことは今までになかった。

 

 それに、腹立たしいがこいつの言っていることも一理ある。


 よし! お前を信じる。頼むぞ!


《任せてください》


 そして、俺の目の前に選択肢が現れる。


《① 「貧乳はステータスですぞ」(貧乳への思いを論理的かつ流暢に語る)》


《② 「おっぱいおっぱい!」(子供らしくセレンさんの胸に飛び込むことで、母性を刺激し許してもらう)》


《③ 「貧乳が大好きだあああ!!」(男らしく貧乳への愛を叫ぶ)》


 ちくしょおおおお!

 お前を信じた俺がバカだったよ!


 消去法で③を選び、そしてセレンさんにぶん殴られた。



〜・〜・〜・〜・〜・〜・


ゲームシナリオ「完璧ですね( ^∀^)」

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